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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

鉄道と自転車の組み合わせ──輪行を考える

2009年8月20日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

 本連載の趣旨は第1回で述べた通り、「交通を巡る社会の穴」を考察することにある。自転車と自動車の間の“隙間”を埋めるものとして、ここ数回“自転車2.0”というコンセプトについて書いてきた。が、自転車と自動車のモビリティの間を埋める方法は“自転車2.0”だけではない。

 早い話、自転車を自動車に積むというのも穴を埋める一つの方法である。自動車で目的地まで行って、目的地周辺の観光には自転車を使ったり、あるいは楽しくサイクリングできる場所まで自動車で走っていくというのは、立派な「交通を巡る社会の穴」を埋める行為だ。2つの乗り物を組み合わせ、それぞれの長所を生かし合うわけである。

 その意味では、「A-bike 徒歩の移動を補助してくれる道具」や「インラインスケート、スケートボード、キックボードなどは交通機関か」で取り上げた小さくて軽い乗り物を、常時自動車のトランク内に装備しておくというのは、モビリティを向上するための興味深い方法だ。花火大会など、周辺が混雑することが分かり切っているイベントに出かけるとき、割と遠目の駐車場に自動車を入れて、そこからこの手の小型軽量の乗り物で現地入りするといった使い方も考えられる。

 しかし、自動車の場合は積載量に限界がある。1人、2人で自動車を使うなら、自転車を積みっぱなしというのもあるだろうが、家族4人の乗り物を乗せっぱなしというのは、たとえ自動車の側が積載量の大きなワンボックスであっても難しい。もちろん余分な荷物を積めば、自動車の燃費は低下する。滅多に使わない自転車を積みっぱなしにすれば、燃費悪化のデメリットばかりが目立つ結果となるだろう。

 そのようなデメリットがない、2つの乗り物の組み合わせが輪行だ。「りんこう」という言葉を知らない人も、「鉄道に自転車を積んで移動すること」というと、「ああ、時々車内で見ることがあるな」と思うのではないだろうか。

 ドイツなど海外では、自転車を鉄道車内に持ち込むことを認めている国もあるのだが、日本では現状、特別列車を仕立てたイベントなど特別な場合を除き、自転車をそのまま列車に持ち込むことは禁止されている。一部分解したり、折り畳み自転車なら折り畳むなりして体積を減らし、なおかつ車体全体にカバーをかけるという条件で、鉄道への持ち込みが認められている。自転車専門店に行くと、輪行袋、輪行バッグという自転車を収める専用の袋も販売されている。

 なんとも面倒に思えるが、それでも輪行の扱いはかつてに比べるとずいぶんと進歩した。私は1980年代後半から、かれこれ20年以上、輪行でサイクリングを楽しんでいるが、かつては輪行は無料ではなく、別途手荷物料金を支払わねばならなかった。はっきり言えば、輪行は、鉄道会社から「本当は認めたくないが、しぶしぶお情けで乗せてやっている」という扱いを受けていた。

 風向きが変わったのは、1990年代も後半、社会の各方面で規制緩和が進むようになってからだ。JR各社では、1999年1月から、輪行が無料となった。私鉄は今でも各路線毎に対応が分かれているが、大体は無料の輪行が可能になっている。

 私のこれまでの経験に基づけば、輪行は3つに分類される。A-Bikeのような超小型の自転車やキックボードなどによる輪行、通常の自転車を分解して専用の輪行袋に収めて運ぶ輪行、折り畳み自転車の輪行である。

 超小型の自転車やキックボードの輪行は、あまり大きな問題はない。少し大きな肩掛けカバンを持ち歩くぐらいの感覚で気軽に輪行を行うことができる。私はA-Bikeをもって時折東京都内に出かけるが、特に「これは輪行だ!」と意識することもない。ただし、A-bike 徒歩の移動を補助してくれる道具に書いたように、そんなに長距離を移動することはできない。

 一方、自転車を分解して袋に収めるというと、「なんだか面倒そう」「自分にはできないかも」と思う方もいるだろう。が、案ずるより産むが易し。分解をしての輪行はさほど難しくない。さすがにタイヤの車軸ががっちりと固定されたママチャリではかなり無理があるが、少し本格的なロードバイクやマウンテンバイクは、前輪、後輪がクイックレバーで簡単にはずせるようになっている。ちょっとコツをつかめば10分もかからずに分解し、輪行袋に収納することができるようになる。このタイプの輪行は、フルサイズの自転車を持って歩くので、いつもと同じ走行性能を出先でも享受できる。

 この方法のデメリットは、目的がサイクリングだけに限定されてしまうことである。というのも、自転車は駅構内や鉄道の車内でかなりかさばるのである。意外に思うかも知れないが重量はあまり問題にならない。特にロードバイクは自転車の中でももっとも軽量化が進んだ車種であり、少し張り込めば8kg台と軽量な車両を入手できる。それよりも、分解して輪行袋に入れても、自転車がかさばるということのほうに手を焼く。

 大抵の場合は、輪行袋は肩掛けストラップで持ち上げる構造になっている。が、輪行袋を肩に掛けるとJRの自動改札を抜けるのが難しくなる。通常、駅の改札には大きな荷物を持った人向けの幅広の改札が1つは用意されている。しかし大抵の場合、幅広の改札は不正入場を防ぐため、駅員常駐の窓口のすぐ横に設置されている。かさばる輪行袋を肩に掛け、一番端の幅広改札に向かうと、今度はそこで先客が切符の清算をしていて、終わるまで待たされたりもする。私は左利きだ。この場合、左手に持ったICカード・パスを体をよじって右側にあるタッチ面に当てなくてはならない。かなりの苦痛である。

 やっとの思いでホームにたどり着き、車内に乗り込むと、今度は車内のどこにかさばる輪行袋を置くかが問題となる。通勤用の3ドア、4ドア車両だとドア横の空間に置くのが一番いいのだが、混んでいるとそうもいかない。輪行袋で包んでいるとはいえ、自転車はごつごつとあちこちが飛び出ているので、うっかり他人様にぶつけるようなことがあると、痛い思いをさせてしまうことにもなりかねない。気を遣うことになる。

 新幹線、特急などの2ドア車両だと、車両の一番後ろの座席の後部に、ちょうど輪行袋を押し込めるだけの空間がある。狙ってその座席の指定席を取って移動することになる。もしも指定席が空いていなければ、自転車を盗まれたりいたずらされたりする危険に注意しつつ、自分の座席から離れた場所に置くか、最初から座席に座るのを諦めて、出入り口付近に自転車と共に陣取るか、2つに一つである。

 というわけで、行った先で自転車を存分に楽しむ目的──たとえばサイクリングなど──がなければ、このタイプの輪行はなかなか実行する気にならない。

 最後の「折り畳み自転車での輪行」は、「やってみたいな」と思う人も多いのではないだろうか。そのためにこそ、折り畳み自転車が欲しいと考える人もいるだろう。東京近郊で言えば、鎌倉や千葉の佐原など、ちょっと自転車で観光したくなるような街はいくつもある。そんなところに、折り畳み自転車を持っていって一日遊ぶのは、いかにも楽しそうだ。

 だが、私の経験から言えば、ほとんどの折り畳み自転車は、通常の自転車を分解して持ち込むのと同じぐらい、輪行が面倒だ。

 というのは、一般的な折り畳み自転車は、フレームの中心にヒンジがあり、自転車を2つに折り畳む方式を採用している。このタイプの折り畳み自転車は、大抵の場合畳んだ状態の全長が、「自分の座った座席の足元に置く」には、少々長すぎるのだ。横に座った人の足元にまではみ出して、迷惑をかけてしまう。結局分解して通常の自転車を持ち込むのと同じぐらい気を遣うことになる。

 確かに駅でぱっと折りたため、すぐに拡げることができるという点では、折り畳み自転車による輪行は楽だ。しかし、駅構内や電車・列車の車内での取り回しは、通常の自転車と比べて大きな利点は感じられない

 結果として、日本の鉄道環境で気楽に輪行を楽しむことができる折り畳み自転車は、かなり限られることになる。「駅構内や電車・列車の車内での取り回し」を向上させるには、単に「通常の自転車のフレームにヒンジを設けて2つ折りに畳む」という以上の、小さく畳む工夫が必要になるのだ。

 私が実際に乗ったり、試乗したり、実際に鉄道に持ち込んでみたりした範囲内では以下の3タイプがいいようだ。

  1. 英ブロンプトン・サイクル社ブロンプトン独リーズ・アンド・ミュラー社BD-1のような、自転車全体を2つ折りにするのではなく、3つに折り畳むタイプ
  2. ユーザーとショップが作り上げた“理想”」で取り上げたパナソニックサイクルテック社の「トレンクル」のように2つ折りでもとにかく小さくなるように設計した自転車
  3. 日本のスマートコグbipdod ANTや、村山コーポレーションMC-1のように特別な折り畳み方で鉄道に乗せやすい形状(ANTの場合はひたすら薄く折り畳む)にまとめる自転車

 もちろん、私が知らないか触れたことがないというだけで、これ以外にも折り畳み時に気楽に鉄道に持ち込めるサイズに小さくなる自転車はあるだろう。

 判断基準は、重量というよりも畳んだ状態での容積だ。個人的にはBD-1の折り畳み時寸法、長さ79cm×高さ61cm×幅30cmというのが限界であると感じている。これ以上大きくなると、鉄道の施設や車内での取り回しがかなり面倒になる。先ほど重量はあまり関係ないとしたが、もちろん軽いに越したことはない。ただし、自転車はどこまで軽くなるかで書いたように、軽量化にはコストがかかることになる。

 ちなみに、私は現在、独リーズ・アンド・ミュラー社の「BD-Frog」という折り畳み自転車に手を加えて愛用している。Frogは同社の主力車種BD-1をさらに小型化したもので、BD-1が18インチのタイヤを装着しているのに対し、Frogは12インチの小径極太のタイヤを採用している。折り畳み時のサイズは長さ63cm×高さ48cm×幅28cm。BD-1の長さ79cm×高さ61cm×幅30cmと比べるとかなり小さい。

私はFrogと共にここ数年、あちこちを走り歩いている。徐々にカスタマイズを進めたので時期により少々形状が異なる。以前はBD-1を使っていたのだが、一回り小さいFrogだと輪行がぐっと楽になったことを実感している。

 ちなみにブロンプトンの折り畳み時寸法は長さ60cm×高さ58cm×幅30cmだが、FrogやBD-1と比べると、折り畳んだときに直方体に近い形状になるので、取り回しがしやすい。折り畳み時の大きさを容積で比較すると、Frogが85リットルであるのに対して、BD-1が145リットル、ブロンプトンが104リットルとなる。

 Frogの小ささは、輪行時の取り回しに大きく効いてくる。海外旅行などで使う小振りのキャスター付きバッグと同じような大きさなので通勤電車で座席の足元に置いても違和感はないし、ある程度車内が混雑している場合も周囲に与える迷惑は最小限で済む。また、輪行袋に入れて肩から提げた状態でも楽々と駅の自動改札を抜けることができる。

 重量は決して軽くない。大振りのBD-1とほぼ同じ10.5kgである。私はいくつかの部品を軽量化パーツと入れ替えているが、それでも9kg台中程はあるだろう。サイズの割に重いのは、かなりがっしりした丈夫なフレームを持つためだ。それは悪いことばかりではなく、がっちりしたフレームはサイズに似合わない高い走行性能を示してくれる。

 ブロンプトンは、折り畳み時に小さなキャスターが接地面に来る設計となっており、キャスター付きバッグのように転がして運ぶことができる。FrogもBD-1もサードパーティがキャスター付きの荷台を発売しており、同様に転がして運ぶことができるよう、改造することができる。輪行愛好家の中には、キャスター付き自転車を必須とする者も少なくない。

 しかし、私はわざとキャスターを使わず、輪行袋を肩に掛けて自転車を運ぶようにしている。駅では何が起きるか分からない。それこそ目当ての列車に乗るために走ることだってあり得るだろうと考えているからだ。この当たりは好みの問題だろう。

 残念ながらFrogは2007年で販売を終了してしまった。2009年現在、販売店在庫もまずない。たまにネットオークションに出品されるが、定価よりも高い価格で取引されている。

 自分がFrogで走り回ってみて強く感じるのだが、真の意味で日本の鉄道状況に合わせた輪行用折り畳み自転車というのは、自転車メーカーにとってビジネスチャンスなのではないだろうか。なるべく小さく折り畳むことができ、通勤電車、長距離列車を問わず既存のスペースにぴったり押し込むことができ、自動改札を楽に抜けることができ、なおかつ走行性能も見劣りしない自転車──そんな自転車が発売されて、輪行がブームになったならば、我々の生活におけるモビリティは大きく変化することになるだろう。

 興味のある方は、是非とも輪行袋を購入して、輪行を試して貰いたい。それは、自動車での外出とも、鉄道だけの外出とも異なる刺激的な体験であることを、私は保証する。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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