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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

様々な輪行──近距離輪行、長距離バス、航空機などの利用

2009年9月25日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

 今回の本題に入る前に──9月24日、本田技研工業は、モーターを利用した、まったく新しい乗り物「U3-X」を発表した。

 画像を見るとおり、基本発想は一輪車のモーターライズだ。ただし転倒しないための制御が組み込んであり、横方向への走行も可能な特殊な形式のタイヤが装着されている。
 今回のホンダの発表は、乗り物の電動化で起きる革新を象徴しているといえるだろう。電動モーターはエンジンに比べて制御が容易で、どこにでも付く。しかもコンピューターの発達によりセンサーと組み合わせたきめ細かな制御を、低コストで実現できるようになっている。セグウェイは、制御が容易という電動モーターの利点を生かした乗り物だったが、制御系さえ洗練させれば、一輪車でもこれだけのモビリティが実現できるわけだ。

 だが、この設計では、公道をどんどん走ることはできない。ホンダのリリースによれば、フル充電時の1時間の走行が可能ということだが、最高速度は6km/hだそうだから、連続走行可能距離も6km以下だろう。

 もしも、この「U3-X」に本連載で主張してきた“自転車2.0”の発想を組み込んだらどうなるだろう。つまり、人力と電動アシストのハイブリッドである。おそらく走行速度は向上し、走行可能距離はぐっと延びるはずである。
 映像を見る限り、「U3-X」の用途は巨大な工場やオフィス内での移動ぐらいに限定されるように見える。現状の動力性能のままでは公道を使って、A地点からB地点まで移動するには足りない。
 だが、人力とのハイブリッドにすれば、少なくとも動力面では公道走行可能な乗り物になる。制御を行っているので、普通の一輪車よりも容易に乗れるだろう。サイズも小さいので、電車への持ち込みも簡単だ。
 出力や力の掛かり具合の変動が大きい人力に対応した制御は難しいかも知れない。が、私はホンダの技術力ならば解決するだろうと判断する。

 もちろんホンダも、現状の「U3-X」を公道で走らせるようなことは考えていないはずだ。これはひとつの種子なのだ。未来に向けた技術の種子。そして、ホンダが私の主張するような方向に技術開発を進めるとも限らない。あくまで屋内の移動用に、例えば階段を上り下りするといった方向に開発を進めるかも知れない。

 このような乗り物、自動車、オートバイ、自転車といった従来の乗り物の枠にとらわれない新たな乗り物は今後次々に出現するだろう。セグウェイ以降の技術開発をウォッチしていると、そのことはすでに確定事項に思える。

 ただし、今のところ道路交通法などの行政が、新しい乗り物の出現に全く対応できていない、いやそれどころか行政当局は対応する態度すら見せていない。セグウェイが日本の公道を走れないことを思い出そう。例え人力ハイブリッドの「U3-X」が完成しても、実際に公道を走れるようになるには相当の紆余曲折を経ることになることはほぼ間違いない。

 “自転車2.0”を巡る社会状況で、私は新たな乗り物を迎え入れるための道路の設計について論じた。が、今後、電動モーターと制御系の発達によってどんどん新しい乗り物が出現するならば、単なる道路設計ではなく、新しい乗り物を速やか、かつ混乱なしに受容するための社会制度の設計から始めるべきなのかも知れない。

 先だっての衆議院議員選挙で、自由民主党が政権から転落し、55年体制は名実共に終わりを迎えた。今は当たり前に思っていることも、考え直すべき時期に来ているのかも──この連載を書き進めるうちに、私のなかでは制度そのものからガラガラポンで考え直す必要があるのでは、という疑問が膨らみつつある。
 例えば、現在は警察庁が交通行政を担当しているが、これを道路行政と統合するというような省庁間の権限の移管を検討してもいいのではないだろうか。
 正直なところ、「こうすべき」という確たるアイデアは現在の私にはない。それでも、あまりに保守的な体質を持っている警察庁が、新たな乗り物が次々に出現するような状況で、交通行政をきちんと遂行できるかどうかは、疑問に思える。
 「交通安全は警察が担当する」というのは、その状況に慣れすぎた我々の先入観かもしれない。よりよい制度を設計できるなら、組織や権限のありようから見直すのは、「あり」なのだ。

 さて、ここからが今回の本題である。

 前回、主に自転車を持って鉄道に乗る「輪行」というモビリティの獲得手段について考察した。しかし、考えてみれば輪行に利用できる乗り物は、別に鉄道だけというわけではない。航空機、バス、フェりーのような船舶──人と同時に自転車を運ぶことができる乗り物は他にも多数存在する。

 私は、神奈川県茅ヶ崎市に住んでおり、近隣のバス路線は神奈川中央交通という会社が運行している。この通称「神奈中」がこの9月から茅ヶ崎において「自転車ラックバス」(pdfファイル)というものの本格運行を開始した。今年3月から実験的な運行を行っていたが、「ご好評を頂いていることから」(リリースの文言より)、本格運行となった。
 自転車ラックバスは、バスの前面に2台の自転車を搭載するラックを取り付けたものだ。自転車は畳まず、そのまま乗せて固定する。朝は自転車で駅まで行ったが、夕方は雨になった時、あるいは帰宅途中で飲酒してしまった時などの利用を想定している。自転車搭載の料金は100円。積むのも下ろすのも利用者が自分で行うということになっている。
 路線は今のところJR東日本の茅ヶ崎駅を始点終点とする4路線。ただし、神奈中のリリースには、一部道幅が狭いために、ラックが使用できない路線があることが書いてある。道路という社会インフラが、新しいサービスの適用範囲を限定する一例だろう。

 実は、自転車ラックバスの実験が始まった当初、私は「これは無理筋ではないかな」と思っていた。なぜなら、茅ヶ崎における神奈中のバス路線は、基本的に10km以下の短距離なのだ。しかも、茅ヶ崎は海岸沿いの街であり、土地は平坦である。バスに自転車を乗せるぐらいなら、自転車でそのまま走っていったほうが早いぐらいなのである。
 これが、同じ神奈川県でも、丹沢や箱根に近い、地形の起伏が大きい地域ならば、バスに自転車を乗せるメリットもあろう。しかし、茅ヶ崎あたりではそもそも利用者がいないのではないだろうかと思っていたわけだ。

 神奈中が実験から本格運行に移行したところからすると、結果として私の判断は間違いだったようだ。おそらく雨の日には、それなりに利用する価値のあるサービスなのだろう。また、法律違反であるものの、今は警察のお目こぼしになる事も多い自転車の飲酒運転が、今後きちんと罰せられるというようなことになると、この手のバスの需要はぐっと伸びそうである。

 となれば、全てのバスに原則として自転車搭載用のラックを装着するというのもありかも知れない。ラックを装着することによる、バスの燃費低下はわずかなものだろう。そして、ラックをまとめて調達すれば購入コストは間違いなく低下する。となれば、運行しているすべてのバスにラックを装着し、自転車運送をバスの標準サービスにしてしまえば、今後はそれを前提とした自転車の使い方が出てくるはずだ。

 神奈中の取り組みを知り、やっと理解できたことがひとつある。

 最近、都内のJRや地下鉄の駅で、「自転車を持ち込まないで下さい」というポスターを見る。鉄道への自転車持ち込みは、鉄道と自転車の組み合わせ──輪行を考えるで解説したように、自転車を輪行袋に入れればOKということになっている。ところが、どうやら昨今は、自転車を輪行袋にも入れず、折り畳みもせずにそのまま持ち込もうとしてトラブルになる輩がいるらしいのだ。

 ちなみに、海外では距離の短い近郊路線への自転車の持ち込みは禁止となっているところが多いのだそうだ。「近場なのだから、自分で走っていけ」ということである。欧州では自転車をそのまま持ち込むことができるサイクルトレインも普及しているが、基本的にそれなりの距離を移動する場合に限られる。

 その意味では、「都内の移動で自転車を鉄道に持ち込むな。自分で走っていけ」というのは正論なのだが、日本の場合、そうもいかない場合があり得ることに気が付いた。雨である。

 カリフォルニアのような基本的に天候が晴天のまま安定している地域ならば、「近距離なら自転車は自走しろ」で話は済む。しかし、日本のような多雨地域では、そう簡単にはいかない。出先で雨が降ってきたら、例え近距離であっても自転車を持って鉄道に乗りたいという需要が発生する。
 きちんと確認したわけではない、私の推測に過ぎないのだけれども、自転車の持ち込みでトラブルになるのは、にわか雨の時が多いのではないだろうか。

 解決策は2つだろう。一つは簡単に折りたためる折り畳み自転車と、輪行袋を常時携行する習慣の普及。もう一つは、鉄道側が自転車の持ち込み可能な車両を用意すること。どちらも、そう簡単ではないように思える。
 折り畳み自転車に関しては、折り畳み自転車を畳んだことはありますかで書いた通り、そもそも折り畳み自転車を折りたたんだこともなく乗っている人が非常に多い。「あ、雨だ」という時に、ぱっと自転車を畳んで輪行袋にしまうには、それなりの慣れが必要だ。何回か練習すればいいのだけれども、人間は往々にしてその「何回かの練習」を面倒くさがるものである。
 鉄道会社が、自転車搭載可能な車両を用意するというのも、東京のように人の多いところでは難しいだろう。自転車はたとえ畳んでいてもかなりかさばる。満員電車に持ち込めるものではない。おそらく、昼の空いた時間帯に限定的に実施するのが限界ではないだろうか。その場合も、例えば自転車持ち込みの料金を高めに設定して、持ち込み自転車の数を抑制することが必要になるのではないかと思う。

 もっとも、このあたりの問題点を解決できるならば、それはビジネスチャンスともなる。より簡便に、小さく畳める自転車を、使いやすい専用の輪行袋とペアにして売り出せば、都市内の移動用にそれなりの需要があるはずだ。
 この分野では、6年程前に工学院大学の塩田清講師(当時)が、非常に小さくなる折り畳み形式を発表して話題になったことがあった。2007年には「特開2007-137092」として特許も成立している。現在ネット上で特許以外の情報は、2004年にテレビ東京が取り上げた際の映像ぐらいしかなく、その後の進展状況は不明だ。私は、これはかなり有望と見ているのだけれども、今はどうなっているのだろうか。

 A-bike 徒歩の移動を補助してくれる道具で取り上げたA-bikeもそうだが、折り畳み自転車は、折り畳み時の持ち運びやすさと走行性能、そして消費者が妥当と思える価格とを鼎立させることが、成功の鍵となる。
 「それが難しい」というのは、これまでの連載の中でもさんざん書いてきたことだが、それでも実現できた場合に得られるメリットは非常に大きい。ありきたりの言い方だが、今後の技術開発の進展に期待したいところだ。

 鉄道に比べれば、その他の長距離交通手段による輪行は、あまり社会的に認知されてはいない。例えば、低運賃の長距離移動手段として完全に社会に定着した感のある高速バスだが、調べてみると「自転車持ち込み禁止」となっているバス会社がほとんどだ。ただし、この規定が想定しているのは通常サイズの自転車らしい。輪行ユーザーの体験談を検索してみると、折り畳み自転車程度なら、乗車の時に頼み込めば乗せてくれることもあるようだ。事前に利用するバス会社に連絡し、自分の自転車を搭載することが可能かどうかを確認しておくべきだろう。
 鉄道に比べると、長距離バスは歴史が浅く、そのことが輪行に対する態度の差となっているように思われる。私は、今後長距離バスの輪行が伸びるのではないかと予感しているが、これもまた、「小さく畳めて走行性能の良い折り畳み自転車」が、出現するか否かにかかっているのだろう。

 より長距離となると、航空機の利用も考えられるが、旅客機の荷物は取り扱いが手荒いという問題点がある。行楽で航空機を利用する場合は、むしろ厳重に梱包した上で宅急便で宿泊施設に自転車だけ先に送っておくという方法のほうが現実的なようだ。

 日本において、輪行はまだ認知されて間もない移動手段だ。今後、より便利に輪行ができる環境を作っていくためには、私たちが積極的に輪行を実践していくことが必要になる。色々とやってみて、不備な制度を直し、便利な機器を導入して、輪行を社会的にもっと認知された移動手段としていけば、私たちのモビリティをより一層向上できるはずだ。
 あなたは、折り畳み自転車は持っているだろうか。持っているとして、では輪行袋は?

 もしも輪行袋を持っていない折り畳み自転車ユーザーがいたら、すぐにでも自転車専門店に行って、自分の自転車に合った大きさの輪行袋を買ってこよう。価格は高くとも5000円程度だ。そして、実際に自転車を畳んで、電車なりバスなりに乗ってでかけてみよう。

 まずはそれからだ。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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