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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

自転車はどこまで軽くなるか

2008年10月10日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

ここまで人力で走る乗り物を色々と考察してきたが、共通しているファクターは重量だった。A-bikeは5.7kgという重量に特色があったし、ローラースケートやキックボード、スケートボード、一輪車などに注目した理由も、それらが軽いからだった。前回、ローラースルーGOGOに注目したのも、それが非常に軽量にまとまる可能性があったからだ。

日常、私達はいくぶんかの荷物を持ち歩いて生活している。手元にカバンがある方は、そのカバンを体重計にでも乗せて、どれほどの重さがあるかを調べてみてもらいたい。ちなみに私のカバンはパソコン抜き、デジカメ入りで4kg弱ほどあった。持ち歩くノートパソコンは、パナソニックのレッツノートCF-R5(約1kg)だから、いつもの取材では5kgほどのカバンを持ち歩いていることになる。

物書きという、いつもデジカメとパソコンを持ち歩いている特殊な事例ではある。しかしまあ日常的に4~5kgぐらいならば、なんとか持ち歩けないこともないということだろう。

ところで、ぎりぎりまで軽量化の努力をした場合、通常の自転車はどこまで軽くなるのだろうか。

ネットでさがすと、やはりある。例えばここを見ると、なんと3557グラム、つまり3.5kgほどのロードレーサーが掲載されている。3.5kgならば十分片手で持ち歩ける重さだ。

ここまで軽量化されたロードレーサーは、規則上レースに参加できない。国際自転車競技連盟(UCI)は競技用自転車の最低重量を6.8kgと規定している。現在の技術だと、この目標は楽にクリアできるので、国際的な自転車レースで使用する自転車はおもりを搭載して規則に合わせている。

3.5kgとまではいかなくとも、一般の自転車愛好家の中には、軽量化に取り憑かれてしまった人々も存在する。彼らは自転車に使うすべての部品の重量を測定して1g単位で管理する。そして少しでも軽い部品を捜しまわり、自分の自転車に組み込むことを無上の喜びとする。自転車雑誌に時折登場する彼らの自転車を見るとだいたい5kg台だ。なかには4kg台まで追い込むことに成功した自転車も登場する。

つまり、一般に市販されている自転車用部品を集めるだけでも、ロードレーサータイプの自転車を5kg台で組み上げることができるのだ。A-bikeよりもはるかによく走るロードレーサーが、A-bikeと似たような重量で組み上げることができるなら、そのほうがずっと良いように思える。

もちろん、そう簡単な話ではない。

まずなによりも、軽量パーツを組み込んだ自転車を作るには、半端ではない投資が必要だ。自転車用の軽量化パーツは、基本的に軽くて丈夫、かつ高価な素材で作られている。炭素系複合材料を手始めに、チタン、チタン・アルミ合金、スカンジウム合金、ベリリウム・アルミ合金などなど。これらの素材は鉄系合金やアルミ合金よりもはるかに高価で、かつ加工が難しい。さらには、それら軽量部品は大量生産・大量販売ができるわけではないので、量産が効かずに単価は高くなる。数g、数十gの軽量化のために数万円、場合によっては十万円以上をかけるということになる。結果、出来上がった自転車の価格も桁外れになる。数十万円、場合によっては100万円を超えるだろう。

そして、軽量化部品の中には、通常の部品よりも耐久性が劣るものがある。典型例がアルミ合金を使ったギアだ。通常の鉄系合金を使ったギアよりも軽いが、1000kmも走ると摩耗が限界に達して寿命が来る。自転車で1000kmというとかなりの距離に思えるが、ロードレーサーは通常1日100km以上、場合によっては300km以上を走る。この手の部品はレースの最中に、ここ一発のところで使用するものだ。

その他に、あまり体重の重い者は使えない部品もある。強度を落としてまで軽量化を追求しているわけだ。重すぎる者が乗るとたわんで変形し、所定の性能を出せなくなってしまうだけではなく、危険ですらある。

そしてなによりも、たとえ軽くなったとしても、自転車というものはそのままではかさばる。体積が大きいので、駅まで乗っていって、そのまま電車に乗るというわけにはいかない。

確かに駅に乗り付け、自転車をさっと担いで楽々階段を駆け上がることはできるだろう。しかし、そのまま電車に乗るわけにはいかない。車輪を外して分解し、輪行バッグに収める必要がある。輪行バッグに収めたとしても、それなりにかさばるものだから、満員の通勤電車に乗れば周囲から白い目で見られるだろう。

結局のところ、6kgを切るような軽量ロードレーサーは、日々の移動に使うものではなく、自転車マニアが趣味としてお金に糸目を付けずに作り上げ、たまの休日サイクリングや、アマチュア・レースの場で乗るものということになる。ひょっとしたら乗りもせず、室内に飾って、誰よりも軽い自転車を作り上げた満足にひたるためのものなのかもしれない。

私はそのような超軽量の自転車に乗ったことはない。しかし、乗ったことのある者の話を聞くと、通常の自転車とは全く異なる、異次元の印象とのことである。非常に軽いので、通常の自転車のような股の下に自転車があるという感覚がなく、空飛ぶ絨毯というか、天女の羽衣というか、とにかくそんな乗り心地なのだそうだ。

そのような自転車をリーズナブルな価格で供給する試みがないわけではない。最近では、自転車ベンチャーの村山コーポレーションが、主要部分をすべて炭素系複合材料で作った自転車「MC-1 Carbon」を限定発売すると発表している。重量は5.8kg。価格は49万9800万円だ。5.8kgを実現するのにどれだけのコストと手間がかかるかが分かっているならば、この価格は安いと分かるはずである。

しかし実際問題として、普通の人は「自転車が50万円だって!なんだその値段は。高すぎる」と思うだろう。自転車に興味がない人にとって、自転車とはディスカウントショップで9800円で売っている中国製自転車のことだろう。9800円で買えるものに、自動車ほどの価格がつくということを理解できないのではないだろうか。

私は前回の最後に、「重量4kgで折り畳み機構を持った大人向けローラースルーGOGOが5万円で売り出されたら、あなたは買うだろうか。私は買う。絶対に買う。買って喜んで走り回るだろう。」と書いた。9800円の自転車が普通だと思っているならば、この文章ですら不可解に感じるだろう。「5万円?そりゃ高すぎる」と思うのが自然である。

安売り自転車に限らず、ママチャリと呼ばれる車種の安価な自転車はだいたい15kg程度の重量がある。値段は1万円以下から高くとも4万円ぐらいまでだ。重量と価格だけに着目すると、数万円なら15kgのものが、5kgまで軽量化すると数十万から百万円にまでなるということである。軽量化が進むほどに1gを軽量化するためのコストは鰻のぼりに上昇していく。

とするならば、どこかに価格と軽量化の関係で最適なポイントが存在することになる。まあ支払えないわけではない額で、そこそこの軽量化というわけだ。

私見として言い切ってしまうと、最適点はだいたい5万円から10万円台前半のところにある。自転車の重量としては10~12kg前後だ。重量が自転車のすべてではなく、耐久性や、あるいはロードレーサーとマウンテンバイクといった種類別による装備の差もあるが、だいたいこの程度の値段の自転車ならば、ママチャリとは異なる軽快な走りを楽しむことができる。「5kgまで軽量化する」と力まなくとも、その2倍の重量で妥協するならば、そこそこの投資で、そこそこ軽くて、そこそこの走行性能という自転車を手に入れることができる。

しかし、10kgではこの連載で考察している、「現在の交通機関に存在する穴を埋めるもの」としてはかなりつらい。日常的に10kgのものを持ち歩いたり電車に持ちこんだりするのは、できなくはないにしても、かなり大変なことだ。やはり駅まで乗っていって、駅前の駐輪場に置いていったほうがいいということになる。

どうせ駅までしか乗らないのならば、そして誰が盗んでいくかも分からないような駐輪場に置かねばならないのなら、ディスカウントストアで売っている安い自転車でもいいや、ということになってしまう。

このように考えてみると、自転車を自由自在に持ち歩くためには、10kgと5kgの間にあるコストの壁を破る必要があることがわかる。炭素系複合材料でもっと安く自転車が作れるようになれば状況は変わるだろう。しかし現状では、5kgの自転車は一部自転車愛好家がコストを気にせず組み上げるものだ。

異次元の乗り心地が一般に届くまでには、さらなる技術革新と低コスト化が必要なのである。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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