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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

“自転車2.0”を巡る社会状況

2009年7月16日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

 前回、“自転車2.0”として、ベロモービルに電動アシストを付加したものが有望ではないか、という話を書いた。しかしながら、そのような乗り物に日本国内で乗るとなると、様々な問題が出てくる可能性はないだろうか。

 “自転車2.0”は、内閣府令の道路交通法施行規則で定める「普通自転車」の条件に当てはまらない。

一 車体の大きさは、次に掲げる長さ及び幅を超えないこと。
 イ 長さ 百九十センチメートル
 ロ 幅 六十センチメートル
二 車体の構造は、次に掲げるものであること。
 イ 側車を付していないこと。
 ロ 一の運転者席以外の乗車装置(幼児用座席を除く。)を備えていないこと。
 ハ 制動装置が走行中容易に操作できる位置にあること。
 ニ 歩行者に危害を及ぼすおそれがある鋭利な突出部がないこと。

 トライクやベロモービルの場合、幅60cm以下というところにほぼ全車種がひっかかる。前2輪、後ろ1輪の構造だと、前輪の幅がどうしても80cm以上はないと、走行時の安定が保ちにくいからだ。これらの車種は道路交通法の定める「軽車両」というカテゴリーに入ることになる。

 軽車両は車道の左側を走行するが、歩行者を妨げない限り、路側帯を走行することも認められている(道路交通法第17条の二)。普通自転車と異なり、自転車走行可の歩道を走ることは認められていない。

 Youtubeを探すと、トライクで東京都内を走っている動画を見つけた。

 これら映像をアップしたfumimaro029さんという方は、トライク普及の先覚者として称賛されるべきだろう。都内をトライクで走ることにチャレンジし、しかもその映像をネットにアップした勇気には素直に敬服する。

 一見すると、現状の東京都内の路上はトライクやベロモービルにとってかなりきびしいという印象だ。速度が出るといっても自動車やバイクと同等というわけにはいかない。特に加速の悪さはどうしようもない。息が切れるほど漕いでも、自動車やバイクに置いていかれてしまう。
 地面を這うような姿勢だと、頭の横をバスやトラックのタイヤがぐりぐり回りながら過ぎていくわけで、慣れても恐怖は残るだろう。しかも最初の画像では、ちょっとだけだが、歩道を走ってしまっている。この程度は大目に見るレベルだろうが、この手の乗り物を社会的に認知させるという面では、マイナスだ。
 しかしながら子細に動画を分析しつつ見ていくと、片側2車線、3車線の道路では、意外なぐらいトライクが楽に走っていることも分かる。走行レーンさえしっかりしていれば、トライクは十分に都内でも使えそうにも見える。

 これらの動画を見ると、路上の大きな問題点に気が付く。道路の左端に止まる路上駐車の車両が、トライクの安全性を大きく損ねているのだ。道路の左端を走っていても、行く手に車両が駐車してあると車道側に回避しなくてはならない。車道は自動車やバイクが制限速度いっぱい、あるいは以上の速度の流れを形成しているので、そこに低速のトライクやベロモービルが一時的に割り込み、また元に戻るのは、危険性が伴う行為となる。

 どうやら、トライクやベロモービル、さらにはその先にある“自転車2.0”で安全に走るためには、「路上駐車のない専用の走行レーン」があればいいことが見えてくる。

 「たった2本のYoutubeの動画で、言い切ってしまっていいのか」と思う方もおられるだろう。が、実はこのことは、安全な自転車走行レーンを作るということと全く同じなのである。

 昨年、道路交通法が改正され、自転車は基本的に車道を走行するという原則を徹底することになった。全国の警察は、あちこちの道路で自転車専用の自転車走行レーンの整備を行いつつあるところだ。
 ところが現在、新たに作られた自転車走行レーンの出来が、自転車に乗る人々から「とりあえず作っただけではないか」「誰の利便のためなのか分からない」「そもそも自転車が走りづらい」「かえって事故を誘発しかねない」──という反発を受けている。

 というのも、現在作られている自転車走行レーンの大部分が、1)歩道を半分に分割し、車道側を自転車走行レーンにしたものであったり、2)車道の片隅にレーンを区切り、狭いレーンの中で自転車を対面通行させるものであったり、3)自転車を歩行者用横断歩道に沿わせて渡らせようとして交差点で自転車専用レーンを横断歩道側に大きく引き込んだり──と、自転車から見てひどく使いにくいものになっているからなのだ。

 歩道を区切った自転車走行レーンでは、結局歩行者と自転車がごっちゃになって走ることとなる。歩行者にしてみれば自転車が怖くてしかたがないし、自転車にすれば十分なスピードを出すことができない。
 対面交通の自転車走行レーンでは、常に自転車は他の自転車と正面衝突する危険性におびえなくてはならない。自転車同士の正面衝突となると相対速度は自動車並みに大きくなり、事故による被害も大きくなる。
 歩行者用横断歩道を無理に渡らせるというのは、もう笑うしかない。交差点を直進する自動車から見れば、自転車が一度左折して視界から消えるかのように見えて、交差点を過ぎると左からまた自転車が入り込んでくるということになる。危険極まりない。

 警察が、自転車のためにむしろ有害無益な自転車走行レーンを作ってしまっている背景には、「日本でママチャリが発達した理由」で指摘したような、歩道をゆっくりと走るママチャリ主体の自転車利用の状況があると言えるだろう。警察関係者が、ママチャリ即自転車という先入観に毒されてしまっているのだ。
 上から「自転車走行レーンを作れ」という指示が来た時に、「本当に走りやすく、自転車にとって意味のある自転車走行レーンはどのようなものか」と自分で考えるのではなく、「今でもゆっくりと歩道を走っているのだから、歩道を分割すれば、とりあえず上からの指示に従ったことになるだろう」と安易に考えてしまっているというわけだ。

 それに対して、主に自転車愛好家の中からは「車道の左側に白線を一本引いて、そこを自転車走行レーンとしてもらいたい」という主張が出てきている。現在の路側帯に相当する部分を自転車専用レーンにするというものだ。
 前述した通り、道路交通法では、軽車両は路側帯を通行することになっている。自転車は軽車両に区分されるので、「道路の端に白線で区切った自転車走行レーンを」という主張は、現在の道路交通法とのなじみがいい。
 しかも、自分が自転車に乗って車道を走るとわかるが、このほうがはるかに合理的でかつ安全である。自転車は自動車と同様に左側通行となるので、自転車同士の正面衝突の危険性はなくなる。また、自転車は自動車にどんどん追い越される形となるが、同じ方向に向かっているので、相対速度は小さく、万が一自動車との間で事故が発生しても被害が小さくなることが期待できる。交差点でも直進できるので、自転車が一時的に自動車のドライバーの視界から消えるということもない。

 もう、おわかりだろう。車道の端に白線を引き、自転車走行レーンを設置すれば、それはトライクやベロモービル、さらには電動アシストをフルに活用した“自転車2.0”にとって、安全かつ快適に走行できる場所となるのだ。

 この方法唯一の欠点は、路上駐車だ。路肩に駐車している車両があると、自転車は車道側にはみ出して迂回しなくてはならない。違法駐車は厳正に取り締まるとしても、タクシーの乗降やトラックの荷物上げ下ろしなどはどうするのか、という問題が残る。
 しかし、私は悲観していない。この問題をも解決する道路設計の方法はあると考える。

 ここでもう一歩進んで、道路を端が遅く中央が早いという速度ベクトルの分布を持つものとして捉えてみる。一番左端が歩行者が使用する歩道だ。歩行者の速度は時速4km。「遅刻する!」と走った場合も、まあ時速15kmぐらいに考えておけばいいだろう。これは歩道をゆっくりと走るママチャリの速度とほぼ同じである。
 歩道の右側には、車道に白線を引いて区分した自転車走行レーンが来る。自転車の速度はママチャリの時速15kmから、標準の時速20km、さらにはロードバイクの時速30kmぐらいまでということになる。自転車走行レーンの中でも「ママチャリは左、ロードバイクは右」というマナーを徹底させれば、共存は可能だろう。
 自転車走行レーンのさらに右側には車道が来る。自動車の速度は制限速度で決まる。時速40〜60kmということになる。

 この状況を道の左から中央へと整理すると以下のようになるだろう。

 歩道(4km/h〜15km/h)→自転車走行レーン(15km/h〜30km/h)→車道(制限速度上限)

 ここで自転車走行レーンと車道との間に速度の切れ目があることに気が付く。速度のスペクトルを連続にすることを考えると、車道の左端をもうひとつ別のゾーンとして設定するといいかも知れない。つまりは新たな路側帯である。

 歩道(4km/h〜15km/h)→自転車走行レーン(15km/h〜30km/h)→新路側帯→車道(制限速度上限)

 この新路側帯は、タクシーの乗降やトラックの荷物上げ下ろしといった短時間の停車をどうするのか、という問題をも解決してくれる。その場合は新路側帯に車両を停車し、注意しつつ自転車走行レーンを横断するというやり方をとればいい。車道の通行妨害を最小限に留め、なおかつ自転車走行レーンを横断することによる衝突事故を防ぐことができる。

 私としては、これで“自転車2.0”を便利な道具として社会に迎え入れるにあたって、道路の側で実現しなければならない条件がはっきりしたと考える。
 まず第一歩として必要なのは、「道路の左端を白線で区切った自転車走行レーンと車道側に設ける新たな路側帯」である。次が、「道路の左端に停車する違法駐車車両への徹底した対策だ」。これさえ実現できれば、“自転車2.0”の路上進出もスムーズに進むことになる。

 自転車ですら路上のどこを走るかで混乱している現状では、楽観的過ぎるかも知れない。「そんなものを新たに設置する幅が、現状の道路のどこにあるんだよ」と思う方もあるだろう。だが、原則がはっきりしている上に、行うべき事は単純だ。私は決してできないことではないと思う。警察庁や国土交通省が、きちんと理解するならば…ではあるが。

 さらに進んで、「何が移動するか」ではなく、「どんな速度で移動するか」で走行する場所を区分すれば、より一層合理的になるのではないだろうか。

 前回、“自転車2.0”として、ベロモービルに電動アシストを加えたものを提案した。が、電動アシストを付加できるのはベロモービルだけではない。例えば、「ローラースルーGOGOの新たな可能性」で取り上げたローラースルーGOGOに電動アシストを取り付けたようなもの、あるいは「インラインスケート、スケートボード、キックボードなどは交通機関か」で取り上げた、インラインスケート、スケートボード、キックボード、一輪車などに電動アシストを装備したものも考え得る。
 実際には、法律における軽車両の定義やら、ブレーキを装備しているかどうかといった面倒な問題が存在する。が、道路の設計としてはこれらも許容できるような奥の深さが求められるだろう。技術は進歩する。電動モーターもバッテリーも、モーターの制御技術も進歩しており、今後様々な新しい乗り物が出てくることはまちがいないところだ。それらに対して一律、「法律に適合しないから公道走行不可」としてしまっては、日本という国は停滞してしまう。

 歩道の時速4kmから、道路中央の制限速度一杯までを、速度スペクトルで区分して、どこを走るべきかを定めれば、今後どのような乗り物が出てきても、公道のどこを走るべきかをきちんと指示することができる。

 過去何十年にも渡って、道路行政は自動車を基準として行われてきた。自動車が便利に走れる道を造るというのが、道路行政の中心的なポリシーだった。今、人口1億3000万人弱の日本には、7500万台を越える自動車が存在する。少子高齢化の進行を考えると、これ以上自動車が増えるとは考えにくい。
 これまで自動車のための道路建設に使ってきた予算を、ちょっとだけ自転車に振り向ければ、ここまで書いてきたように、自転車のみならず、“自転車2.0”と総称できる新たな乗り物による利便を国民に提供できるようになる。

 これは決して夢物語ではない、十分に実現可能な未来だと、私は思うのだ。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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