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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

“自転車2.0”をめざして(その1)

2009年5月21日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

 「自転車2.0などと大きく出てどうするのか」とか「ホラ吹きすぎ。自重せよ」とか「もうWeb2.0だなんて誰もいわないのに、ダセー」とか、色々言われそうなタイトルだが、本題に入る前に、まずは前回の反響を。

 前回、リカンベントの一種で思い切り全高の低い3輪車の「トライク」を取り上げたところ、友人の一人から「私の上司が乗っています」という話が来た。「なんと物好きな上司がいるのか」と思いきや、その上司氏は、大変深刻な事情から、トライクに乗るという選択をしたのだった。
 もともと大変活動的な方だったそうなのだが、数年前に脳梗塞を患い、半身麻痺が残ってしまったのだそうだ。「病気に負けてたまるか、少しでも体を動かしてリハビリだ」と、選んだのが自転車だった。

 半身が麻痺しているので普通の自転車には乗れない。そこで彼が目を付けたのが3輪車だった。最初は親子3人乗りの安全のためにで紹介したような、ママチャリタイプの3輪車に乗ったのだが、ここで大きな問題が発生した。
 ママチャリタイプの3輪車は、重心が高いのでなにかの拍子にバランスを崩すと転倒するのである。半身麻痺があると、体が思うように動かない。体の一部を自転車にひっかけたり、自転車の挙動を身のこなしで吸収できなかったりで、とにかくころりと転倒してしまうのだ。

 ついには河原の道路を走行中に転倒し、土手を転げ落ちて骨折してしまうに至って、上司氏は「ママチャリタイプではダメだ」と、もっと適当な乗り物を物色し始めた。そうして行き着いたのが、全高の低いトライクだった。確かにトライクならば非常に重心が低いので、転倒するということはまずあり得ない。
 半身麻痺だと低いシートに着座するのも大変ではないかと想像するが、そのあたりの問題は工夫で解決しているとのこと。トライクを手に入れた友人の上司氏は、すっかりその魅力にはまってしまって日本各地を走り回り、ついには海外までトライクを持ち出してその走りを楽しんでいるそうである。

 この事例にはびっくりしたと当時に、「確かにそれはありかも」と思った。というのも、数年前の産業総合技術研究所の一般公開で、歩けなくなった老人のリハビリにトライクを使用するという研究を見ていたからだ。ベンチャー企業のオーテックが開発したSDVという特殊なペダリング機構を組み込んだトライクに、老人を乗せて脚の筋肉に無理のない負荷をかけ、歩行能力の回復を図るというものだった。

 全高の低いトライクは、ついつい「スポーツ走行向け」「マニア向け」と思い込みがちだが、実はこのように身体的弱者にとっても「決して転ぶことがない便利な乗り物」だったわけである。

 ということは、親子三人乗り自転車としても、全高の低いトライクは候補として考えても良いのかもしれない。全幅60cm以下という普通自転車の規定に抵触してしまうが、親子三人乗りに限って規則を変えるぐらいのことはあってもいいのではないだろうか。

 さて、今回の本題である“自転車2.0”だ。2.0というからには、従来の自転車を遙かに超えるなにか素晴らしい機能を持つ自転車でなければならないだろう。我々の日常生活のモビリティを一変するぐらいのインパクトのある乗り物が、本当にあるのだろうか。

 ある。それどころか、その萌芽は今や街中をいっぱい走り回っている。

 電動アシスト自転車である。

 「もったいぶるだけもったいぶっておいて、電動アシスト自転車かよっ」…待った待った。街中を走る電動アシスト自転車をよく観察してもらいたい。気が付いておられるだろうか。それらはすべてママチャリタイプであったり、近距離を走ることを目的とした小径タイヤの自転車であったり──要するに「ちょっとそこらまで」系の自転車なのだ。

 少し想像力を働かせてもらいたい。ママチャリよりも遙かに良く走るスポーツタイプの自転車に電動アシスト機構が付いたならどれほどの走りが可能になるだろうか。普段我々が、ママチャリなどで近所を走っている時、脚の出力は80ワット程度である。これが出力1対1でパワーアシストすれば160W。休日に道路を軽やかに駆け抜けるロードバイクは、だいたいこれぐらいの出力で走っている。ママチャリのだらだら感のままで、ロードバイクの速度で走れる乗り物が出来上がるのだ。

 では、なぜそんな電動アシスト自転車がないのかといえば、警察庁による業界指導の結果なのである。
 道路交通法施行規則により、電動アシスト自転車は警察庁の形式認定を受けることになっている。形式認定を受けるための条件は、道路交通法施行規則の1条の三に書いてある。

第一条の三 法第二条第一項第十一号の二 の内閣府令で定める基準は、次に掲げるとおりとする。
一 人の力を補うために用いる原動機が次のいずれにも該当するものであること。
 イ 電動機であること。
 ロ 二十四キロメートル毎時未満の速度で自転車を走行させることとなる場合において、人の力に対する原動機を用いて人の力を補う力の比率が、(1)又は(2)に掲げる速度の区分に応じそれぞれ(1)又は(2)に定める数値以下であること。
  (1) 十キロメートル毎時未満の速度 二
  (2) 十キロメートル毎時以上二十四キロメートル毎時未満の速度 走行速度をキロメートル毎時で表した数値から十を減じて得た数値を七で除したものを二から減じた数値
 ハ 二十四キロメートル毎時以上の速度で自転車を走行させることとなる場合において、原動機を用いて人の力を補う力が加わらないこと。
 ニ イからハまでのいずれにも該当する原動機についてイからハまでのいずれかに該当しないものに改造することが容易でない構造であること。
二 原動機を用いて人の力を補う機能が円滑に働き、かつ、当該機能が働くことにより安全な運転の確保に支障が生じるおそれがないこと。

 色々ごちゃごちゃ書いてあるが、条件を整理すると以下の通りになる。
1)動力は電動モーターに限定
2)アシストするのは時速24kmまで
3)時速10km以下では、人力1に対してアシストは2
4)時速10〜24kmでは、人力1に対して2-{(走行速度-10)/7}
5)改造は不可

3)と4)が少しわかりにくいが、要するに時速10kmまでは人力:アシストが1:2で、それ以上の速度域では速度が上がるほどにアシストが減っていって時速24km以上ではゼロになるということである。

 この規則の意味するものは、「電動アシスト自転車は脚力の弱い弱者が、ゆっくりと走りつつ重い荷物を運んだり、坂を登ったりするのに使うものであって、健常者が自転車をより一層快適かつ高速に走らせるためのものではない」という警察庁の意志である。「電動アシスト自転車はあくまで自転車であり、自転車の範疇を出てはならない」ということだ。しかも、ここでの自転車とはママチャリであって、決してロードバイクのような良く走る自転車ではない。電動アシストで自転車を超える“自転車2.0”というべき乗り物を実現するなど、もってのほかというわけである。

 だが、技術の発展は社会的規制とは無関係である。電動モーターの技術も同様であり、警察庁の意志や法的な規制とも無関係にどんどん進歩する。取りあえず法規や制度といった社会的な枠を無視し、技術の粋を集めて人力プラス電動モーターという動力の可能性を極めるといったいどんな乗り物ができるのだろう。

 現状におけるそのひとつの例がスイスのFINE MOBILE社が製造・販売しているTWIKEだろう。2人乗りで外見は自転車というよりも前1輪後ろ2輪の小型車である。しかし、人力と電動アシストの組み合わせで最高時速85km、航続距離200kmを実現している。もちろんこれらの数値は公称であり、実際はこれよりも低めなのだろうが、半分だとしてもかなりの性能だ。
 あるいはオランダのAerorider社のAeroriderはどうだろう。1人乗りだが500ワットのモーターを搭載し、最高速度は時速45km、航続距離は最大100kmとなっている。

 「ママチャリに限る」という先入観から離れてみると、電動アシストの可能性は非常に大きいらしいことに気が付く。電動オンリーの乗り物、例えば電動スクーターは航続距離が短いという欠点があるが、人力と組み合わせてやれば航続距離を伸ばすことができるだろう。十分に走行抵抗を減らしてやれば自動車と同じ流れに十分乗ることが可能なぐらいの速度を維持することだって不可能ではない。その一方で、維持費は安く小型で自動車のような広い駐車スペースも必要ない。もちろん自動車のように、大量の二酸化炭素を排出することもない。

 とすると、「人力」プラス「電動アシスト」は、現在、自動車が使われている用途に食い込むことができるほどの潜在的な可能性を秘めていると考えられる。これは十分、“自転車2.0”と呼びうるだけの革新ではないだろうか。

 それでは、どのような形式の乗り物が“自転車2.0”というに相応しい、電動アシスト・ビークルとなりうるのだろうか。現状の電動アシスト自転車は確かに便利な乗り物ではあるが、警視庁の指導によってあくまで既存のママチャリの範囲に収まるようにされている。いわば牙を矯められている状態なのだ。もっと、電動アシストの可能性を追求し、その利点を引き出すような形式はどんなものになるのだろう。

 そこで私は、トライクが浮上するのではないかと考えるのである。電動アシストとはいえ、そのパワーは自動車やバイクのような内燃機関を使った乗り物に比べるとずっと小さい。従って走行抵抗の軽減は何にもまして優先されねばならない。

 前回、私はこう書いた。

乗り物にかかる様々な抵抗──空気抵抗、駆動系の摩擦による抵抗、タイヤの転がり抵抗などなどを極限まで減らしていけば、非常に小さな力で高速走行を可能にできるのである。とすると、この方向を追求していけば、人力で走るHPVでありながら、既存の自動車に近い利便性を持った乗り物を作り上げることができるのではないだろうか。そんな乗り物の基本形状として、トライクのような極端に背の低い3輪車は最適なのではないだろうか。

 ここに「電動アシスト」という要素を加えれば、どのような乗り物が出来上がるだろうか。

 最後に前回のラストで「その乗り物とは──」と引いた答えを書いておこう。その名はベロモービル(VeloMobile)。今回ベロモービルについて書く予定が、電動アシストの解説で終わってしまった。

 トライク、ベロモービル、そして電動アシストによって、どんなモビリティが実現されるのか。次回はそのあたりを書いていくことにする。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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