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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

大きくなる自動車

2010年11月19日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

 SF映画「ロボコップ」(ポール・バーホーベン監督、1987年)に、SUX-6000という架空の自動車が出てくるのをご存知だろうか。作中CMで「アメリカの伝統、大きいことはいいことだ」と宣伝されていたラグジュアリーカーだ。悪役クラレンス一味は「大きくて燃費の悪い自動車をよこせ」とこの自動車を要求し、あげくに銃の試し打ちで破壊したりする。
 ロボコップは治安が悪化し、荒廃した未来のデトロイト――アメリカ自動車産業の中心地――が舞台だ。そこには「大きなクルマばかり作っているとこうなるぞ」というアメリカ自動車産業に対するバーホーベン監督の皮肉な視線も感じられる。

 ちょっと検索をかけると、作中のSUX-6000は、ポンティアック6000という車種を改造したものだと分かる。では、そのポンティアック6000がどんなクルマかというと、ちゃんと英語版Wikipediaには項目が立っていて、そこには「GMのポンティアック部門が1981年から販売したmid-size car」と書いてある。

 ミッド・サイズ・カーとはいかに?と寸法を見ると、全長4798mm、全幅1829mm、エンジンは2.8または3.1リッターV6、車重が1400〜1540kg――なるほど、全長5m超、車重2トンが当たり前のアメ車としては中型と言える。映画では中型車を改造し、大型車に見せていたのだった。
 このSUX-6000が示唆するのは、大きくて豪華な自動車ばかりを作っていた1987年のアメリカ自動車産業の未来だけではない。「大きくて豪華な自動車が欲しい」という我々の果てない欲望をも象徴しているのだ。

 「次は、もう少し大きくて乗り心地の良い自動車が欲しいな」という欲望を持つのはごく自然だ。そして。快適になるのなら燃費が少々悪くなってもいいと考えることも、ごく普通のことだ。しかし、そのようなちょっとした欲望が長年積み重なるとどうなるか――世界初の大量生産された自動車、フォード・モデルT、日本ではT型フォードと呼ばれている自動車がどれほどのサイズだったかご存知だろうか。全長3.3〜3.6m、車重540kgだ。このクラスのクルマは、ずっとFull-size Fordと呼ばれてきたが、現在フォードのラインナップでは「トーラス」が相当する。最新型トーラスは、全長5.15m、車重1.98トンだ。全長はT型フォードの1.56倍、重量は4倍である。フルサイズの概念は、1908年のT型フォードから2010年のトーラスに至るまでの間にこれだけ大きくなったわけだ。
 ちなみに1.56を三乗するとほぼ3.8になる。「おお、寸法が大きくなったのに相応して重くなっているなあ」と感心してしまった。

 ここで、2代目のリメイクが存在する車種の新旧モデルを比較してみる。長期間に渡って生産した車種ばかりなので、数値は代表的なものを選んだ。

 まず。ミニ。1959年に生まれたオリジナルの初期モデルは、全長3.05m、1.4m、車重617kg。一方、現在BMWが開発・生産しているリメイク版ミニは、全長3.74m、全幅1.68m、車重1130kgだ。
 次にフォルクスワーゲン、通称「ビートル」。オリジナルは、全長4.1m、全幅1.54m、車重はかなり変化していて730kg。一方、現在のニュービートルはといえば、全長4.09m、全幅1.73m、車重1250-1390kg。
 そしてフィアット500。ルパン三世も乗っていたオリジナル(第二次世界大戦前に初代モデルが存在したので、2代目モデルだ)は、全長2.97m、全幅1.32m、車重500kg。一方、現行の3代目モデルは、全長3.54m、全幅1.62m、車重1010kg。

 3車種とも強烈なキャラクターを持ち長年販売されたモデルをイメージだけ引き継いでリメイクしているが、そのどれもが大きく重くなっているわけだ。
 もちろん、大きく重くなったことでエンジン出力は大きくなって快適性は増し、安全に、より高速で走ることができるようになった。先代はどれも衝突安全性など考慮していないわけだから、その一点だけを考えても、どの車種も大きく進歩している。

 このあたりの事情は、日本ならば軽自動車の規格の変遷でたどることができる。1949年、最初に軽自動車の規格が制定された時、全長2.8m以下、全幅1m以下、全高2m以下、エンジン排気量は4サイクルエンジンで300cc以下、2サイクルなら200cc以下というものだった。
 それが、1950年には全長3m、幅1.4mとなり、1951年にはエンジン排気量が4サイクルが360cc、2サイクルが240ccに増えた。

 1955年に、エンジン排気量が4サイクル、2サイクルを問わず360ccに統一され爆発的な普及が始まる。スバル360、ホンダN360などの名車が現れ、軽自動車は日本の津々浦々へと浸透した。
 以下、規格改定が表のように続いた。

 この結果、車重がどうなったかを見ていくとホンダN360は475kgだったが、同じホンダの現行機種ライフは一番軽いモデルで810kgとなっている。色々と事情は存在するものの、大型化の圧力が制度を変え、変わった制度によって大型化が進むという相互作用を見て取ることができる。

 同じことはより大きな乗用車でも起きている。日本の税法で、乗用車は小型乗用車と普通乗用車に区分される。小型乗用車は、全長4.7m以下、全幅1.7m以下、排気量2000cc以下と定義されており、一項目でもこれを超えると普通乗用車になる。ナンバープレートの数字が、小型乗用車は5ではじまり、普通乗用車は3で始まるので、通称「5ナンバー」「3ナンバー」と呼ばれる。

 かつて3ナンバーの普通乗用車はぜいたく品として、高い自動車税を課せられていた。5ナンバーは年間最大でも3万9500円だったのに対して、3ナンバーは最低でも8万1500円だったのだ。この方式では、日本の税法を意識せずに作られた外車が、ほんの少しの寸法や排気量の差で3ナンバーの高い自動車税を支払わねばならないという批判があった。1989年、自動車税が改正され、エンジン排気量のみに依存する方式に変更された。同じ全幅が1.68mの5ナンバーでも1.8mの3ナンバーでも、1800ccのエンジンなら自動車税は同じ年間3万9500円ということになった。時あたかもバブル景気真っ盛りで、日本は海外からせっせと物品を輸入して黒字を解消しなければならなかった時代だ。自動車税の改正には、外車の非関税障壁廃止という意味があった。

 同時に自動車税の改正によって、国内自動車メーカーは、幅や全長の大きな自動車を売りやすくなった。1994年、ホンダは3ナンバーの7人乗りワゴン車「オデッセイ」を発売した。オデッセイは大ヒット商品となり、大型の7人乗りワゴンのブームが到来した。その後5ナンバーの7人乗りワゴンも出現したが、このブームは1989年の自動車税改正なくしてあり得なかったろう。

 自動車の歴史は、人々の欲望に応える大型化と、行きすぎた大型化への反省の繰り返しだ。ただし、こうやって見てくると、大型化と小型化の波の中に、一貫して大型化のトレンドが存在することが見えてくる。T型フォード以降、自動車はより一層の快適さを求め、基本的に大きく、重くなりつつあるわけである。
 そこには、モデルチェンジという、自動車業界が抱える構造的な問題も存在する。消費者の興味を引き続けるためには、自動車をモデルチェンジする必要がある。消費者はどうしてもモデルチェンジで、前よりもいくらかでも快適に、高性能になっていることを望む。となると、自動車は大きく重くなっていく。

 大型化に極力抵抗している例として、マツダのスポーツカー、「ロードスター」を見てみよう。ロードスターは、1989年の発売以来、2回のフルモデルチェンジを経て、現在3代目となっている。それぞれの車体の大きさと重量を比較すると以下の通りになる。

 ロードスターは、絶対的な速さよりも走ることの楽しさや快感を追求したスポーツカーだ。そのため小さく、軽くまとめることに神経を使って設計されている。それでもパワーを増すために徐々にエンジン排気量が大きくなってじわじわと車重は増え、2代目から3代目では全幅も大きくなった(初代から2代目への重量増加は、きびしくなった衝突安全基準を満たすためという理由もある)。「小さく軽く、楽しく」を維持しつつ「きっと前のモデルよりも性能も快適性も良くなっているよね」と期待する消費者意識を満足させるために、開発者達が苦労に苦労を重ねて、それでも重量増加を防げないでいることが、この変遷からは見えてくる。

 このことは、前回取り上げた「自動車の社会的費用」という問題と関係してくる。大きくなった自動車は、より多くの路面という公共スペースを占有する。重くなった自動車は、より大きなダメージを路面に与え、道路の劣化を進行させる。大きく重くなったことで、燃費は低下し、環境により大きな影響を与える(ただし燃焼に関する技術革新で、ここ数十年で自動車のエネルギー効率は向上している)。

 しかし、そのための社会的費用を、快適さを求めてより大きな自動車に乗り換えた自動車ユーザーは払っていない。
 例えば、街を走る7人乗りワゴンに定員一杯の7人が乗っていることはまれである。それどころか、多くは1人しか乗っていない。生活の中で7人乗りのキャパシティを必要する局面は、実のところそう多くはない。
 それでも、私たちは「友達と遊びに行くのに便利」「なにかの時にいっぱい荷物が積めて安心」「お盆のお墓参りには、家族全員とおじいちゃんとおばあちゃんも乗れる」と大きな7人乗りワゴンを買う。当然その時、自動車の社会的費用などというものは意識してはいない。

 その意味では、私たちは、「ロボコップ」に出てくる悪漢、クラレンス一味と大きく変わるところはない。彼らはこれ見よがしに「大きくて燃費の悪いクルマをよこせ」と言うが、消費者である我々は別に声をあげるまでもなく、「前よりも大きい自動車の方が快適で便利だよね」と家族と相談しつつ、大きなクルマに買い換えてきたのである。
 自動車メーカーは営利企業だから、そのトレンドを素早く見抜いて商品開発を行う。その結果、自動車は大きくなってきて、時々はっと気がついて小さくなるものの、またじわじわと大きくなってきたのだ。

 2010年11月2日、総務省は「環境自動車税(仮称)に関する基本的な考え方」を公表した。検討の方向性としては、二酸化炭素排出量に税額が連動する制度の導入なのだが、その中になぜか660cc以下の軽自動車と、1000cc以下の小型車の自動車税に4倍の格差があることを理由に、軽自動車の税率を引き上げ、小型車の税率を軽減する方針が入り込んでいる。成立すれば、軽自動車から小型車への需要シフトが起きるのは間違いない。

 おそらく総務省は、自動車の社会的費用については全く念頭にないのだろう。しかし、これ以上、自動車の大型化を導く方向に制度を作り直して、一体どうするというのだろうか。消費者の嗜好と自動車業界の慣行とが、長年にわたって自動車大型化のトレンドを維持してきた以上、政策として行うべきは、もっと小さくて軽い自動車へのシフトを促す制度設計ではないだろうか。温室効果ガスの排出削減策としても、その方が正しいように思える。

 私ならば、軽自動車に重量区分を設定して、例えば750kg以下の軽自動車は減税する。その上で年々少しずつ減税する区切りを下げていき、最終的には500kg以下の軽自動車が大幅減税になるような制度を作るだろう。そんな自動車は道路の専有面積も小さく、燃費も良いだろう。快適性と衝突安全性は、材料と設計の両面の技術開発に期待する。

 軽自動車普及の起爆剤となったスバル360は、車重が385kgだった。今現在の設計技術を使えば、スバル360よりもずっと快適かつ高性能、同時に社会的費用も小さくなる自動車が作れるはずと思うのだ。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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