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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

"ツボグルマ"の理想と現実

2010年12月20日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

 前々回、自動車の社会的費用という問題を紹介した。自動車を便利に使うには道路など様々な社会インフラストラクチャが必要で、しかも大気汚染など自動車を使うことによって生じるデメリットも存在する。しかし、自動車ユーザーはインフラやデメリットを補うための社会的費用を負担していない、という問題だった。

前回は、自動車が時代を経るに従って、より一層の便利さを求める消費者からの圧力によって大型化していることを見た。自動車の社会的費用を下げる一番簡単な方法は、自動車を小さく軽くすることだ。それは同時に、運転する時に「さあやるぞ」という覚悟を必要としない、使いやすい自動車の実現をも意味する。

歴史上、小型化の一番の成功例は、おそらくミニだろう。イギリスのブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)が1959年に売り出したミニは、1956年のスエズ動乱により石油価格が上昇していたイギリス社会で熱狂的に歓迎された。それだけではなく、ミニはエンジン横置きの前輪駆動、2ボックススタイルなど、その後の大衆車の基本設計レイアウトをも確立した。主任設計者アレック・イシゴニスの才能の発露と、それを製品化したBMC経営陣の成果である。その一方でミニは基本性能も高く、ジョン・クーパーの手によってチューンされたミニ・クーパーはラリーで活躍した。ミニは40年もの長きにわたって改良を重ねつつ2000年まで生産された。

 ミニ以降も、いくつか自動車の小型化に関する意欲的な設計やコンセプトが出現したが、今回は、公害と交通戦争真っ盛りだった1970年代後半に、とある建築家が提案した風変わりなコンセプトを紹介しよう。

 建築家の名前は上田篤。コンセプトの名前は「ツボグルマ」という。漢字にすると「坪車」だ。

 大阪万国博覧会で会場の中心となったお祭り広場。丹下健三設計の巨大なトラス構造の屋根と、その屋根を貫いた岡本太郎デザイン「太陽の塔」で我々の記憶に残っているが、このお祭り広場の地上・地下部分を設計したのが上田氏である。この他に、京都精華大学キャンパス、岡山県・美里町の「みさと天文台」といった代表作を持つ。

 氏は、1979年に「くるまは弱者のもの」(中公新書:現在は絶版)という本を出して、自らのコンセプト「ツボグルマ」についてまとめている。

 この本はまず、1970年に建設計画が具体化した京滋バイパス(京都市街地を迂回する国道1号線などのバイパス道路、2003年全線開通)が、地域住民に引き起こした波紋から説き起こす。静かな街に、ろくに歩道もないような自動車優先のパイパス道路ができるという住民の恐怖の中から、上田氏は建築家らしい視点で問題点を見いだす。つまり、「自動車は場所を取りすぎる」のだ。人ひとりが移動するだけでも、自動車は路上の結構な面積を専有する。自動車が増えれば、バイパスを通して単位時間当たりの交通量を増やす必要がある。その根本にあるのは自動車の大きな専有面積というわけだ。

 そこから上田氏は、一見して自動車と関係ない、歩行者のための街作りの経験から得た知見や、江戸時代の街路の構造、歩行者が使った傘や下駄などの道具について語っていく。これはどうしたことか、と思って読み進めるうちに、問題点に到達する。「歩行者はいいとして、では歩けない人はどうするのか」。上田氏の答えはこうだ。「歩けない人、歩くのが困難な弱者こそが、自動車の真のユーザーである」。確かに障害のある身体機能を機械で補うのは理に適っている。

 では、社会で最も多い交通弱者は誰か。それは多くの買い物と、場合によっては子供を連れた母親ではないか、と上田氏は考える。そして、買い物をする母親を中心とした交通弱者のための自動車として、「ツボグルマ」を提案するのである。

 その名前の通り、ツボグルマは占有面積を可能な限り1坪(3.3平方m)に近づけた自動車だ。一坪は畳2枚を横にならべた面積だ。半畳あれば人一人が座れるから。畳2枚に少なくとも人が4人座れる道理である。印象としては大相撲の枡席に車輪がついて、そのまま走り出すと思えばいい。

図:ツボグルマの例。「くるまは弱者のもの」(上田篤著 中公新書1979年p.124〜125から)

 極限まで専有面積を切り詰める一方で、車高は2m5cmと非常に高い。法規上、普通自動車や軽自動車の車高は2mに制限されているが、ツボグルマのコンセプトでは法規面の考慮はなされていないようだ。設計の要点は2つ。全長を2.4m、デザイン上のアクセントであるひさしを含めて2.9mまで短くすること。乗降を左右ではなく前からすることだ。エンジンや燃料タンクなどは座席の下に格納し、搭乗者にはフラットな床を提供する。

 2m超の全高とフラットな床は、内部に大きな乗車スペースを提供する。上田氏は、その空間を生かしてさまざまな利用法を提案する。後部座席を外せば、そのスペースに人が座ったままの車椅子をそのまま載せることができる。後部をバスのような横に座る折り畳みシートにすると、シートを畳んで大きな荷物スペースが得られる。後部座席部分の屋根を切り取って貨物専用にすると、小さなトラックになる。建築家らしく、上田氏はツボグルマ専用の駐車スペースを持つ集合住宅も提案している。

 「くるまは弱者のもの」を読んでいくと、ツボグルマの発想に至った流れが2つあることが見えてくる。まず、著者が「なしくずしのモータリゼーション」と呼ぶ、1960年代から始まった急速な自動車普及と、それに伴って起きた交通事故、渋滞、騒音、大気汚染といった問題への関心がある。著者の意識の中では、京滋バイパスのような、社会インフラの構築という建築家の職分と関係する領域として浮上した問題だ。それに対する著者の解答は、「自動車は専有面積が大きすぎる。もっと小さくあるべき」というものだった。

 もう一方で、都市デザインに携わった経験から浮上した、「もっとも多数存在する交通弱者はどんな人々か」という設問がある。こちらに対する解答は「子供を連れて買い物をする母親」というものだった。この2つが合流するところに、建築家の視点から作られた回答例がツボグルマだったのである。

 ツボグルマのコンセプトは、1970年代後半、かなり斬新であったことは間違いない。新書「くるまは弱者のもの」の主要部を占める「くるまは弱者のもの」という書名と同題の章は、1977年にトヨタ自動車が創立40周年記念事業として実施した、クルマと人に関する懸賞論文の募集に応募し、最優秀賞を獲得している。そのこともあって、発表当時、ツボグルマはかなり様々なメディアで取り上げられた。

 実は1970年代、「早すぎたツボグルマ」というべき車種が存在した。ツボグルマのコンセプト提唱の5年前の1972年、ホンダはライフステップバン(Wikipedia)という軽自動車を発売している。全高1620mmという背の高い360ccエンジンの軽自動車で、天井の高さを生かした広い室内と、前輪駆動の採用による低くて平らな床が特徴だった。ただし販売面では振るわず、総生産台数1万9012台で生産終了し、後継車種も開発されなかった。

 ライフステップバンの失敗は、一般家庭向けというよりも商用車として売ろうとした販売戦略の誤りがあったらしい。ホンダはおしゃれな商用車として売ろうとしたが、商用車として見ると、軽バンや軽トラックのほうが実用性が高かったのだ。また、一般家庭向け車両としても、当時は背の低いセダンのほうが人気があった。自動車が買えるだけでもモビリティは大きく向上する。自動車の普及期だった当時は、自動車により一層の道具としての利便性よりも、ステータスとしての格好の良さのほうが求められていたわけだ。

 ライフステップバンとツボグルマを比べると、ライフステップバンが全長2955mm、全幅1295mm、全高1620mm。一方、ツボグルマは全長2900mm、全幅1600mm、全高2050mmと、ライフステップバンがかなりツボグルマに迫る設計を実現していたことが分かる。専有面積は、ライフステップバンが3.83平方m、ツボグルマがひさしを含めると4.64平方m、ひさしを除くと3.84平方m。ライフステップバンの専有面積はほぼツボグルマに等しい。全高がツボグルマよりも大分低いが、これは高さ制限のある駐車場などでの取り扱いを考慮したものだろう。自動車の全高に「一般の駐車場に入る」といった社会的な制限がかかることは、ツボグルマのコンセプトでは考慮されていない。

 ライフステップバンのような先駆者があったとはいえ、ツボグルマが提起したコンセプトは、その後、軽自動車規格のトールワゴンという形で社会に定着したといっていいだろう。スズキが1993年に発売したワゴンRは大ヒット商品となり、その後、類似車種が次々に登場した。その結果、全高1600mmを超える背の高い軽ワゴンは定番商品となり、現在様々なメーカーから販売されている。前輪駆動によって低くフラットな床を確保した上で全高を高くしたボディ設計を採用。4人の大人が十分な余裕を持って乗れて、後部座席を畳めば大きな積載能力を発揮できる――これはツボグルマが目指した機能に他ならない。例えば、ワゴンRには車椅子での利用を考慮した福祉車両モデルがある。まさにツボグルマが目指した弱者優先の多用途性能の具現化といっていいだろう。軽トールワゴンの開発者達、中でも先駆者としての三菱自動車のミニカトッポ(1990年:Wikipedia)とワゴンRの設計チームは、ツボグルマを意識した可能性もあるのかも知れない。

 ただし、現在の軽トールワゴンが完全にツボグルマの発想を具現化したものになっているかといえば、そうではない。最新の4代目ワゴンRは、全長3395mm、全幅1475mm、全高が標準モデルで1660mmだ。専有面積は5平方mとだいぶ大きくなっている。大きくなった理由は明らかで、前回取り上げた軽自動車の規格変更である。より一層の速度と快適性を求めた結果、必要最小限にして十分のモビリティを確保するはずだった軽自動車の規格もどんどん大きくなっていったのである。

 ここにツボグルマを提唱した上田氏が思いもしなかったであろう問題点が露呈している。前回、自動車が歴史的にどんどん大きく重くなってきていることを指摘した。ツボグルマもまた、ひとたび市場に投入されると、消費者の「より快適に、より便利に」という欲望から逃れることができないということだ。もしもツボグルマが上田氏のコンセプト通りの設計で販売され、市場に受け入れられたとしても、次代モデルでは「より快適に、より便利に」という市場ニーズにさらされることになる。これに抗って当初コンセプトを貫くことが非常に難しいことは、自動車の歴史が証明している。

 「より快適に、より便利に」という圧力がいかに強いかを証明する最新の実例が、スマート(Wikipedia)だろう。スマートはダイムラーベンツとスウォッチの合弁会社MCCが開発した2人乗りの小型車だ。衝突安全性から燃費性能に至るまで、すべてが新しい小型車を開発するというコンセプトで、1998年に最初のモデル「スマート・フォー・トゥー」を発売した。しかし、赤字が続いてスウォッチは撤退。ダイムラーベンツが踏みとどまった結果、2008年度以降、やっと事業は黒字転換した。その間にいくつかの車種を発表したが、現在は「スマート・フォー・トゥー」とそのバリエーションのみを販売している。

 これまでに「スマート・フォー・トゥー」は1回モデルチェンジをしている。初代モデルは、全長2560mm・全幅1515mm・全高1550mmだった。専有面積は3.88平方mだ。2人乗りということもあって、占有面積はツボグルマに迫る。一方、2代目モデルは全長2720mm、全幅1560mm、全高1540mmで占有面積は4.24平方m。やはりというべきか、少し大きくなっているのである。この"少し"が1世紀続くと、T型フォードが4倍の重量のフォード・トーラスになるのは前回見た通りだ。

 自動車を、その社会的費用の面から最大のコストパフォーマンスにするためには、自動車を小さくしていく必要がある。しかし単に小さくしただけではどうやらダメらしい。すぐに市場からの「より快適に、より便利に」という圧力に流されてしまうのだ。持続的な自動車の小型化を実現するためには、コンセプトの提示や、実車の開発と製造販売だけでは足りない。一つの手法は軽自動車規格のような制度的圧力だが、それもまた長い目で見ると利便性への欲求の前に流されていく。

 何か、「小型であることの決定的利便性」が必要なのである。だが今までのところ、それが何であるかは分かっていない。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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