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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

日本の国際ルール交渉力

2008年9月 8日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

小生、CSRの文脈で「ルール」についてこれまで何度か書いてきました。

先月は将来の「ゲームのルール」を見通すことの重要性について卑見を述べました(「真夏の夜のまじめな話:CSRと貿易ルールと企業競争力」)。また、6月には、なぜヨーロッパが環境に関するルールで世界的覇権を握りつつあるのか、なぜ日本はほぼ常に追随者なのか、なんてことも取り上げました(「ローカルな環境ルールが世界を規律する時」「ヨーロッパの環境規制が世界を支配したわけ」「日本が環境グローバルスタンダードを握る日は終ぞこないであろう理由」)。

しかし、こうやって振り返ると話題の選定に私の職業的経験からくる偏向が見て取れますねぇ。ロビイストとしてヨーロッパの環境ルールづくりに参加し、東京に戻ってWTOルールを使って本邦初の相殺関税発動をやり、相手の韓国府に訴えられてWTOパネル(裁判)で争い、今はWTOのドーハラウンドでその名も「ルール交渉」をやりながら、同時にアメリカ政府をパネルに訴えている、という異端のキャリアパスからくるバイアスであります。

この一連のお仕事、個人的には気に入っているのですが、誰からも羨ましがられません(笑)。

ということで、小生、CSRを考えるときも「ルール」が、どうしても頭の中でサブカテゴリーの一つになっちゃいます。スミマセン、読者の皆様には諦観の念をもっておつきあいください。

今月22日の産経新聞に興味を引く記事がありました。冒頭部分を抜粋します。

「総務省と経済産業省は今秋から、日本のIT技術の国際標準化を促進するため、国際機関での交渉技術や企業の戦略手法などを学べる専門コースを国内の大学院に提供する。日本は欧米や他のアジア各国と比べ、国際機関で交渉できる専門家が不足していると指摘されている。日本の得意技術が国際標準に認定されれば、日本企業は海外での事業展開が有利になる。政府は大学院での実戦教育により、若い専門家の育成につなげたい考えだ。」

国際ルールには様々なものがあります。WTOの通商ルールは政府間交渉ですので、実際の交渉現場には役人しか入れません。他方、IT分野の標準は民間の産業間の交渉で、企業人の間で交渉されます。

ただ、このような、プレイヤーについての政府と民間の二分法はある意味表面的かもしれません。通商交渉についても、交渉の席につくのは各国の行政官ですが、その背後には民間の企業や弁護士の専門家がひかえていて、政府代表団に知恵を授け、また影響を行使します。

民間の標準交渉についても、各国の産業界が自国の政府と協力しながら進めることは特段珍しいことではありません。SR(社会的責任)に関するISO規格であるISO26000の交渉もその一つかもしれません。

国際的ルールづくりを背負うのは誰か? 官か民かという二分法ではなく、「プロ(専門家)」だと思うのです。「プロ」が政府にいることもあれば、民間にいることもある。むしろ、理想的にはあらゆる事項について、「プロ」が民間にも政府にもいることが、その国の交渉力を支えると思います。

国際ルールの交渉力を強めるとは、とりもなおさず、自国に強い専門家集団を持つことであります。

このような「プロ」を養成し、抱えておくことの企業にとっての重要性、この点に関する認識は、私の限られた経験に照らせば、欧米企業と日本企業とで随分ちがいます。さらに言えば、そのようなプロの待遇もちがう。全然ちがいます。どちらがどうか、申し上げるまでもないと思います。

彼我の差は、ビジネスにおける「ルール」の持つ意味の評価のちがいからくるものです。将来のルールを考えることへのコミットメントの強さ、欧米企業で強く、日本企業は弱い。この強弱はCSRに対する欧米企業と日本企業の関心の差を一部説明するものでもあると思います。

「ルール」は、本質的に公共財の性格を持ちます。「ただ乗り」しようとすればできる。他方、ルールづくりに参加することによって費用を上回る便益を得ることもできる。

公共的な貢献と自己利益(self-interest)の計算の両立という点でも、ルールづくりはCSRにとても似ていると思うのです。かつて、小生、CSRは「企業の公共政策」だと申し上げました(「『企業の公共政策』としてのCSR」 2007年12月24日)。ルールづくりも、企業の公共政策の一つであり、かつ、将来の競争力を左右するものでもあると思うのです。

より多くの企業の方、とりわけ若い方が国際交渉の分野に関心をもってくれることを願っています。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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