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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

真夏の夜のまじめな話:CSRと貿易ルールと企業競争力

2008年8月18日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

えー、ふと気付くと8月も早後半であります。読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか。私はというと、相変わらず徹底的に季節感を欠く毎日。そして次第に人生の「年輪感覚」とでも呼ぶべき長期的な時間感覚も失いつつあります。「今年の夏ももう。。。」という次元を超えて、我に返って思うに「『人生』の夏ももう。。。」みたいな(笑)

さて、なんとなく秋っぽい哀感が漂ってきてしまいましたが、ここから本題であります。前回初めて自分の行政官としての仕事にちょっと触れさせていただきました。WTO(世界貿易機関)ですね。

最近、新しい本を書きつつあるのですが、その中で、CSRと企業競争力の関係をもう一度考えています。キーワードにしている言葉が、「ゲームのルール(the rules of the game)」。極めて大雑把に言えば、企業がCSRに取り組むことの競争力上の意味の一つは、将来の「ゲームのルール」を一定程度見通すことを可能にすること、さらにいえば、ルールづくりにあたって優位な立場を与えることにあるのではないか、と考えています。

たとえば、地球温暖化問題は、そのような問題が存在しなかった時とは随分と違う「ゲームのルール」を作り出しています。新しいゲームのルールの下で優位に競争を展開する企業もあれば、そうでない企業もある。

さらに、現在のルールはさらに変化する可能性があります。二酸化炭素排出削減で主導権を握っているEUは「国境税調整」という新しいルールを提案しています。温暖化対策税が課税されていない輸入品に対して、輸入段階でそれまでに使用したエネルギーの量に応じて、温暖化対策税を課税するという内容です。

環境コストを負担しない輸入品に対する関税賦課という一種のエコ・ダンピングの議論と見てよいでしょう。もし仮にこのような措置がルール化されたら、多くの企業は事業戦略の修正を余儀なくされる。中国で作った製品にEUが高い国境税を課すとすれば、中国で製造しヨーロッパ市場で販売するという事業が成り立たなくなるかもしれない。

国境税調整はまだアイデアとして主張されている段階です。将来ルール化される可能性を論ずるのは時期尚早。ただ、社会的な要請や公共的課題は不断に変化していきます。貿易のみならず様々な国際的な経済ルールも社会的制度である以上、公共的要請の変化から超越していることはできません。よって、国際ルールは必然的に可変的なものであり、企業はそのようなルールの変化の可能性に常に注意を払っている必要があるのです。

このような観点で現在のドーハラウンド交渉を見てみると、非常に興味深い交渉分野が漁業補助金交渉です。WTOにおいて初めて漁業資源保全という環境上の目的のための通商ルールが交渉されています。漁業資源の枯渇につながるような漁業補助金をWTO協定上禁止することが交渉の中心です。

漁業補助金交渉を強く推進したのはアメリカ政府ですが、その背景にはNGOの存在がありました。市民社会が主張する非経済的な価値を通商ルールに織り込むという方向性がもし(あくまで「もし」ですが)将来より強くなるとすれば、その延長上に国境税調整がWTOで交渉される可能性が存在することになります。

WTOに対するアンチ・グローバリストのキャンペーンも、社会的課題と貿易ルールの相互に関係があるからこそ発生するわけです。

こんな感じで考えてみると、CSRとWTOって意外に関係あると思いませんか? 社会はダイナミックに変わっていきます。誰もが変化の先を読もうとする。将来の「ゲームのルール」を。そのとき、CSR的発想はとても有効な道具だと思うのです。そして、貿易に関するルールをグローバルな規模でフォーマライズする最強の機関がWTOなのです。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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