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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

震災の教訓を、理念に昇華しよう

2011年4月 5日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

東日本大震災により被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

甚大な被害をもたらした今回の災害は20年、30年の単位で日本の社会に影響を及ぼすでしょう。日本の社会は大きく変容していくのではないかと思います。

歴史を振り返ると「社会的トラウマ」となるような経験を経た社会や国家のいくつかは、「教訓」からさらに一歩普遍化させ「理念」とでも言うべきものを生み出し、国際社会に広めることによって自らの「トラウマ」を乗り越えようとし、同時に国際社会の変容を主導します。

たとえば「個人情報保護」という理念もそのような例です。ヨーロッパは世界で最も厳格な個人情報保護の規制をしいていますが、中でも特に厳しい国がイタリア、スペインに加えドイツです。ドイツはわかりますが、おおらかなイメージの南欧2国が最も厳格に規制を実施していることは多少意外かもしれません。私も不思議でした。疑問に答えてある弁護士はこう説明してくれました。

「ナチスへの協力の記憶です。両国はナチスにユダヤ系国民の情報を渡したと言われています。その結果何が起こったかはご存じのとおりです。」

ヨーロッパは個人情報保護を基本的人権にかかわる問題ととらえていますが、その理由もここから明らかではないかと思います。そもそも両国の国民の個人情報がナチの手に渡らなければ、ユダヤ系国民だけを峻別して強制収容所に送ることはできなかったのです。

インターネット上の個人情報保護のルールについて、EUはアメリカに「独立した規制機関をつくるなら話し合いに応じても良い」と高飛車とも思える姿勢で臨んでいます。9.11の同時多発テロの後、アメリカの当局はアメリカに着陸する航空機の乗客名簿を事前に提供することを求めました。しかし、ヨーロッパの一部のエアラインは米当局の要請を受け入れず、一時、大西洋路線を止めたのです。これらの対応はヨーロッパの歴史に鑑みれば決して理解できないものではありません。個人情報保護をジャンクメール対策だと思ってしまうと見えなくなるものがあるのです。

CSRも同じです。「CSR」という言葉が日本に伝えられるやいなやCSRは法令順守と同義語になり、企業の法令違反事件に「CSRにもとる行為」とのコメントを先生方がメディアに献上しておられました。しかし、CSRはヨーロッパの極めて深刻な若年失業をどうしたらよいかという長年にわたる苦悶が生んだ概念です。ドイツでネオナチと称して頭を刈り上げた若者が移民労働者の家族を襲い、フランスではアラブ系の若者がバスに放火して暴れ回る。このような社会不安の根本にあるのが失業問題であり、CSRという理念はそれだけ深刻な社会的背景を背負わされています。法令遵守で解決できない問題を背景として長年かけて生み出された理念なのです。

国際社会の変化を導くような社会的概念や理念は、それを創造した社会や国の困難な経験と切り離して理解することはできないものです。それぞれの国は直面した課題を克服する厳しい経験の中で、次第にグローバルな理念となるべきものを作り上げていくのです。

今日の困難を克服した20年後の日本はその経験から何を抽出し、国際社会に何を語りかけているでしょうか。国際社会は日本のどのような言葉に耳を傾けているでしょうか。我々が最後に向き合わなければならない問いかもしれません。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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