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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

ヨーロッパの環境規制が世界を支配したわけ

2008年6月16日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら)

よく、「日本も国際的ルール作りをもっとリードすべきだ」ってかけ声がかかります。新聞の社説とか、経済界の重鎮のスピーチとかね。でも、何をすれば「リード」できるのか、かならずしも主張の主も明確な考えがあるわけではないような気がします。

もちろん、ルールといってもスポーツのルールもあるし、会計のルールとかもあっていろいろなんですが。こと環境の世界では、ルールづくりの主導権を握るために「何」をすればよいかは、比較的はっきりしています。まず、規制される側である産業界の実態を考えてみましょう。


■大規模投資と大量販売じゃないと勝ち残れない

ものにもよるのですが、電気製品のように世界でグローバルな競争を勝ち抜いていくためには、大規模投資と大量販売が大きな鍵になります。液晶パネルなんてその典型例ですよね。日、韓、欧の企業が合従連衡しながらそれぞれ超のつく大型工場建設に踏み切っています。

男気比べか、はたまたチキンゲームか。大型投資は製品当たりのコストを下げますが、当然ですが、工場からは大量の製品が生み出されます。それを売りさばかなくてはいけない。世界中で売らなければ追いつかないのです。あるメーカーの方がおっしゃっていましたが、BRICsはもはや当たり前。アフリカとかまで市場として計算しないと辻褄が合わないそうです。

ドーンと投資して、ガーンと価格を下げて、グイグイ世界中で売る」。勝利の方程式は単純化するとこうなります。


■長く、複雑になるサプライチェーン

もう一つ重要なことがあります。サプライチェーンが長く複雑になっているということです。

野菜なんかですと、最近ではスーパーの店頭で生産者の名前や写真が表示されていたりします。農産品は相対的にサプライチェーンが短いので源流まで遡ることはそれほど難しくありません。複雑な工業製品の場合、そうはいきません。数百から数千、それ以上の部品、部材からできていたりする。部品メーカーが幾重にも連なっています。

しかも、間に流通業者、商社なども入り、大陸横断の貨物列車並に長いサプライチェーンを形成しているのが普通です。オマケにサプライチェーンは決して一本の線ではありません。無数に枝分したり、合流したりしています。「チェーン」というよりは「ネット」に近い。

市場間の障壁が低くなったが故に、世界市場をにらんだ大型投資ができる。販売網の整備のためアフリカに投資する。コスト切り下げのためにアジアの寒村に工場を移す。安いサプライヤーを求めてどこまでも行く。それがまた投資を誘発する。グローバリゼーションの御陰で可能になったことでもあるし、グローバリゼーションの推進力でもあります。

正気とも狂気ともつかない現実。全てがつながっている。そこにEU様が小さな石をポンっと投げ込むと、さざ波は一気に拡がって、末端では津波のようになって、我々が一生訪れることのないようなアジアの片隅の工場を飲み込んでしまう。サプライチェーンで一蓮托生。グローバル・ブランドも道連れにして。


■特定市場向けの仕様はありえない

例えば、EUがパソコンに鉛を使うことを禁止するとどうなるか。EU市場向けだけに仕様を変えるということはコスト面で合理性がありません。EU規制のために鉛フリーの製品を開発せざるを得ないわけですが、それを世界中で売る。このことによって、事実上世界中のPCが鉛フリーになる。

さらに、サプライチェーンを考えたら、まず、鉛の入っている部品と入っていない部品を混在させることはサプライチェーン管理をとても複雑なものにしてしまいます。

ケーブルの被覆には着色効果を上げるためにかつてはカドミウムが使われていました。EU向け製品にはカドミウムの使われていないケーブル、日本向けにはカドミウムが使われているケーブルといった仕分けをしようとすると、結局、EU向けにカドミウムが入ったケーブルが混入してしまうことになりかねません。

もちろん、大企業が自社内でケーブルをつくっているならしっかり管理できるでしょう。でも、ケーブルはどこか遠い途上国の中小企業でつくられているわけで、彼らを信頼しきることは大きなリスクになる。

「ソニーショック」と業界人に呼ばれている事件があります。オランダの税関での検査でソニーの“プレステ”のコードの被覆からカドミウムが検出され、ソニーは全欧の市場からプレステを回収し、クリスマス商戦を一度フイにしています。リスクの大きさがおわかりいただけるでしょうか。


■“使用禁止”は瞬時に世界に伝播する

結局、鉛でも何でもよいのですが、EUがある物質の使用を禁止すると、その瞬間、世界中の製品からその物質が消えることになるのです。それは、EUが他の国では禁止していないものを禁止してきたから。ちなみに、液晶パネルのメーカーにとっての悪夢は、液晶の使用が禁止されることです。実は、RoHS指令をつくる過程で一時そのような動きがありました。ルールは企業の生命線をにぎるのです。

これまで、常にEUがルールづくりの主導権をにぎり、他の国が「守旧派」の役を演じるという構図でした。ノルウェイの「スーパーRoHS」はその構図を崩したのです。スカンジナビア半島の北側、石油収入で潤いおよそEUに入ろうなんて気はさらさらない国、ノルウェイ。彼らはEUが禁止していない物質を禁止しようとしているわけです。

何が起こったか? EUが「守旧派」の側にまわってノルウェイに思いとどまるように説得している。あたかもかつて日本やアメリカがEUに対して行ったように。

環境ルールの世界で主導権を握るのはかくも簡単です。サプライチェーンや製品に関して他の国の禁止していない何かを禁止すればよいのです。サプライチェーンは世界中に拡がっており、製品も世界中に輸出されます。よってその禁止は瞬時に世界に伝播し世界中のメーカーを規律するのです。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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