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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

あの社のすなるCSR調達といふものをわが社もしてみむとて

2011年3月 1日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

〈今月の選歌〉
「他人事(ひとごと)と〜ぉ 思いし CSRをしてみれば〜 わが身世にふる 二萬六千 ながめせし間に〜〜ぃ」

〈選者評〉
青天の霹靂でCSR部署に異動となった、若手男性社員に人気ナンバーワンのオノさん。新天地で係長から渡されたISOのガイドラインをひねもすながめているあいだに、いつの間にやら自慢の容色に陰りが・・・。困難な仕事に立ち向かう妙齢の女性の葛藤を歌い上げた秀作。すぐそこにあるホラー。

CSR調達

みなさん、こんにちは。お元気ですか。「悪の用語集」の次は「CSR百人一首」か?という和な出だしですが、続きはまたそのうちということで。今回は会社関係の読者の皆さんの業務用ニーズにお応えして、久しぶりにCSR調達を取り上げます。

サンポーヨシ、ロハス、モッタイナイが仁義なき抗争を繰り広げていた往時、「やっぱ男は、あ、ちがう。やっぱCSRはサプライチェーンだろ」と引き籠もっていたワタシ、日本のCSR調達の歴史の証人を任じている次第であります。グローバルなサプライチェーンは、原材料が付加価値を加えられながら国境をいくつもまたぎつつ最終消費財に仕立て上げられていくという、基本的には途上国を上流として先進国の市場に至る流れです。モノの流れと反対方向に、市場たる欧米から人権とか労働基準といった理念や原則を途上国に伝導していく。鮭じゃないけど川を遡上するようなイメージでしょうか。社会的価値観の導管としての役割をサプライチェーンが与えられたことは、非常に興味深い現象だと思うのであります。中国製品が西欧市場にあふれる一方で、西欧の価値観が中国に次第に根付く。グローバリゼーションの双方向性とでもいいましょうか。

皆様ご存じのとおり、CSR調達に関する限り日本の会社は主体性とか自発性といった類のものとは基本的に縁がありません。外国の世情を慎重にきょろきょろし、「あの社もすなるCSR調達といふものを、わが社もしてみむとてするなり」という感じではじまったわけであります。

もちろん、これは批判ではありません。日本の組織が社会的なことで世界のイニシアティブをとる(誰もやっていないことをやる)なんてことは、市民団体さんだろうが政府だろうが滅多にないわけですから、当然のことであります。主体性を欠く取り組みを成功させるカギは、正確な状況認識です。なにぶん、状況に適合する(遅れをとらずかつ先頭にも出ない)ことを戦略目的とするわけですから、状況認識がまちがっていると致命的です。

CSR調達の注目すべき展開を一言で総括すると、「制度化」ということになるのではないかと私は考えています。私の申し上げるCSR調達の「制度化」には二つの意味があります。一つは、「社内制度化」であります。

社内制度化

思い返してください。ナイキ製品に対してアメリカで起きた嵐のような不買運動。CSR調達はかつて主に「B to C」の文脈で語られていましたよね。しかし、2010年版ナイキ事件って感もあるアップルさんの蹉跌の場合どうでしょうか? メディアではアップルさんのサプライヤーの問題が盛んに取り上げられましたが、アップルの売上にはなんら影響を与えているようには見えません。また、メキシコ湾であれだけの環境汚染を引き起こしたBPさんへの不買運動はどれくらい影響を持ったでしょう? ゼロといってよいでしょう。

消費者の購買行動はあまりに複雑であり、CSR云々といっても詮方ないという感じは今や多くの企業さんが持っていると思います。CSRの促進要因として消費者の意識の変化を強調される有識者の方は今も少なくないですが、現実を見るかぎり消費者の関心が上がっているとは言えないのではないかと思います。もしナイキやリーバイスへの不買運動に際して示された企業の社会的責任への消費者の情熱を基準とすれば、近年はむしろ低下していると考えるほうが現実は説明しやすいのでは。サプライヤーの労働条件がどうであれiPadにはみな飛びつくわけです。

他方、アップルさんについて話しているとき、ある欧州企業の方がおっしゃっていました。「本当のリスクはB to Bにある」。そうなんです。お客の心と秋の空。でも、会社はちがいます。調達方針に書き込まれれば、どのような状況であれ、方針は実行されます。CSR上の問題を引き起こした会社がまず恐れるのは法人顧客からの取引制限ないし停止です(法人顧客の背景にいるのは専門化したNGOです。彼らは一般のお客様とは別の存在)。そして、この懸念は多くの場合現実のものとなるのです。CSR調達は、法人顧客の社内ルールとして「制度化」された結果避けることができないものとなっています。

ワタシ、CSR調達を研究しはじめたころ興味をおぼえたことがありまして、それはなぜIT系企業が比較的早く動いて、自動車会社は動きが遅かったのかということです。日本企業も同じでしたよね。ソニーさんとかは早かったけど自動車メーカーさんは5年以上おくれました。

ヒアリングから得た結論はこうです。IT系企業と自動車メーカーのひとつのちがい、それは、IT製品は多くの場合メーカーから独立している小売店で販売されるのに対して、自動車はメーカーと一体となったディーラーで販売されるということです。IT機器メーカーには大規模小売業からCSR調達の圧力がかかりました。私の知る限りですが、広範な日本のメーカーに対して最初にCSR調達を納入条件に付した企業は、フランスのプランタン・グループでした。しかし、御巴里のプランタンデパートに出かけていっても乗用車は売っていませんので、自動車メーカーさんにはそういう圧力はかからなかった。

IT機器メーカーらのビジネスは最終消費財といっても本質はリテイラーという企業に販売するB to Bであり、自動車メーカーのビジネスは基本的に直接消費者に売るB to Cであるということです。CSR調達の「社内制度化」の進展のゆえにB to Bビジネスに深く身を置く企業ほどセンシティビティを感じざるを得ないし、この傾向は加速していると思います。

法的制度化

さて、もうひとつの「制度化」ですが、これは、「法的制度化」です。アメリカのドッド-フランク法(the Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)1502条に規定された紛争鉱物に関する開示義務は、この連載でも何度か取り上げました。米国SECは同法に基づいて規制作成中。草案に対するパブリックコメントも1月末で終了し、4月15日には規制が発表される予定です。産業界は固唾をのんで見守っています。

大西洋をはさんでEUの欧州議会はこの法律をお気に召しているようです。先般、緑の党の欧州議員とアメリカのEU代表部の外交官とで話しをする機会があったのですが、この法律のことでもちきりでした。議員先生曰く「たとえアメリカのアイデアでも良いアイデアはいただきますよ。ははは」。早晩「EU版セクション1502」が出てくるのではないでしょうか。そのときには上場企業に対象が限定されることはまずないでしょう。

しかし、それだけではありません。カリフォルニア州の「カリフォルニア・サプライチェーン透明性法(the California Transparency in Supply Chain Act)」にも注意が必要です。カリフォルニア州で製造業か小売業を営み世界売り上げが100万ドル以上の会社に適用されますので、日本の会社さんでも対象となるところは少なくないはず。こちらは紛争鉱物よりも広く人権一般に関するサプライチェーン規制です。たとえば、

  • サプライヤーの監査を第三者によって事前通知なしに行っているかどうかを明らかにすること
  • サプライチェーンにおける人権擁護に関する社内教育が十分に行われているかどうかについて開示すること

といったことが求められます。

OECDガイダンス

救いの手と申しましょうか、OECDが企業さん向けに紛争鉱物への対応方法についてのガイダンス「OECD Due Diligence Guidance for responsible supply chains of minerals from conflict-affected and high-risk areas」を昨年出しています。このガイダンスはOECD加盟国のみならずアフリカ諸国、産業界、市民団体さらに国連も参加して作成されたものですので、先進国クラブ的バイアスは消されていると言ってよいでしょう。

ドッド-フランク法について既に日本企業にも問い合わせが多数きているようですし、また対応が鈍いと人権団体から批判を受けている会社さんもあるようですので、苦慮されているご担当様には是非ご一読をお勧めします。紛争鉱物に関するサプライチェーンポリシーの模範例が紹介されているなど割と実践的な内容です。OECDがこのような文書を出すこと自体、CSR調達が既に一部の少数企業だけが関係する特殊な問題ではなくなっていることを物語っています。

ドッド-フランク法1502条にしても、カリフォルニア・サプライチェーン透明性法についても同じですが、社会運動が一定の時をおいて法制度に書き込まれていくことは珍しいことではありません。今ある労働法制というのは、産業革命時の労働者の労働条件改善運動(19世紀のCSR)が長い時間をかけて次第に法律として社会制度化されていったものと見ることができます。サプライチェーンのCSRにも同じことが起こりつつあります。

ということで、今回は御社に迫り来るCSR調達制度化の魔の手について考察してみました。怖いです。「わが身世にふる」ほうが怖い? ともかく、対応の手だてについて広く読者の皆様からアイデアを募集します。ワイアードビジョン社CSR調達厄除けアイデア係までどしどしお便りください。お待ちしています。

えっと来月は、そっか、もう新入学、新入社シーズンですね。早いなあ。そうそう、私も手続が首尾良くいけば新年度から埼玉大学の大学院経済科学研究科で「公共政策と現代企業経営」という講義を担当する予定です。新米客員教授、ガムバリます!

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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