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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

ローカルな環境ルールが世界を規律する時

2008年6月 9日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら)

いやぁ。ついにやってくれました、ノルウェイ。恐れていたことが現実になるかも。世界中の電気電子産業にとってはなかなか厄介な事態です。何がって? 環境関係の方はご存じだと思います。ノルウェイの「スーパーRoHS(ロス)」であります。

かつてブラッセルで「ロビイスト」という、なんだか胡散臭そうな生業についていたワタシ。ヨーロッパで事業をされる日系企業さんの利益を代表して動いておりました。でも陰の存在じゃないですよ。EU議会公認ロビイスト。並み居る環境NGOさん、あちらさんも公認ロビイストですが、と闘っていました。彼の地のNGOは、思わず守ってあげたくなるような美人薄命的慈善団体ではありません。太い腕っ節と莫大な活動資金を隠そうともしない。甘く見たら一撃にされます。

そんなヨーロッパで、日本の産業界が欧州勢、米国勢と組んず解れつ、史上最大のロビー作戦を展開したのがEUのRoHS指令でした(「指令」はEU法の一類型)。それで今回ノルウェイが出してきたのは人呼んで「スーパーRoHS」。スーパーですよ、なんだか凄そう。


■RoHSがなぜ死活的だったのか

さて、元々のRoHS指令なるものはなぜそれほど死活的だったのでしょうか。所詮、EU内の規制にすぎないのに。実はここの点には、グローバリゼーションの深淵なるインプリケーション(含意)の一つが潜んでいたりします。

そもそも、環境規制って言えば、伝統的定番は工場に関する規制ですよね。排水の環境基準とか、土壌汚染防止とかね。もちろん、自動車とか見れば昔から排ガス規制があって、これは工場ではなくて製品に関する環境規制なのですが、ただ、あくまで排出される汚染物質の規制ということで工場規制と発想は類似です。

でも、最近は矛先が変わってきた。製品そのものを対象とした環境規制をすることが増えてきた。リサイクル規制なんてその典型です。

環境規制の主な対象が工場から製品に変化するというトレンドを我々ここ10年くらい見てきたわけです。そのトレンドをはっきりと政策理念として凝固させたのは、やはりEUでした。その名も「統合製品政策」。おお、ナンカ厳めしい。英語ではIPP(Integrated Product Policy)と言います。ちょっと呼びやすい。

IPPは、1990年代半ばからヨーロッパで議論されていました。1998年に環境総局(日本の環境省に相当)が発表したIPPに関する報告書は、製品のライフサイクルを通じた環境への悪影響に注目し、環境対策の範囲を、工場を対象とした汚染物質排出規制等から製品自体へ広げることを提唱したのであります。

このあたりのコンセプトづくり、さすがヨーロッパは上手い。彼らは「概念の人」。まずはコンセプトづくりから入ります。反対できないコンセプトさえつくって、葵の御紋にする。あとの勝負はもらったようなもの、というのが彼らの発想。

工場規制であればEUの域内に工場を持たない企業には関係ありません。でも、工場から製品への環境規制対象の重点の移動は、ローカル・ルールにすぎないEUの環境規制に世界を規律する力を与えたのです。その最たる例が、RoHS指令なのです。


■電気製品の中に有害物質が含まれていてはいけない

本名は、「電気電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する指令(DIRECTIVE on the Restriction of the use of certain Hazardous Substances in electrical and electronic equipment)」です。めんどくさいので業界人は「ロス」と呼びます。「ローズ」と呼ぶ人もいますが、これはNG。正しい発音を心がけましょう(笑)。大雑把に言えば、電気で動くものの中に鉛、水銀、カドミウム、六価クロムなど6物質を含有してはいけない、という規制です。

例えば、パソコンです。ちょっと前のパソコンだったら、中は鉛やカドミを使った部品で満ちています。でも、今のパソコンの中には一部の例外を除いて鉛もカドミも使われていない。RoHS指令の故です。僕らパソコンを使う側にとっては別になにがどうちがうということもないのですが、開発する側にとっては、ある物質の使用が出来ないというのは極めて重大な問題です。

パソコンはもちろん、電気で動くほとんどすべてのものが規制の対象でした。電動歯ブラシから電池で動くお猿の人形まで。半分笑い話ですが、オランダ政府内では、ま、いかにも自由で開放的なお国柄というところですが、こういうところで公言するに憚られるような類の器具についてまで、鉛含有の有無を検査する方法や、リサイクル比率の設定とかが議論されたようです(RoHS指令はリサイクル指令とセットになっています)。

この話、当時業界ロビイストの間で流布して、確か議事要旨までついたメールが回ってきたのですが、ちょっと脱力系で、ヨーロッパ人が好むお国柄ジョークみたいだなって。でも実は真面目な背景があります。それは、規制の対象が広すぎるという産業界の主張と関係します。産業界は対象機器の絞り込みを求めたのです。結局この主張は退けられてしまうのですが。今にして思えば、産業界の怨念がつくり出した話のような気もします。そんなもんまでリサイクルしてどーすんのっ、てことで。とにかくヨーロッパの環境規制は厳しいですから。

ちょっと脱線してしまいました。何故RoHS指令が事実上のグローバルスタンダードになったのか、どうしてノルウェイの提案は「スーパー」なのか、それでどうして日本も困るのか、という本題は次回に続きます。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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