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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

(ヨーロッパの)紳士はエリートがお好き 前編

2008年9月16日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

この前の回、ネタに窮して小生の本職であるところのWTOに触れてしまいました。ほんの出来心だったのです(ホント)。でも、WIRED VISIONさんの軒先でかように身勝手な言論活動に手を染めていることを職場で自ら拡声器でアナウンスしたような効果を持ってしまいました(これもホント)。深刻な自殺点。。。(これはウソ)

ま、組織文化っていうのは色々です。私が経済産業省で一番気に入っていることは言論の自由を尊重する文化があるところ。言論の自由は基本的人権の中で私にとって最も重要な項目ですから。というわけで、読者の皆様におかれては引き続きお付き合いをお願いします。

とは言うものの、やっぱりコッパズカシイので、これからは身近な同僚の関心を引かないようなトピック=ずばり「ハードコアCSR」路線で行こうと、心に誓ったのであります。

ということで、はからずも秘め事をPAしたマヌケな日の深夜、「押忍!CSR男塾」路線の記念すべき第1回目をどうしよっかなって考えた小生、2つ案を思いつきました。ひとつは、書きかけにしていた「エリート的CSR論」(タイトルだけではなんのこっちゃ、という感じですが)。もう一つは、これぞ業界モノって感じの「グローバル・コンパクト」。

ん〜、と悩んだ末に今回は「エリート」で行きます。半分くらい書いてあるし(笑)、いきなり「グローバル・コンパクト」は消化に良くないかなって。実際、多くの会社のCSRご担当、“グロコン”にサインするかどうかかなり深刻に悩んでおられますから。これは別途。

で、「CSRとエリート」であります。そもそも「エリート」って何?というところからしてなかなか難しいものです。日本では「エリート」って言葉はある意味で歪んだ修辞として使われることが多い。私がこの言葉の用法について興味を持ったきっかけは1997年に起きた「東電OL殺人事件」です。Wikipediaを見てみると被害者について次のように書いてあります。

「被害者の女性は都内の有名私立大学を卒業し東京電力に初の女性総合職として入社した30代独身のエリート社員だったが、退勤後は円山町付近で街頭に立って客を勧誘し売春を行っていたことが捜査によって判明する。」

私はこの事件に関する報道を目にするたびに、一体「エリート」ってどういう人のことを言うのかなって疑問に思っていました。東京電力さんには「有名私立大学」を卒業した「総合職」の人は沢山いるはずです。そういう人を全部「エリート」扱いすれば、右向いても左向いても「エリート」ばかりの会社ということに。

行政官もスキャンダルに巻き込まれると週刊誌の中吊り広告とかに「エリート官僚が云々」って登場できます。どこの社会でも組織でもそうでしょうが、本当の「エリート」なんてゴクゴク一握りだと思うし、そうでなければ「エリート」なんて呼称に意味はないと思うのですが。

出世コースに縁のない平凡な会社員でもなにか悪いことをしたら「エリート社員」に格上げしてもらえます。「エリート」という言葉の語感と悪しき仕業のコントラストがマスコミ的には都合良いのでしょうね。日本のマスコミは逆説的に「エリート」好きというか、「エリート」という言葉のイメージに頼って物語をつくる傾向があるとも言えます。

随分前になりますが、フランスと日本の「エリート」に対する姿勢のちがいを典型的に示す記事がありました。ある新聞の記者さんがフランスのENA(国立行政学院)の校長さんにインタビューをした記事です。議論が全然噛み合わない。記者さんは「エリート主義こそフランスの病巣ではないか」というアプローチで質問していきます。正確に憶えてはいないのですが、最後にENAの校長はこういう趣旨の発言でインタビューを切り上げてしまいます。「もしあなたが社会に健全なるエリートが不要だと考えているのであれば、あなたとこれ以上議論しても無駄。」

そして、日本では、エリートの反対概念を構成するのが、常に善であるところの「草の根」であります。

私がブラッセルにいたとき、東京からマスコミの方がCSRの取材に来られることが時折ありました。もちろん、大歓迎で小生も色々勉強させていただきました。ただ、ひとつだけ困惑したのは、ほとんど全ての記者さんが「CSR=草の根」という彼らにとっての恒等式をヨーロッパに当てはめようとされていたことです。

でも、ヨーロッパのCSRって「草の根」の運動ではないと思います。むしろ正反対で、「エリート」の運動です。いったい、ヨーロッパのCSRは何がどうエリート的で、そもそもヨーロッパのエリートって、日本の「エリート」とどうちがうの、って話は次回に。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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