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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

“自転車2.0”をめざして(その2)

2009年6月18日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

 本題に入る前に、最近公表された調査を紹介しよう。ネットマーケティング会社のアイシェアによる「意外と「知らない」自転車の交通ルール」(2009年6月15日)というアンケート調査だ。これによると自転車による飲酒運転や無灯火走行が道路交通法違反であることを知らない人が38.5%もいたというのである。

 また、以前話題にした親子三人乗り自転車については、「あなたに幼い子どもが2人いると仮定した場合に購入したいか」という設問に対して、「すぐには購入しない」(32.1%)と「購入したくない」(36.2%)と、7割近い人が「買わない」と応えている。
 一般の認識がこのレベルということは、“自転車2.0”はおろか既存の自転車ですらきちんと交通システムの中に位置付けられるに至っていないということを意味している。

 だが、このアンケート調査から分かる最も大きな問題点は、アンケートの設問中で示された違法行為の中に「自転車の右側通行」が入っていないということではないだろうか。本連載のやってしまいがちな危険行為と、その根底にあるもので説明したように、左側通行の遵守は、交通安全のために何よりも重要な根本的な規則である。アンケートを作成する側が、その最重要事項を忘れていたわけで、私はかなりがっくり来てしまった。

 “自転車2.0”を目指すには、こういった社会全般の無理解と認識不足をねばり強く変えていく必要があるのだろう。

 本題に戻って、前回のラストで名前だけ触れたベロモービル(VeloMobile)についてだ。
 トライクに、空気抵抗を低減するカウリングを付けたものがベロモービルである。トライクは、全高が低くて、空気抵抗が通常の自転車よりも小さい。そこにカウリングを付けてさらに空気抵抗を減らし、より高速に走れるようにしたものである。カウリングといっても多くは空気抵抗の低減を優先した全身を覆うフルカバード型のカウリングだ。車体といってしまってもいいだろう。

 リカンベントに乗ってみようよで説明したリカンベントと同じく、ベロモービルも欧州を中心に現在発展途上の段階にある。欧州には専業メーカーも存在するが、そのほとんどすべてが小メーカーだ。受注生産でベロモービルを市場に供給している。だから価格はまだまだ高い。日本で買うとなると、最低でも50万円は覚悟しなくてはならないだろう。

 その代わり、というのも妙だが、スタイルは魅力にあふれている。例えばドイツのBeyss社が販売している「go-one3」を見てもらいたい。

 素晴らしく未来的なスタイルだが、ちゃんと中にはペダルが付いていて人力で走るのだ。

 go-one3ほど未来的なものはなかなかないが、どのベロモービルもそれぞれ工夫をこらした流線型のカウリングを付けている。ベロモービルのライダー達の間では評価が高いという、オランダのVelomobiel.nl社が販売しているQuestは、ライダーの顔が出るタイプだ。前回取り上げたAeroriderは、ジェット機に似たデザインである。ドイツのMilan社の「ミラン」は、でこぼこの多い面白い形状をしているが、これは中で操縦者がペダルを漕ぐのに必要なスペースを残してぎりぎりまで絞り込んだ結果だろう。

 いったいベロモービルはどの程度走るのか。今度はYouTubeにアップされている、ベロモービルのビデオをいくつか見てみよう。

 明らかに速い。平坦地なら50km/hは出ていそうだ。正確なところは、前面投影面積と空気抵抗係数を測定してライダーの脚の出力を適当に仮定して最高速を求めるべきだろうが、ともあれこれらのビデオから、人力のみで50km/h近い速度が出ることがわかる。50km/hも出せれば、公道で通常の自動車の流れに乗ることができる。

 つまりベロモービルは「人力だけで、自動車の流れに乗ることができる高速な乗り物」となりうるのである。

 しかも、全身を覆うカウリングは風と雨を防ぐ。自転車の弱点は、雨と風と坂の3つだとよく言われる。ベロモービルならば、そのうちの2つを解決することができる。
 高速で走れ、雨でも風でも大丈夫。燃料不要で、排出する温室効果ガスといえば、搭乗者の呼吸だけだ。しかも乗ればカロリーを消費するので、脱メタボにも役立つ—ベロモービルはそんな便利な乗り物に見える。これこそ“自転車2.0”に相応しい乗り物と言えるのではないだろうか。

 もしも本当にベロモービルがこれほどの乗り物であるならば、自動車の輸送需要をある程度代替できるだろう。乗用車は5人乗りだったり7人乗りだったりするが、街中でみると1人しか乗っていない場合が多い。重量1〜2tの乗用車に1人だけ乗って、燃料を消費しつつ渋滞に悩まされつつ移動するぐらいならば、自前の脚力で移動したほうがはるかに効率的ということになる。たとえ自動車がハイブリッドカーであっても、エコの度合いはベロモービルのほうが上である。

 しかし、うまい話には大抵裏があるものだ。もう少し慎重に考えてみよう。具体的にベロモービルにはどんな欠点があるだろうか。
 まず、“50km/hで自動車と同じ交通の流れに乗れる”といっても、いつも自動車が50km/hで走っているわけではない。交差点や信号では止まることもある。自動車と同等に走りたいのならば、自動車並みの加速と減速の能力が必要になる。

 ベロモービルでは特に加速が問題になる。というのもベロモービルは自転車に比べるとかなり重い。自転車の重量については自転車はどこまで軽くなるかで扱ったが、まあ10kg程度と考えよう。これに対してトライクの重量は15〜20kg程度だ。トライクに全体をすっぽり覆うカウリングを取り付けたベロモービルはさらに重くなる。今回紹介したgo-one3は30kg、Questは34kgもある。当然、その分加速は悪くなる。
 車体が重くなると上り坂の速度も落ちる。平坦な道では自動車と同等の速度を出せても、上り坂でがっくり速度が落ちるなら交通の流れを阻害してしまうことになる。

 そこで、前回話した電動モーターによるアシストという方法が効いてくることになる。現在のママチャリタイプの電動アシスト自転車はだいたい20kgの重さで、うち約5kgがバッテリー、モーター、そして制御系などの附属設備だ。使用するモーターの定格出力は250W前後である。1馬力は約746Wなので、馬力に換算するとおよそ0.3馬力だ。
 50cc以下のエンジンを積んだ第一種原付ですら3馬力以上のエンジンを積んでいる。0.3馬力というといかにも非力に思える。しかし、本体が軽くて走行抵抗が小さい自転車では、0.3馬力のアシストがバカにならない威力を発揮する。

 なにしろ、そのあたりをゆっくりと走っているママチャリだと、乗っている人の脚が発生する出力は60Wぐらいでしかない。少し乗れているかなという程度のサンデーサイクリストで100Wから150W。自転車が趣味で体も鍛えていますというアマチュアのサイクリストで200Wぐらい。ツール・ド・フランスに出場するような世界最高レベルのプロ選手でも400〜500W程度なのである。世界最高峰のプロ選手達でも、脚の出力は原付以下なのだ。

 おそらくYouTubeのベロモービル関連ビデオに登場するサイクリスト達は、かなり自転車に入れ込んでいる人たちだろう。脚力は200〜300Wぐらいではないだろうか。

 ここで、乗り手の脚力を100Wとしよう。たいていの成人男性なら出せる出力である。その上で、1:2で電動モーターによるアシストをかけるとトータルで300Wということになる。
 つまり、30kgのベロモービルに5kgの電動アシスト機構を乗せれば、原理的には普通の人でも50km/hで走るベロモービルが作れると思って間違いない。

 モーターも、バッテリーも、モーターを制御するコンピューター・システムも、今現在どんどん進歩している。アシスト機構に、ハイブリッドカーが現在行っているようなきめ細かな制御をかけてやれば、電動ベロモービルの使い勝手は大きく向上するはずだ。

 例えば、停止状態からの加速では、モーター出力をめいっぱい使って、自動車並みの加速を可能にする。また、ブレーキ時にはモーターを電力回生ブレーキとして使用し、運動エネルギーの一部をバッテリーに回収するようにすれば、より小さなバッテリーで走行距離を伸ばすことができるだろう。坂道の傾斜を測定するセンサーを搭載して坂を上る時と下るときでアシストの度合を変えてやれば、より楽に走ることができるようになるはずである。

 値段は高いのだが、海外ではすでに自転車のための無段変速機構が市販されている。また、この記事を書くために検索している過程でホンダが自転車用無段変速機構の特許を取得しているのも見つけた。このような機構を組み合わせて、坂の傾斜、速度、加速度に合わせて最適のギア比とモーターによるアシスト量とをコンピューター制御すれば、さらに快適な乗り物になるのではないだろうか。

 もちろん、実用的な乗り物として完成させるためには、様々な問題を解決する必要がある。例えば、密閉したカウリングの中でペダルを漕ぐことによる筋肉の発熱や発汗をどう防ぐのか。カウリング内に外気を取り込むようにすれば、おそらく空気抵抗が増えるだろう。また、雨に対しては、視界の確保という問題が出てくる。自動車とは比較にならないぐらい出力の小さなベロモービルでは、ワイパー以外の方法で視界を遮る水滴を除去しなければならない。
 しかし、このあたりは設計上の工夫でなんとかなるだろうと、私は考える。

 “自転車2.0”の特徴は以下のようなものとなるだろう。

  • 徹底した走行抵抗の軽減(転がり抵抗、空気抵抗など)
  • 可能な限りの軽量化
  • 洗練された制御系を持つ電動アシスト

 目指す性能は以下のようなものになるだろう。

  • 雨風の影響を相当程度まで防ぐ全天候性
  • 脚力がない人でも平坦地で30km/hで連続走行可能
  • 一般的な成人の脚力で50km/hの連続走行可能
  • 自動車の交通を妨げない初期加速力

 一回の充電による航続距離や登坂性能などは、使用できるモーターやバッテリーの技術で変わってくるだろう。私としては、かつて本田宗一郎がバイクで箱根越えを目標としたひそみにならい、「バッテリー切れを起こさずに箱根をそれなりの速度で登り切ること」と目標を設定したいところではある。

 私は、このような電動アシストのベロモービルが、“自転車2.0”として有望ではないかと考えている。だが、今の段階で「これこそ有望」と決め打ちすることはあまり意味がないだろう。むしろ、上記の条件を満たし、なおかつ当然のことながら十分な安全性を確保した多種多様な乗り物が出現することが、“自転車2.0”の未来にとって重要だと考える。例えばペダルのついたセグウェイのような乗り物だってありだろう。

 反論が聞こえてきそうだ。「そんな乗り物が路上をうろちょろしたら危なくてたまったものじゃない」「いったい道路のどこを走るというのか」「警察がそのような怪しげな乗り物を認めるわけないじゃないか」などなど。

 そう、乗り物はそれ単体で存在するわけではない。道路の整備状況や、交通行政、法体系などの中で使われるものだ。“自転車2.0”の場合、技術よりも社会状況の側に普及を妨げるであろう要素が多い。

 次回は“自転車2.0”を巡る社会状況を考えてみることにする。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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