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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

親子3人乗りの安全のために

2009年2月 6日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

前回、リカンベントの話を書いたが、おそらくはよく理解出来なかった人が多かったのではないかと思う。当連載の読者で、実際にリカンベントに乗ったことがある人はわずかだろう。そもそもリカンベントを見たこともない人も多いのではないだろうか。自分の経験がないことを、いくら説明されてもあまりピンと来ないものだ。「なんか松浦がリカンベントとかいう乗り物についてやたらと熱心に書いているけれど、なんだよそりゃ。読んでも良く分からねえ」というのが前回に対する大方の感想だろう。

だが、私はそうも言ってはおられないのではないかと思っている。その理由は、母子3人乗り自転車の安全性確保という問題が存在するからだ。

かなり派手に報道されたから覚えている人も多いだろう。昨年、自転車が関係する交通事故の増加に対応して警察庁は親子3人乗り自転車を規制する方針を打ち出した。ところが世の母親から猛反発を食らって、「安全性が確保できる自転車の車種に限って、3人乗りを認める」と方針転換した。「安全性が確保できる3人乗り自転車」は、この春に試作車が出そろうことになっている。

事の起こりは、本連載のやってしまいがちな危険行為と、その根底にあるもので、ちょっと取り上げた2008年6月の「交通の方法に関する教則」改正だった。「交通の方法に関する教則」は、警察庁が定める交通安全のための指針で、地方自治体の条例はその内容に従う傾向がある。1978年以来30年振りとなった今回の改正で、当初警察庁は「3人乗りの禁止」を明文化しようとしていた。

しかし、複数の幼児を抱えて子育て真っ最中の母親達が反発した。既婚女性は多くの場合、数年間隔で出産することを選ぶ。すると、上の子が幼稚園や保育園に通うようになる頃、ちょうど下の子は乳離れするかどうかという時期に当たり、まったく手が離せないという状態になる。上の子をどうやって送り迎えするかを考えると、「下の子とまとめて自転車に乗って行く」のがもっとも現実的な解なのだ。

まず、事実関係を確認しておくと、「自転車の2人乗り」は禁止されている。道路交通法第五十七条の2は「公安委員会は、道路における危険を防止し、その他交通の安全を図るため必要があると認めるときは、軽車両の乗車人員又は積載重量等の制限について定めることができる。」としている。この規定に基づいて全国の都道府県公安委員会は、公安委員会規則により自転車の二人乗りを全国一律で禁止しており、一律で「2万円以下の罰金または科料」と定めている。

ただし、子供を乗せる場合については例外規定が存在する。その内容は都道府県によってまちまちだ。多くは「専用の補助椅子を装着して6歳以下の子供を乗せる」ことを認めているが、中には加えて背中に乳幼児を背負うことを認めている地方自治体もある。自転車の後ろに一人、背中に一人の3人乗りを認めているわけだ。ところが、昨今の母子3人乗りは、荷台の専用シートとハンドルに付けた乳幼児用シートとで、前に下の子、後ろに上の子を乗せている。この乗せ方は、基本的にどの都道府県でも違法行為ということになるが、これまでは事実上“警察のお目こぼし”という形で黙認されていた。

ところが、警察庁はその「3人乗り」を明確に文章に規定して禁止しようとしたのだった。理由はもちろん「交通安全のため」だ。

これは悩ましい問題だ。3人乗りが実際に危険であることは言うまでもない。子供2人プラス母親の体重を乗せた自転車は重くなる。しかも、子供を比較的高い位置に乗せるので、自転車全体の重心は高くなる。当然ハンドルはふらつきやすくなる。フレームの剛性が低い安価なママチャリならばなおさらだ。

また、自転車は高速で走る時よりも、低速で走る場合のほうが不安定だ。3人乗りで子供の安全を考えてゆっくり走ると、ハンドル操作が不安定になる要素がいくつも重なることになる。ふらついた自転車が転べば、子供は道路に放り出される。切り傷やタンコブぐらいで済めばいいが、致命的な怪我を負うことだってありうる。

重心が高いということは、自転車を停めた時の危険性も大きくなるということでもある。子供を乗せたままスタンドを掛けて、母親が目を離したすきに自転車が倒れて、放り出された子供が怪我をしたという話は、日常でもちらほら見聞する。中には子供が道路に放り出されたタイミングで折悪しく自動車がやって来て、轢かれた子供が死亡したという悲惨な事例も存在する。

「子供を保育園に送るなら自転車ではなく自動車を使え」と思うかも知れない。しかし、保育園・幼稚園の送り迎えは朝と夕方の短時間に集中する。このため都市部の多くの保育園・幼稚園では門前で送迎自動車が渋滞を起こすのを避けるために、自動車による送迎を禁止している。もちろん「自動車の免許を持っていない母親だっている」ということも、きちんと考慮しなければいけない。

「少子高齢化が現実のものとなりつつある日本で、警察庁は2人目を産むなとでも言うのか」「禁止する前に自分で子供2人の送り迎えをやって、その大変さを実感してみろ」という母親層からの反発を受けて、警察庁は昨年7月、方針を転換した。以下のような条件を付けて、大人一人と幼児2人の3人乗りを合法化することにしたのだ。

  1. 幼児2人を同乗させても十分な強度を有すること
  2. 幼児2人を同乗させても十分な制動性能を有すること
  3. 駐輪時の転倒防止のための操作性及び安定性が確保されていること
  4. 自転車のフレーム及び幼児用座席が取り付けられる部分(ハンドル、リヤキャリヤ等)は十分な剛性を有すること
  5. 走行中にハンドル操作に影響が出るような振動が発生しないこと
  6. 発進時、走行時、押し歩き時及び停止時の操縦性、操作性及び安定性が確保されていること

これらの条件の後ろには、さらに詳しい技術基準が作ってある。自転車産業振興協会は警察庁の方針転換に合わせて、条件を満たす3人乗り自転車の試作を補助金付きで公募した。自転車メーカーや個人など12者が書類審査を通過し、今年2月末までに試作車を製作することになっている。

自転車産業振興協会のニュースリリースには、各社の試作車の概要が載っている。応募者の方針は基本的に2種類だ。1)三輪、ないし四輪車にして安定性を高める、2)子供の乗せ方を工夫したり車輪を小さくして子供の着座位置を下げることで重心を下げて安定性を高める──だ。1)と2)を併用するメーカーもある。

だが、私は「これらの設計でいいのか」という疑念を感じている。

警察庁は方針転換にあたって「『幼児2人同乗用自転車』検討委員会」という有識者会合を開催した。警察庁の安全・快適な交通の確保というページには、同委員会の資料や議論概要が掲載されており、どのような経緯で3人乗り自転車の解禁が決まったかを知ることができる。

第3回の委員会に、「子供複数乗せ自転車に関する現役の母親からのニーズ調査報告/暫定版」という資料が提出されている。全国で、実際に3人乗りをしている母親を対象に、3人乗り自転車に何を求めるかを聴き取り調査した結果だ。「子供が乗せやすいこと」「後ろに乗せた子供が予測できない動きをしてもふらつかないようにしてほしい」「子供が寝てしまっても子供が前にのめらず、頭もぐらつかないような座席を」といった、実体験に基づいた、「なるほど」と思わせる意見が載っている。

しかし、私が一番気になるのは、自転車の価格に関する意見だ。

「子ども乗せに特化した自転車は子育て終了後は使いづらいので、中古市場をつくるかリース・レンタルにして欲しい(全員)」
「子育てでこうした自転車が必要な期間は3年から最長8年と考えられるので、月額1,000ー3,000円で貸して欲しい(多数意見)」
「後部2人乗せタイプは買わないが、月額1,000円のリースなら選択肢に含まれる(多数意見)」

母親らが望む価格帯に、3人乗り自転車の問題点が集約されていると私は考える。彼女たちが3人乗り自転車を必要とする期間は短い。「3年から最長8年」というのは、3人以上の子供がいてもせいぜい8年間。子供が2人なら上の子供が小学校に上がるまでの3年間でしかないという意味である。

さらに「月額リース1000円から3000円」というところに注目しよう。つまり、彼女達は自転車に1000円〜3000円×36ヶ月=3万6000円〜10万8000円ぐらいしか払えないと考えているのだ。しかも、3人乗りが必要な期間が終わったら自転車は不要になるから、誰か引き取って欲しいと願っているのである。

私は「子供と安全に移動できるのだから、もっときちんとコストをかけるべきでは」と思うのだけれども、量販店で日常的に1万円以下の格安ママチャリを売っているのを見ている彼女らとしては、たとえ3万6000円でも「高い」と感じているのだろう。

母親達の金銭感覚を念頭に置いた上で自転車産業振興協会の試作車に戻ると、3輪や4輪の試作車が、母親達の願うような価格で販売できるものなのかどうかが怪しく思えてくる。タイヤが増えるということは部品が増えるということなので、コストがかさむ。子供という重量物を2人も乗せるのだから、フレームはかなりがっちりと作らねばならない。コストダウンを図る余地はあまりないと思わねばならない。

試作に後ろ3輪の4輪車で参加しているランドウォーカーは、試作車両のベースである「かるがも」シリーズを8万4000円〜10万1850円で販売している。。子供を2人乗せる装備を加えると、おそらく10万円台前半ということになるだろう。私の見るところ、ランドウォーカーのような中小企業にとって、これはギリギリまでコストを削減してやっと提示した価格だ。これ以上安くすることは困難ではないだろうか。

パナソニックサイクルテック、丸石サイクル、ミヤタ自転車といった大手が出してくる試作車は、各社のカタログを見ると「おそらくこれを元に改造を加えるのだろう」というベース車両を見つけることができる。それらの価格は、5万円台半ばから7万円といったところだ。子供用座席を追加し、フレームを丈夫なものに再設計し、重量増加に合わせてブレーキやタイヤを強化する──改造ヵ所を考えていくと、どうしても価格は8万円以上10万円ぐらいになることが予測できる。

しかも、これら3人乗り自転車は短ければ3年、長くとも8年で用済みとなる。丈夫なフレームや強化した部品は当然のことながら重いので、子供用の座席を外したとしても、普通の自転車のように軽快には走れない。単なる「重たくて走るのがつらい自転車」になってしまう。3輪車や4輪車ならば、通常の自転車よりも広い置き場所を必要とするので、2人の子供を抱えての保育園・幼稚園の送迎がなくなれば、その瞬間から「邪魔ながらくた」となることが目に見えている。

値段は高く、役立つ期間は短く、不要になるとかさばる──そんなものを、いくら「安全だ」と頭で分かっていても、子育て真っ最中の母親が買うだろうか。「そんなお金があったらもっと他のことに使う」と言われそうな気がする。

現状では、「安全な3人乗り自転車」はかけ声倒れに終わってしまうのではないだろうか──私はそう考える。
相変わらず、目立つのは「安い方がいいのっ」と格安ママチャリに強引に2人分の子供用座席を取り付けて走り回る母親ばかりということになりはしないだろうか。いくら警察が取り締まるとしても、走っている自転車を一目で「これは3人乗り可、こっちはダメ」と判別できるほどの自転車の商品知識を身につけてくれる警官がどれほどいるか、怪しいものだ。

ここで、自転車利用が進んでいる諸外国の例に目を向けると、日本とは違うアプローチも行われていることが分かる。「『幼児2人同乗用自転車』検討委員会」の第1回会合に警察庁が提出した日本国内外における自転車の幼児同乗器具等という資料を見ると、日本と同様に通常の自転車に子供用座席を増設したものの他に、1)自転車の後ろに装着してひっぱるトレーラータイプ、2)幅を大きくとり、2人の子供が横に並んで座れるようにした3輪車──という方法が存在することが分かる。

その他ネットを「3人乗り自転車」で検索してみるとフロントを伸ばして子供用座席を配置するタイプや、同じくフロントを交換して幅を拡げるタイプなどが見つかる。余裕を持ったサイズの自転車ならば、確かに乗り物としての安全性は確保できるだろう。

だが、実のところこのタイプは日本では用途を大きく制限される。歩道を走ることができないのだ。通常の自転車は、道路交通法の定める軽車両であると同時に、内閣府令の定める「普通自転車」の条件を満たしている。普通自転車は「歩道走行可」の道路標識が設置された歩道を走ることができる。歴史的に見ると、そもそも「普通自転車」という区分は、自転車を歩道に上げる際に「あまり大きいと歩行者の邪魔になる」という理由から作られたものだ。

道路交通法は第63条の3と第63条の4で、普通自転車の条件を内閣府令で別途定めるとしている。

第63条の3 車体の大きさ及び構造が内閣府令で定める基準に適合する二輪又は三輪の自転車で、他の車両を牽引していないもの(以下この節において「普通自転車」という。)は、自転車道が設けられている道路においては、自転車道以外の車道を横断する場合及び道路の状況その他の事情によりやむを得ない場合を除き、自転車道を通行しなければならない。

第63条の4 普通自転車は、次に掲げるときは、第17条第1項の規定にかかわらず、歩道を通行することができる。ただし、警察官等が歩行者の安全を確保するため必要があると認めて当該歩道を通行してはならない旨を指示したときは、この限りでない。

そして、内閣府令の道路交通法施行規則は第9条の2で、普通自転車を以下のように定義している。

第9条の2 法第六十三条の三の内閣府令で定める基準は、次の各号に掲げるとおりとする。
一 車体の大きさは、次に掲げる長さ及び幅を超えないこと。
 イ 長さ 百九十センチメートル
 ロ 幅 六十センチメートル
二 車体の構造は、次に掲げるものであること。
 イ 側車を付していないこと。
 ロ 一の運転者席以外の乗車装置(幼児用座席を除く。)を備えていないこと。
 ハ 制動装置が走行中容易に操作できる位置にあること。
 ニ 歩行者に危害を及ぼすおそれがある鋭利な突出部がないこと。

普通自転車は、全長190cm以下、全幅60cm以下でなければならないのだ。これよりも大きな自転車やトレーラーを装着した状態は、普通自転車とは認められず「軽車両」の区分に入る。つまり、普通自転車では認められていた歩道走行や自転車専用道の走行が違法になる。海外で見られるような、全長を伸ばしたり幅を拡げることで子供を乗せる場所を作るタイプや、トレーラーを牽引するタイプは、日本では普通自転車の区分に入らず、通常の自転車と同じ運用ができなくなってしまうのである。

ここ数回で解説してきたように、1978年の道路交通法改正で、自転車は歩道走行が認められた。その結果、多くの人々が「自転車は歩道を走って当たり前」「安全のためには自転車は歩道を走るべき」と思いこむようになってしまった。
こんな状況下で、子供を抱える母親が、歩道を走ると違法になるような乗り物を選ぶはずがない。

調べていくほどに、母親に幼児2人の3人乗り自転車には、日本の交通体系の矛盾がすべて集まっているような印象を受ける。根本的な解決は、すべての幹線道路の車道に自転車が利用しやすく、安全性の高い自転車専用レーンを整備し、「原則として自転車は車道走行」という指導を徹底することだろう。しかし、それでは今まさに子供2人を乗せて走らねばならない母親には間に合わない。

一体、どのような3人乗り自転車を開発すればいいのか──そこで私は、リカンベントなのではないか、と思っているのである。

この話題、次回に続きます。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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