やってしまいがちな危険行為と、その根底にあるもの
2008年12月19日
(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら)
今回は、路上でついやってしまいがちな自転車の危険行為を列挙することにする。
自転車に乗っていると、「それぐらい大したことない」と思って、ついつい交通違反をやってしまいがちなのだが、実は自転車には自動車やバイクのような反則金制度が存在しない。反則金制度は軽微な法律違反に対して、反則金の納付という行政手続きによって刑事手続きを代行するという制度だ。本来ならば、公訴されて裁判で刑事罰が決定するところを反則金納付で終わらせるわけである。
反則金制度が存在しないということは、自転車の交通違反で検挙された場合、いわゆる“青キップ”ではなく、いきなり“赤キップ”を切られるということ。つまり、反則金を払えばそれでおしまいではなく、刑事手続きに進む。ここで有罪になると前科がつく。
昨今、警察は自転車に関係する交通事故の増加に神経を尖らせており、自転車の違法行為を積極的に取り締まる方針を打ち出している。飲酒運転や二人乗りなどでは、実際に検挙される事例が発生しており、「自転車だからちょっとぐらい、いいだろう」とは言えない状況になりつつある。交通違反の摘発は一罰百戒なので、軽い気持ちでやった違反で、予想以上に重い刑事罰が下された上に前科が付いてしまうということもあり得る。
警察庁の態度がどうであれ、違法行為が危険であることは間違いないので、普段から注意するに越したことはない。自覚なしにのほほんと自転車に乗り「自転車で死にたい人」になるのはバカバカしい。まして他人に被害を及ぼす「自転車で殺したい人」になるなど論外である。
道の右側を走行する
自転車は車両なので、道路交通法では左側通行が義務づけられている(道路交通法第十七条)。とはいえ、道幅の狭い裏路地で左側通行を厳密に遵守している人は少ないだろうし、またあまり意味はない。通行区分が問題になるのはある程度広い道路、特に自動車が上り下り二車線に分離している道路においてだ。
そんな道路では、道の右側を堂々と走っている自転車を見かけることがある。時折、歩行者をよけるために車道側に大きく膨らんだりもする。自動車や左側通行を遵守している他の自転車から見ると、正面から自転車が突進してくる形になるので、大変危険だ。
右側通行の自転車をよくよく観察してみると、どうやら自動車の流れを横切って道の反対側に渡るのが面倒だと思っているらしいことが見えてくる。中には右側を走り続けて、右折して路地に入っていく人もいる。道を渡る手間が惜しく感じられるらしい。
だが、あくまで自転車は車両であり、歩行者ではない。運動エネルギーは速度の二乗と移動する質量に比例する。体重60kgの人が重量20kgのママチャリに乗って時速15kmで移動すると、その運動エネルギーは、同じ人が時速4kmで歩行する場合の19倍弱にもなる。歩行者同士なら正面からぶつかっても「ごめんなさい」で済むところが、自転車だと大事故にもなりうる。自動車同様に、自転車は左側通行を厳守するべきだろう。「人は右、自動車は左」そして「自転車は自動車と同じ車両に分類される」ことを常に意識すべきなのだ。
もう少し道が広くなって自動車の通行量が多く、歩道が整備された道だと、右側通行は減る。自転車の多くが歩道を走行するようになるからだ。ある程度の速度を出して車道を走る人は、ほとんどの場合きちんと左側通行を守っている。しかし、信じがたいかも知れないが、過去3年ほどの間に、私は交通量の多い国道で、歩道にも乗らず路側帯を右側通行する自転車に2回ほど遭遇したことがある。左側通行をしている自分の自転車の前方から、正面衝突コースで自転車が走ってくるのには肝を冷やしたものだ。
夜間、無灯火で走る
以前から問題になっているが、夜間無灯火は一向に減らないようだ。夜間の無灯火は法律違反である(道路交通法第五十二条)。
「どうせ暗くて前なんか見えないのだから、街灯で十分だよ」と思っている人は、是非とも考えを改めてもらいたい。自転車のライトは前方を照らすものというよりも、それによって他者に自分の存在を知らせるためのものだ。歩行者にとっても自動車のドライバーにとっても、暗闇から突如自転車が現れるというのはけっこうな恐怖だ。
「タイヤにダイナモを押しつけるとペダルが重くなって面倒だ」と思っている人も、認識を改めたほうがよい。最近はママチャリでもそれなりにしっかり設計された車種は、タイヤの車軸に組み込むハブダイナモを装備している。ハブダイナモは効率が良いのでペダルが重くならない。
ありがたいことに白色LEDの発達により、自動車並みとまでは言わないまでも、以前とは比較にならないほど明るいライトが自転車でも利用可能になっている。わざわざ自転車をハブダイナモ装備のものに買い換えなくとも、電池式の後付けのLEDライトを買えば、それだけで安全性はぐっと向上する。LEDは消費電力が電球よりもはるかに小さいので、電池を頻繁に交換する手間もコストもかからない。
CATEYEやKNOG、あるいはTOPEAKといったメーカーが、小さくて明るい電池式LEDライトを販売している。
新たにライトを買う人は、白色LEDの前照灯と、赤色LEDの尾灯を一つずつ買い、白を前に向けて、赤を後ろに向けて付けよう。間違っても赤を前、白を後ろに向けてはならない。前照灯は白ないし淡黄色、尾灯は赤色を使うことが定められている。逆に付けると、他人からは走っている方向が逆だと誤認され、事故の原因になる恐れがある。
飲酒運転する
以前ならば自転車の飲酒運転は、完全に警察の“お目こぼし”の範囲内だった。30代以上の人ならば、ザ・ドリフターズの加藤茶が、酔っぱらいお巡りさんに扮して自転車に乗って舞台に登場し、電柱に衝突して「すんずれいしましたっ」と電柱にあやまるコントを覚えていることだろう。
しかし、法律上は自転車も車両であり、飲酒運転は違法行為である(道路交通法第六十五条)。前述したように、自転車は歩行者とはケタの違う運動エネルギーで移動している。“飲んだら乗るな”は自転車でも厳密に守るべきだ。
「会社の帰りに飲んだのに、駅から家までどうやって帰ればいいんだ?」と不満に思う人もいるだろうが、万が一検挙されたら赤キップの刑事罰と前科が待っている。すでに検挙された実例が出ているのだから、飲んだら自転車を押して歩いて帰ろう。今なら加藤茶演ずる警官は、間違いなく懲戒免職である。
携帯電話で話したり、メールをしながら乗る
自転車に乗りながら前も見ずに一心不乱にメールを打っている女子高生などを見ると、あまりのお気楽さに絶望的な気分になる。自分が事故に遭うだけならともかく、お年寄りや幼児などにぶつかって、大怪我を負わせてしまったらどう責任を取るというのだろうか。もちろん、立派な法律違反だ(道路交通法第七十一条五の五)。携帯電話を使う時は、通話であれメールであれ、まずは止まること。これに尽きる。
12月21日記:自転車の運転中の携帯電話は、法律違反ではありませんでした。訂正してお詫びいいたします。道路交通法第七十一条五の五は、「自動車又は原動機付自転車」に適用される条文で、軽車両には適用されません。ただし、地方自治体によっては「片手運転の禁止」を条例で定めており、携帯電話の使用も該当する可能性があります。
2008年6月の道路交通法改正に伴い、警察庁は「交通の方法に関する教則」を30年振りに改正した。この改正で、新たに以下の一文が加わった。
「携帯電話の通話や操作をしたり、傘を差したり、物を担いだりすることによる片手での運転や、ヘッドホンの使用などによる周囲の音が十分聞こえないような状態での運転は、不安定になったり、周囲の交通の状況に対する注意が不十分になるのでやめましよう。」
地方自治体が独自に定める条例は、同教則に従う傾向がある。従って以下の2つも、今後は全国的に危険行為として規制されると思ったほうがいい。
ヘッドホンで音楽を聴きながら乗る
「音楽を聴きながら走るのは爽快だ」「自動車だってカーステレオをかけながら走っているじゃないか」などと、ヘッドホン着用を擁護する人は多い。しかし、自転車の運転は自分が思う以上に聴覚を利用している。ヘッドホンなどで耳をふさいで音楽を聴きつつ自転車を運転するのは明らかに危険だ。
「外の音も聞こえる開放式のヘッドホンなら構わないのではないか」という意見もある。しかし、開放式ヘッドホンであっても、外部の音が耳に入ってくるのを阻害するのは間違いない。また、人間の脳は、音楽に集中すると視覚などのその他の感覚に向ける注意がおろそかになるという性質を持っている。安全を考えると、音楽を聴きながら自転車に乗るのはやめておいたほうが良い。
現状では、ヘッドホンそのものの使用を禁止する条例を定めている自治体と、「交通に関する音が聞こえない状態で車両を運転する」ことを禁止しているところに分かれている。
雨の日に傘をさして乗る
雨の日で通勤・通学で、傘をさしつつ自転車で駅に急いだことのある人は多いだろう。しかし、これは片手で傘を持ち片手でハンドルを操作する、明らかに危険な行為だ。傘が風にあおられれば、進路がふらつくかも知れない。
傘はあちこちが尖っている。自転車の速度でまっすぐ人体にぶつかれば刺さってしまう可能性がある。事実、傘の骨が眼球に刺さって失明するという事故も起きている。基本的には安全のためには傘をさして自転車に乗るべきではない。雨の日はバスのような公共交通機関を使うか、ないしは徒歩で行動するべきだろう。
とはいえ実際問題として雨天時でも自転車に乗らなければならない人は多いだろう。本来、雨天時は雨合羽を着るべきだが、雨合羽の使い勝手は明らかに傘よりも劣る。雨の日の自転車利用はかなり悩ましい問題だ。今後自転車への規制が強まっていくと、大問題になるのではないかと私は考えている。調べてみると地方自治体の条例レベルでは、傘そのものではなく片手運転を禁止しているところが多いようだ。
なお、傘を自転車に固定するアタッチメントも販売されている。これならば、片手運転という条例違反にはならない。楽天などのユーザーレビューを読むと、便利に使っている人が多いようなのだが、これを使うと傘の骨がほぼ歩行者の目の高さに来るという大きな問題点が存在する。私は早晩、傘アタッチメントの安全性が問題になるであろうと見ている。
「これをきちんとすれば、自転車の安全性は大きく向上する」という危険行為を重要な順番に6項目挙げてみた。「左側通行」のような基本的なことすら、きちんと守られていないのが今の路上の現実である。自転車の危険行為はこれだけにとどまらない。二人乗り、走行中の喫煙、2台以上の並走──挙げていけばきりがないほどだ。
危険行為をしている自転車を観察すると、ほぼ間違いなく全員が、それが危険な行為であるという自覚のないままに自転車に乗っているらしいことに気が付く。
彼らにとって、自転車は歩行者の延長線に位置しているようだ。「歩いている時はやってもいいのだから、自転車に乗っている時もやっていいだろう」という、根拠のない安心感が危険行為の根底には広がっているようなのである。
前回、ママチャリの成立経緯を追って、その根底には自転車の歩道走行を許した、道路交通法第六十三条の四が存在するのを見た。歩道走行を中心にした世界にも類を見ない自転車の利用形態は、ママチャリという日本独自の自転車の形式を発達させ、同時に安価で性能の低いママチャリの大量増殖を招いたのだった。
どうやら、道路交通法第六十三条の四とママチャリとが作り上げた「自転車は歩道をゆっくり走るもの」という観念は、同時に「自転車は車両ではなくて歩行の延長である」という認識をも呼び込むことにつながったらしい──私はそう推測している。自転車を歩道に上げて、多くの人が「歩道をゆっくり走るママチャリ」を自転車のスタンダードと思いこむようになったことが、回り回って自転車のマナー低下につながっているというわけだ。
「そうじゃなくて、自転車への交通安全教育が不十分なんだ」という反論もあるかもしれない。しかし「なぜ自転車の交通安全教育が十分に実施されないのか」と考えてみると、根底には「自転車と歩行者は同じだから」という意識があるように思われる。そして、「なぜ多くの人々が自転車と歩行者が同じと思うようになったのか」と考えると──やはり、道路交通法第六十三条の四に行き着くのである。
現状は、マナー低下が、遂に警察庁による自転車への規制強化を引き起こしつつあるというところではないだろうか。
「これぐらい別にいいじゃない。ゆっくり走っているんだから目くじら立てる事じゃないよ」と、無自覚に危険行為を繰り返していると、いつか痛い目に会うかもしれない。自分が痛い目に会うのは自業自得かも知れないが、他人を巻き込んでしまっては悔やんでも悔やみきれないだろう。また、規制が強化され過ぎて息苦しい社会になるのも避けたいところだ。
自転車は立派な車両であることを忘れないようにしよう。たとえゆっくり走るママチャリであっても、決して歩行者と同じではないのである。
松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」
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