ウェブ時代にあるべき本の生態系を目指して
2010年8月19日
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早いもので本連載を開始して三年になりますが、その(ワタシにとってのみ)記念すべき第1回のタイトルは「書籍とクリエイティブ・コモンズとコンテンツの未来」でした。これに始まり、昨年の「電子書籍と読書体験のクラウド化」あたりまで、本ブログでは何度か書籍をテーマにしてきましたが、ちょうど献本いただいた岡本真、仲俣暁生編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)を読み終えたところなので、今回はこの本を取り上げたいと思います。
マガジン航でもお世話になっている編者の仲俣暁生氏をはじめとして、本書の執筆者には、その文章を以前から読んでいる人が多かったので、内容的にあっと驚くところは多くありませんでしたが(ウィキペディアについての文章が唯一ピンとこなかったのを除けば)どれも読み応えがあり、またたださらりと読ませるだけでない引っかかりがある文章ばかりでした。例えば前述の第1回目で取り上げた『CONTENT'S FUTURE』がそうであったように、二年ぐらい経って読み直しても発見があったり、後になって合点がいくような本だと思います。
今年2010年は「電子書籍元年」と言われ、これをテーマとした書籍も数多く出ましたが(率直に言って出すぎで、このようなバブルは好ましいものとはとても思えません)、本書は書名に「ビジネス」が入るものの、Kindle だ iPad だ黒船来襲だと慌しい類書とは一線を画し、電子書籍時代にあるべき制度設計、エコシステムのあり方を模索した本と言えます。
個人的に面白いと思ったのは、本書に収録された七つの文章のうち、二つが「図書館」についてのもので、最も「ビジネス」寄りな橋本大也氏の「印税九〇%が可能なエコシステムを」における提言にも図書館の重要な役割が明記されていたところです。
それは本書が目先の電子書籍バブルに乗ることを指南する本ではなく、副題にある「ウェブ時代の新しい本の生態系」において、広義の「ライブラリー(図書館)」が重要な役割を果たすという編著者の視座を反映しているからでしょう。
重要なのは書籍のデジタル化時代における権利処理、登録情報の構造化、利用モデルに関する軸となる存在なのですが、ここにきて注目を集めているのが国立国会図書館長の長尾真氏による「長尾スキーム(長尾構想、長尾私案)」です。
実はワタシは、この「長尾スキーム」への期待が大きすぎないか、持ち上げられすぎではないかと以前から危惧する気持ちや懐疑心がありました。今回、本書の中央に据えられた長尾真氏自身による長尾スキームの解説を初めて落ち着いて読み、ようやくその総合性を把握できたように思います。もっとも、上記の大きなテーマを見据えた構想を示しているのが日本に長尾氏以外にいないのではという厳しい現実も痛感するわけですが、ちょうど本文執筆中に開発版が公開された国立国会図書館サーチなど全国の図書館の蔵書や学術論文などの情報を横断して検索できるデジタルアーカイブ化は着実に進んでいるようです。
金正勲氏は「「コンテンツ2.0」時代の政策と制度設計」の冒頭で、これまで紙の本と一体化されて提供されていたコンテンツが紙から解放され、複数のメディアとの創造的な組み合わせが可能になった「コンテンツ優位」の時代を『ブックビジネス2.0』と規定しています。
この見方は、「本」という言葉は「app(アプリ)」という言葉に取って代わられるのではないかというボブ・スタインの見方に呼応するものを感じますが、そうした「コンテンツ2.0」時代に、金正勲氏は(長尾構想を踏まえた上で)出版コンテンツのための出版版 JASRAC の必要性を説いています。
ネットユーザには「JASRAC」という言葉を出すだけで拒否反応を示す人が少なからずいます。しかし、あらゆる情報が「フリー」を目指しているように見えるデジタル時代において、ライセンシングの窓口となり、料金の徴収と収益の配分を担う機関が必要という意見は理解できます。
ここで注目すべきは野口祐子氏が「多様化するコンテンツと著作権・ライセンス」で取り上げている、デジタル技術の急速な展開と権利者の経済的インセンティブを両立するための二つの料金徴収制度です。一つはハーヴァード・ロー・スクールのウィリアム・フィッシャー教授が著書『Promises to Keep』において主張した税金のように広く薄く一定金額を徴収して資金プールとする強制ライセンス方式、もう一つは電子フロンティア財団が主張する自発的集合ライセンス(Voluntary Collective Licensing)方式です。
個人的には野口氏の文章をすごく懐かしい気持ちで読みました。というのも、ワタシが訳した(そして本書の冒頭を飾る文章を寄稿した津田大介氏が解説を書いている)『デジタル音楽の行方』において、この二つの方式が紹介されていたからです。料金徴収や収益配分に関してそれぞれ一長一短はありますが、『デジタル音楽の行方』はウィリアム・フィッシャー教授の主張を理論的基盤としており、ワタシもそれに乗っかって「音楽税はそれほどバカげたアイデアだろうか?」という文章を書いています。
「税金」というとそれこそ「JASRAC」よりさらに忌み嫌われる言葉ですが、もはや出版の世界もそういった言葉を避けて通れないところまできていると言えるわけです。『ブックビジネス2.0』は、上に書いたようにネットユーザであればある程度内容が予想できる、実感として受け入れやすい主張の文章が多いようで、実はただそれだけに留まらない、ウェブ時代にあるべき本の生態系並びにそれを実現する制度設計を考える上で欠かせない論点がうまく配置された本だと思いました。
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