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yomoyomoの「情報共有の未来」

内外の最新動向をチェックしながら、情報共有によるコンテンツの未来を探る。

書籍とクリエイティブ・コモンズとコンテンツの未来

2007年8月22日

ちょうど小寺信良氏と津田大介氏の新刊『CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ』(翔泳社)を読み終えたところなので、この本に関係する話から本ブログを始めたいと思います。といっても今回は本の内容ではなく(面白い本なのでいずれ何度か紹介することになるでしょうが)、本書がクリエイティブ・コモンズのライセンスを適用していることについてです。

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クリエイティブ・コモンズ(以下 CC)とは、アメリカのサイバー法の第一人者ローレンス・レッシグ教授らが始めた、作者が著作物の権利を独占せずに商用利用などの利用条件を明示できるライセンスを適用することで、それを基にした創作活動を可能にする「コモンズ(共有プール)」の拡大を目指す運動で……といった解説は WIRED VISION の読者には不要ですかね?

『CONTENT'S FUTURE』に適用されるライセンスは「表示 - 非営利 - 改変禁止」という最も縛りの厳しいもので、また担当編集者に伺ったところ、版元が本書のデジタルデータを公開する予定はないそうです。が、実は本書を買った人が一部コピーして友人に配ったり、デジタルスキャンして ネットに公開しても(お金を取ったりしなければ)構わなかったりします。

日本で刊行された書籍において、それ全体に CC のライセンスを適用したものとなると、本書と『WEB2.0の未来 ザ・シェアリングエコノミー』(インプレスR&D)しか当方は知りませんが、海外ではいろいろなジャンルのそれなり数の書籍が CC ライセンスの元でデジタルデータでも公開されています。

当方のように CC の活動を一貫して支持してきた人間からすると、こうした試みを無条件で賞賛したくなりますが、それで本当によいのでしょうか。

読者にとって書籍が紙だけでなくデジタルデータで入手できることの利点として、検索性の向上(すべての本に充実した索引があるわけではない)、デジタルデータの可搬性(場所をとらず、いろんな機器上で読める)、二次利用のしやすさ(引用などが正確に行える)などが挙げられます。

書籍の内容を予め確認できることで、題名などの情報だけで判断して購入し、後で後悔することを防げるわけですが、それは同時に対価を支払うことなく作品を入手できるとも言えるわけで、それは出版社からすれば容認しがたい事態です。

これに対する反論として、CC のライセンスの適用と利用条件の緩和が大きなパブリシティにつながるというものがあります。つまり、それにより単に書籍を刊行しただけでは届かない、潜在的な読者のアテンションを得ることができ売り上げ増につながる、という主張です。

SF作家コリィ・ドクトロウの処女長編 Down and Out in the Magic Kingdom[1]をオンライン公開しても売り上げが好調だったという話がこの主張の実例として挙げられますが、これは小説という形態も大きな要素だったと思います。

少し前にティム・オライリーが、自社で刊行した Asterisk: The Future of Telephony[2]のオンライン公開の影響についてブログに書いています。この本は書籍としてなかなかの売り上げだったものの、無料ダウンロード(ミラーサイトの一つだけで18万回!)がその抑制となった兆候が少し見られたそうです。小説などと異なり、リファレンスとしての利用が主の技術書だと難しいところがあるでしょう。

話を『CONTENT'S FUTURE』に戻すと、CC の適用に踏み切るにあたり、書籍の性質や読者層の分析もあったかもしれませんが、そうした戦略性よりも著者らの主義、主張を貫徹する姿勢に版元が応えたところが大きいのではないかと当方は推測します。またこの本の場合、著者二人だけでなくコンテンツ業界の第一線で活躍する九名の対談相手もその決定を許容していることにも注目すべきです。

『CONTENT'S FUTURE』がオムニバス形式の書籍であることを考えると、CC の適用は率直に言って商売的にあまり得策ではないでしょう。しかし、ワタシは本書の果敢さを支持しますし、その書名に恥じない価値のある本だと確信します。CC の適用、並びに対談映像の YouTube 公開が大きなパブリシティとなり、本書が多くの人の手に届くことを願います。

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[1] 邦訳は『マジック・キングダムで落ちぶれて』(早川書房)。
[2] 邦訳は『Asterisk—テレフォニーの未来』(オライリー・ジャパン)。

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プロフィール

1973年生まれ。 ウェブサイトにおいて雑文書き、翻訳者として活動中。その鋭い視点での良質な論評に定評がある。訳書に『デジタル音楽の行方』、『Wiki Way』、『ウェブログ・ハンドブック』がある。

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