電子書籍と読書体験のクラウド化
2009年11月12日
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先月から、ボイジャーが発行元となり、仲俣暁生さんが編集長を務めるウェブマガジン「マガジン航」に少し関わらせてもらっています。「マガジン航」は本と出版の未来を探る試みですが、電子出版、電子書籍の市場が本格的に開花しようという時期の船出はタイミングが良かったと個人的には思っています。
今年は Google ブック検索、並びにそれに関する米国作家協会などとの和解内容が日本の書籍の著作権者にも適用されることが大きな話題となり(混乱を巻き起こし)ましたが、Google は来年2010年には電子書籍販売サービス Google Editions を立ち上げることを発表しており、電子出版分野への進出をペースダウンする様子はありません。
世界最大のインターネット書店である Amazon は、2007年に発売を開始した電子書籍端末 Kindle を今年に入って第2世代にバージョンアップしていますが、先月遂にこれが日本を含む世界100ヵ国以上で買えるようになりました。今月 Kindle 3 が発売になるという噂さえあるくらいですが、ともかく Kindle は Amazon の事業の柱になりつつあります。
また先月には、アメリカの大手書籍チェーン Barnes & Norble も負けじと nook を発表し、電子書籍端末市場も役者が揃った観がありますが、電子書籍リーダとしてスマートフォンの存在も忘れるわけにはいきません。来年一気に発売される Android 携帯電話がその流れを加速させるとワタシはにらんでいます。
このように電子書籍分野のニュースは尽きないわけですが、日本に目を向けると楠正憲さんが「LIBRIeとKindle」で書くような停滞が続いています。
譬えでいうと今の日本の電子書籍はiTunes以前の音楽配信と似ている。いつまで続くか分からないDRMに守られた使い勝手の悪いコンテンツが、少ない数だけ雑然と並んでいるのだから手を出しにくい。
Kindle が早く日本語対応して、iTunes が音楽配信において成し遂げた役割を果たしてほしいわけですが、重要なのは Kindle など電子書籍分野の動きが、単なる本のデジタル化に留まらないことです。
楠正憲さんも「Kindleでのコンテンツ購入の概念が非常にクラウド的と感じた」と書かれていますが、Amazon や Google の電子出版の取り組みは、本のクラウド化、読書体験のクラウド化を押し進めていると考えることができます。
セバスチャン・メアリーは「いまこそ本当の読書用iPodを」において、本の物理的形態が文章の長さを決めてきたということを書いていますが、電子書籍が本というフォーマットそのものにもたらす影響が絶対あるはずで、仲俣暁生さんが書く「デジタル積ん読」の話のように、これから読書体験自体が再定義されていくのかもしれません。
ただ「本のクラウド化」という見方には反論もあって、現に Kindle で売れているのはミステリやロマンスであり、大抵のアメリカ人は本は読み捨てるものだし、Kindle のメモなど付加機能を有用に使っている人などほとんどいないという声もあります。
また Amazon が出版社から無断販売の指摘を受け、ユーザー保有の Kindle からジョージ・オーウェルの『1984年』、『動物農場』を遠隔操作で削除した事件がありましたが(それにしても削除したのが、よりにもよって全体主義国家により情報統制される近未来世界の恐怖を描いた『1984年』とは何と言う出来すぎた偶然でしょう)、読書というパーソナルな体験の情報をクラウドに委ねることの問題も意識すべきです。
個人的に面白いと思うのは、Google や Amazon といった巨大ネット企業による覇権争いのオルタナティブとして、特定企業による電子書籍市場の囲いこみをよしとしない、オープンフォーマットとオープンな流通を基盤とする「本のオープンウェブ」を目指す Internet Archive の BookServer のような動きが出てきたことです。BookServer については日本ではまだほとんど報道されていないので、マガジン航に掲載された拙訳「インターネット・アーカイブのBookserver構想」をお勧めさせてもらいます。
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