このサイトは、2011年6月まで http://wiredvision.jp/ で公開されていたWIRED VISIONのコンテンツをアーカイブとして公開しているサイトです。

yomoyomoの「情報共有の未来」

内外の最新動向をチェックしながら、情報共有によるコンテンツの未来を探る。

「成功の法則2.0」と人間の多様性の証明

2010年9月 9日

(これまでの yomoyomoの「情報共有の未来」はこちら

Haegwan Kim(金海寛)氏の The Law of Success 2.0 プロジェクトを知ったのは数ヶ月前だったと思います。確か Twitter で流れてきたリンクにアクセスしたのが最初でした。

「The Law of Success 2.0」を直訳すれば「成功の法則2.0」となりますが、「2.0」というからには逆に言えば「1.0」があったはずで、話は今から100年以上前にさかのぼります。

1908年の秋、当時新聞記者だったナポレオン・ヒルは鋼鉄王アンドリュー・カーネギーにインタビューをするのですが、そのときカーネギーに見込まれたヒルは、500人の成功者を紹介するので成功哲学を体系的にまとめてほしいという依頼を受けます。ただし、それには20年かかるが金銭的な援助はないという条件がついていました。ヒルは驚き、悩みつつもその申し出を受け、実際に20年後の1928年に初期の成功プログラム『The Law of Success』を形にします。その後ヒルが『思考は現実化する』といった著作を発表し、『ナポレオン・ヒル・プログラム』を完成させるのはご存知の通りです。

ただ……ここで告白しなければならないのですが、ワタシ自身はナポレオン・ヒルの著作を読んだことがありません。ヒルに限らず、「自己啓発書」に分類される本を長らく避けてきた過去があります。これは世代的な問題かもしれませんが、自己啓発という言葉自体、うさんくさいセミナー商売とセットになったイメージがあったことが大きかったと思います。そして、それ以上にワタシ自身が性格がひねくれた拗ね者なのが大きいのも認めなければなりません(その勝手な悪印象は、後にデール・カーネギーの『人を動かす』を読んだことで大分緩和されましたが)。

The Law of Success 2.0 プロジェクトは、ヒルの尽力にもかかわらず、多くの人が今なお必死に成功法を求めていること、そしてその理由は明らかで、成功を達成する万能な方法など存在しないという認識からスタートします。つまり、世界中の優れた人々の考えを共有することで、多様な成功のあり方を示すことをプロジェクトの目的にしています。

実際にインタビューを読むとフラットな印象があり、特定の成功像を押し付けたり、インタビューイから無理に言葉を引き出そうとしないところに好感を持ちました。それにインタビューイも多彩で、活動分野や年齢も幅広く選ばれており、また企業において創造性を発揮されている人が含まれているなど単なるセレブフォロワーでないことが分かります。

ここまできて思ったのが、これだけのインタビューを集めた人物は何者だ? ということでした。今では相当数のインタビューが掲載され、ネームバリューも獲得していますが、もちろん当初はそうでなかったわけで、各界の成功者にこのプロジェクトの趣旨を理解してもらいインタビューをとるには相当な手腕が要るでしょう。当然ながら、インタビューを行うにはインタビューイの活動分野についての知識や調査も必要です。

そこで、今回の文章を書くために、金海寛さんにメールで簡単なインタビューを行いました。以下、その全文です。

* * * * * * * *

[質問1] The Law of Success 2.0を一見して驚くのは、ノーベル賞受賞者からユリ・ゲラーにいたるまでとても多彩な人たちがインタビューを受けていることです。インタビューイの選択基準を教えてください。

この質問に答えるにはまず僕のリサーチが主観性に基づいていることを認めなければいけません。そして僕の狙いは人間の多様性の証明にあります。少し変な話になりますが、「成功の法則」というプロジェクトを通して「成功の法則」が存在し得ないということを人々に伝えられればと思っています。なぜなら全てのインタビューイが同じ成功論を持つ事はあり得ないと思うからです。なのでインタビューイの選考にはあまり気を配っていません。強いて言うならば「社会的な成功者」、つまり著名人や億万長者とされてる方々に焦点を当てる事でしょうか。残念な事に大衆は「社会的強者」には耳を貸す傾向がありますから。しかしリサーチが有名になったことで僕が読んだ本の作者や読者からのリクエスト等も含めてこうと思います。

[質問2] これまでインタビューした人の中で特に印象的だった人を、その理由とともに挙げてください。

Andrew Oswald教授がまず思い浮かびます。一番最初のインタビューイです。彼は僕がまだ大学生で何の誇らしい実績も持ってなかったにも関わらずリサーチに興味を持ち、快諾してくれました。寮に帰って初めてトランスクリプトをウェブに投稿をした瞬間を今もはっきりと覚えています。もう一人あげるとしたら伊藤穣一さんでしょうか。僕は彼がオックスフォードに訪れた際インタビューを取ったのですが、そのときセレンディピィティという概念を教わりました。ここでは詳しく説明しませんが、僕が大学を休学して世界を歩き回ろうと決めたのはこの時の出会いが会ったからといっても過言ではありません。

[質問3] インタビューを行ってみて、成功者であるインタビューイたちに何か共通する資質やセンスを感じましたか?

もちろん100人以上インタビューをしたので彼らに類似点はありますが、質問1で述べた通りそれを共通項として結びたくはありません。全員が違う考えを持ち成功をつかみ取る。それでいいと思います。ただみんなが「ひとりひとり違う我を持っている」という共通点を作る事はできるかもしれませんね。

[質問4] 以前、このプロジェクトを立ち上げた理由として、自身が在日韓国人であったこと、そしてそのために直面した社会的矛盾を挙げられていたと記憶します。そうしたバックグラウンドと本プロジェクトのつながりについて、もう少し詳しく教えていただけませんでしょうか。

僕は日本も韓国も好きなんですが、日本による在日に対する差別、在日の日本に対する偏見、両者に対して嫌悪感を抱きます。それは歴史的背景や文化的なものもあるのかもしれませんが、ぼくはこういった問題を個人単位で解決しようと思っていました。上で述べた様に個人の多様性を社会的に認めることで、文化の差を乗り越えるということです。ただ在日というバックグラウンドは、プロジェクト形成において、僕に何の想像力ももたらさなかったと言わなければなりません。もたらしたのは世界を必ず変えるという決意です。

[質問5] このプロジェクトを立ち上げ、成功者たちにインタビューを行ったことで、物の見方など自分自身に関して何か変化したことはありますか?

自分が持ってた哲学はちっぽけなものだと考えるようになりました。そして人と会うたびにその哲学が広がっていくのが楽しくて仕方が無い。「人」の大切さを語るのは10年早いかもしれませんが、それでも人って素晴らしいと思っています。これはインタビューイに関わらず自分が接する人といてもそうです。僕はお金の不足からよく路上でホームレスと寝ているんですが、彼らも価値を持った人間と思えるようになりました。日本で上野公園の「乞食」達を冷たい目で見ていた時の自分を思い返すと、少しは成長したと言えるのかもしれません。

[質問6] The Law of Success 2.0で行ったインタビューは100人を越えました。アンドリュー・カーネギーがナポレオン・ヒルに提示した人数は500人ですが、本プロジェクトもそこまでいく予定ですか? それとももっと少ないインタビューで成功の法則が掴めそうですか?

また同じ答えになりますが、僕は成功の法則を作ろうとしていませんし、存在するとも思っていません。数について言うなら、僕はインタビューイの数というよりも、地域や文化の数に注意を払っています。インタビューイにばらつきがあるのはそのためです。もちろん世界を旅して回っているので、その土地ごとの考えを拾って行こうという考えはあります。例えば現在サンフランシスコのシリコンバレーにいるので起業家精神、LAに行くとハリウッド、NYはアートや金融など。途上国においての「成功」に対する考えもピックアップして行きたいと思います。

* * * * * * * *

正直、いきなりの申し出に回答をいただけるかどうかすら自信がなかったのですが、驚くほどのスピードで回答をいただき、そしてその回答の力強さ、特に「僕の狙いは人間の多様性の証明にあります」という言葉に感銘を受けました。

100人をこえるインタビューが並んでいるのを見ると気後れするかもしれませんが、質問内容にフォーカスがあっており、また内容も比較的平易なので、英語の勉強がてら読んでみてはいかがでしょうか。

自分の専門分野に関係する人のインタビューが読みやすいでしょうが、本ブログが扱う内容に近い人を挙げるなら、以前取り上げたこともある Derek Sivers、オライリーメディア関係の仕事で知られる Nathan Torkington『Whole Earth Catalog』へのかかわりや『スマートモブズ』などの著書で知られる Howard Rheingold、そして本文執筆時点で最新インタビューとなる、2006年から2008年にかけて Wikimedia 財団の理事長を務めた Florence Devouard あたりでしょうか。

あるいははじめは、金海寛さんも特に印象的だったインタビューイに挙げている伊藤穣一(クリエイティブ・コモンズ CEO、ベンチャーキャピタリスト)をはじめとして、蛯名健一(ダンスパフォーマー)、内田樹(エッセイスト)、黒川清(医学者)、そして茂木健一郎(テレビタレント)といった日本人のインタビューを読むのもよいでしょう。

あともう一つ特筆すべきは、金海寛さんのサイトはクリエイティブコモンズの表示3.0ライセンスが適用されていることで、クレジットをきちんと行えば、翻訳を自由に公開できます。気に入ったインタビューがある人は、それを日本語に翻訳してみてはどうでしょうか。

フィードを登録する

前の記事

次の記事

yomoyomoの「情報共有の未来」

プロフィール

1973年生まれ。 ウェブサイトにおいて雑文書き、翻訳者として活動中。その鋭い視点での良質な論評に定評がある。訳書に『デジタル音楽の行方』、『Wiki Way』、『ウェブログ・ハンドブック』がある。

過去の記事

月間アーカイブ