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yomoyomoの「情報共有の未来」

内外の最新動向をチェックしながら、情報共有によるコンテンツの未来を探る。

インターネットプラットフォーム戦争:「インターネットOS」に一番近い企業はどこか

2010年5月13日

(これまでの yomoyomoの「情報共有の未来」はこちら

今回はまずお詫びから。今年のはじめ「ダン・ギルモアのリターンマッチに期待する」という文章でダン・ギルモアの新刊を取り上げましたが、残念なことにその刊行はキャンセルされてしまいました。どうもダン・ギルモアとワタシは相性が悪いようです(笑)

さて、前回はティム・オライリーの「インターネットOS」というヴィジョンを紹介しましたが、Web 2.0 Expo におけるオライリーの基調講演もやはりこれがテーマでした。

オライリーは Web 2.0 Expo の開催に先立ち、「インターネットOS」についての文章の続編となる State of the Internet Operating System Part Two: Handicapping the Internet Platform Wars を公開しています。前回に引き続き今回もオライリーの文章を取り上げたいと思います。

この続編文章(長いぞ!)でオライリーは、「インターネットOS」という観点で見た場合に主要プレイヤーとなる有力企業を具体的に挙げ、その強みと弱みを分析しています。オライリーが挙げるのは以下の10の企業です。

  • Amazon
  • Apple
  • Facebook
  • Google
  • Microsoft
  • Nokia
  • PayPal
  • Salesforce
  • Twitter
  • VMware

この並びはアルファベット順ですが、オライリーのエントリを読むと、Amazon、Apple、Facebook、Google、Microsoft とそれ以外を分けて考えているのが分かります。つまり、このリストの上半分と下半分をそれぞれ一軍/二軍と考えることもできます。二軍に属する企業は規模が小さい分、事業のフォーカスがより定まっている印象があります。

この10のプレイヤーを眺めるだけで感慨深いものがあります。企業規模や実績は必ずしも基準になっておらず、IBM や HP といった老舗、Oracle や Yahoo! といった以前ならリスト入りしていたであろう有名どころが入っていないこと、また eBay や EMC といった親会社を差し置いて PayPal と VMware が入っているところにもオライリーの主張が見てとれます。

まず、各プレイヤーについてのオライリーの評価を簡単にまとめてみます。

Amazon

インターネットOSにおいて鍵となるのはストレージや計算能力ではない。それはゲームに参加するための前提であって、差別化となるのはリアルタイム性能を確保したデータに関するサブシステム。

S3 と EC2 ではじめて一般用途のクラウドコンピューティングプラットフォームを提供した Amazon は、書籍、音楽、そして動画という三つのメディアアクセスに関するデータサブシステムを持つ強みがある。

Amazon はサービス基盤、メディアアクセスは強いが、「インターネットOS」としての他の要件がどれも弱く、生粋のネット企業より利益率が低い小売り業を主としているのもマイナス。

Apple

Apple の最大の強みは iTunes ストアによるメディア、App ストアによるアプリケーションのホスティングとその決済システム。

Apple の弱みはいろいろあって、クラウドプラットフォームを持たず、位置情報サービスや広告分野でも戦略が見えない。ユーザにコミュニケーションプラットフォームを提供しながら、ソーシャルグラフの重要性を理解しているように見えない(していれば MobileMe は無料化してるはず)。

その弱みは Microsoft との提供により補完可能かも。

Facebook

Facebook は「ハリネズミの概念」(キツネは多くの技を持ち、一方でハリネズミはたった一つの技しか知らないが、キツネはハリネズミの技に敵わない話を企業の強みに置き換えた考え方。ジェームズ・C. コリンズの『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』に詳しい)を理解しており、その強みはソーシャルグラフだ。

Facebook は、多くの人にとってもはやウェブ以上の存在であり、ソーシャルプラットフォームである。アプリケーションプラットフォームとしても Apple の App ストアを凌ぐ。

Facebook の弱点は位置情報サービス、モバイル機器のコントロールなどあるが、それが Facebook に水平統合戦略を強いているという意味で、それは実は最大の強みなのかもしれない。

Google

インターネットOSとして、Googleが最も進んでいることは疑いがない。Google AppEngine はかつての DOS から Windows への移行と同じものをウェブにもたらすが、これにとらわれると重要な点を見落とす。データのスケーラビリティこそが Google の強み。

検索、動画(YouTube)、地図(Google Map)分野で Google はウェブの共通言語であり、携帯電話(Android)やエンタープライズ向けにも堅固なアプリケーションエコシステムを有している。

Google の弱みは、かつての Microsoft のように皆が恐れる共通の敵になっていること。また Apple のようなユーザ体験に欠けるし、ソーシャルメディアへの取り組みもまだまだ。Google には次世代アプリケーションを開発するのに必要なデータという資源があるが、それらをまとめる方法をまだ見つけていない。

Microsoft

Microsoft も Google 同様、全方位的に強力な機能を提供している(Azure プラットフォーム、Bing 検索エンジン、広告プラットフォーム、地図プラットフォーム、音声認識技術)。Windows Mobile 7 というモバイルプラットフォームがあり、ビジネス志向のソーシャルメディア資源も豊富に有する。彼らには膨大なキャッシュがあり、それを戦略目標を達成すべく使う意志もある。

とはいえ、現在の Microsoft の最大の強みは、彼らが Google でないことで、それが Apple や Facebook といった他のプレイヤーにとってのホワイトナイトになれる可能性につながっている。

Microsoft の最大の弱みは、Windows と Office をサポートし続けなければならないという「戦略的税金」で、これは1990年代後半にインターネットへのキャッチアップに苦しんだときに抱えていたのと同じ問題である。

Microsoft の最大のチャンスは、逆説的だが、IBM がオープンソースソフトウェアを取り込んだようにオープンデータサービスを取り込み、Facebook や Paypal などと組むこと。その場合、彼らの DNA とビジネスモデルが問題となるが、Facebook が弱い位置情報サービスや検索サービスあたりを提供することで協業するのではと睨んでいる。

Nokia

インターネットOSの議論から遠い企業に思えるが、世界最大の携帯電話メーカーなのは間違いない。位置情報、地図サービスに加え、メディアプラットフォーム戦略も進めている。

PayPal

支払いサービスという非常に難しい分野にして、インターネットOSにおいて最も重要なサブシステムのビッグプレイヤー。モバイル分野では検索ではなくEコマースこそがキラーアプリケーションなので、Paypal もこの分野への取り組みが急務。

Salesforce

force.com を有する強力な PaaS(platform as a service)ベンダ。

Twitter

Apple、Google、Microsoft、Facebook といったビッグプレイヤーと同じ土俵にはないが、リアルタイムウェブの支配がゲームのあり方を変えている。Twitter は開発者のエコシステムを有し、迅速な発展に対応できるシンプルさを保っている。いろんなデータの転送に使われており、それがリアルタイム・インテリジェンスにつながる。

VMware

一見他よりニッチなプレイヤーにみえるが、アプリケーション仮想化分野のリーダーであり、それはすなわち企業におけるクラウド・コンピューティングのリーダーとも言える。VMware の戦略は、クラウドプロバイダ間の移行を容易にし、プライベートクラウドとパブリッククラウドの間の簡単なインタフェースを作ることにある。

* * * * *

Apple、Google、Microsoft といったところへの評価が高いのは予想できるところですが、(上の要約ではかなり端折りましたが)一軍における Facebook、二軍における VMware の高評価が印象に残りました。

ティム・オライリーというと『The Twitter Book』という本を共著で出すなど Twitter にかなり入れ込んでいる印象がありますが、ことインターネットOSの議論では、Twitter が Facebook と同じ土俵にないと断言しています。

Google 以後のメインプレイヤーとしてこの二社が並び称されることが多く、日本における普及という点では Twitter がかなり先行していますが、今年に入りメインプレイヤーに見合う収益化の成功という点で Facebook は次のステージに到達したと評価されています(これについては TechCrunch の「Facebook時代」が雰囲気をよく伝えています)。

オライリーが Facebook を高く買うのにはもう一つ理由があります。彼はトールキンの『指輪物語』における "one ring to rule them all" という表現と、デヴィッド・ワインバーガーの著書の題名でもある "small pieces loosely joined" という表現を対比させますが、インターネットは前者の「勝者総取り」でなく、後者の「複数のプレイヤーが緩やかにつながる」形であるほうが好ましいと考えています。

上に挙げた主要な10のプレイヤーのうち、Apple、Google、Microsoft の三つは、明らかに「勝者総取り」な支配を目指しており、オライリーはそれより Facebook の水平分業モデルや緩やかなつながりに力を発揮する VMWare の仮想化技術に期待をかけていると見ることもできます。

ここでワタシが思うのは、本当にこの世界は動きがめまぐるしいなということで、最近 Apple に米規制当局の独占禁止調査が入るのではというのがニュースになってましたが、例えば10年前にそれを予言する人がいたら笑いものになっていたでしょう。

その10年前に「勝者総取り」をいくつかの分野で実現していた Microsoft が、オライリーに「現在の Microsoft の最大の強みは、Microsoft が Google でないこと」と分析されるのは皮肉です。余談ですが、これは二年前にニコラス・G・カーが「Google の一番の有利さは、Google が Microsoft でないことだ」と書いていたことと好対照をなしています。

それではこれから「帝国」の座は Google から Facebook に移っていくのか、というといくつか懸念があります。この WIRED VISION でも「ユーザー5億人:個人情報の中枢になるFacebookの「野望」」という記事になっていますが、Facebook の野心はユーザのプライバシーに関する懸念を引き起こしており、またアプリケーションプラットフォームとしての Facebook についてもより支配的な姿勢の変化を見せています。

これはインターネットOSに、かつての Windows OS のような独占でなく、複数の Linux ディストリビューションの共存のような形を望むオライリーの希望に反するのではないでしょうか。そして面白いのは、こうした姿勢に危機感を覚えたウェブ業界の大物の何人かが Facebook から抜けオープンで分散型の Facebook の代替となる選択肢を求める声が上がるところです。

やはりこの世界は本当に動きがめまぐるしい、と繰り返してしまいますが、「インターネットOS」の座を巡る競争の勝者はまだ決定しておらず、事態は予断を許しません。

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プロフィール

1973年生まれ。 ウェブサイトにおいて雑文書き、翻訳者として活動中。その鋭い視点での良質な論評に定評がある。訳書に『デジタル音楽の行方』、『Wiki Way』、『ウェブログ・ハンドブック』がある。

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