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yomoyomoの「情報共有の未来」

内外の最新動向をチェックしながら、情報共有によるコンテンツの未来を探る。

マイクロソフトからGoogleに受け継がれる「悪の帝国」の座

2008年5月14日

(これまでの yomoyomoの「情報共有の未来」はこちら

マイクロソフトの Yahoo! 買収提案は、3カ月ものすったもんだを経て、今月のはじめにマイクロソフトが買収を断念するという一応の結論をみました。

まだ経緯について情報が錯綜しており、場合によっては買収提案が再燃する可能性もありますので、「焦土作戦」とまで評された Yahoo! の戦略を含め、評価を下すのはまだ早いでしょう。

ただ、今回の騒動で Google が漁夫の利を得たのは間違いないようで、米国における700MHz無線周波数帯のオークションもそうですが、最近は単なるギーク集団ではない政治的な立ち回りの巧さが目立ちます。

今回の騒動をシリコンバレーの側から見た意見として、海部美知さんの「バルマーの誤算 - 嫌われ者の思考回路」が分かりやすいですが、「悪の帝国」(あくまで括弧付きの、ですので誤解なきよう)マイクロソフトが、栄華の影で失っていたものの大きさについて考えてしまいます。

マイクロソフトが Yahoo! に買収提案を仕掛けた理由として Google の脅威があるのは言うまでもありません。マイクロソフトから Google に受け継がれる覇権の座、そしてなぜ Google はマイクロソフトほど嫌われないのかを考える上で、ニコラス・G・カーが Is Office the new Netscape? というすこぶる面白いエントリを書いているので紹介したいと思います。

カーがまず挙げるのは、「競争相手の製品を形を変え、自社製品の機能にしてしまう」マイクロソフトの長年の戦略です。その最も有名な被害者が、Internet Explorer ブラウザを Windows OS に統合されたためブラウザ戦争に敗れた Netscape です。

その効果的、かつ論議を呼ぶ戦略を Google が個人用アプリケーションの分野で行っているとカーは指摘します。ただそこには Google なりの捻りがあり、Google のアプリケーションはその検索機能と連携するだけでなく、他社、特に大手の IT ベンダの製品に組み込むことができます。

それが例えば先月発表された Salesforce との提携であり、何より奇しくもマイクロソフトの買収断念と時を同じく発表された IBM との提携強化です。これにより、Google は直接アプリケーションを売り込む労を取ることなくエンタープライズ分野に入り込めるわけです。

ここでカーは書きます。「Google の有利さは、ウェブベースの Office でマイクロソフトに先行しているだけではない。それだけならマイクロソフトも直に追いつける。Google の一番の有利さは、Google がマイクロソフトでないことだ――」。

失礼ながら、ワタシはここで爆笑してしまったのですが、要は Google の提携戦略は、既存の IT ベンダにとって、目をつけられれば存亡の危機になりかねかったマイクロソフトの攻撃的なやり方とは違うということです。

そしてその Google と IT ベンダの提携が、マイクロソフトの Office 製品の支配的な立場を崩すとカーは予想します。ここで「 Is Office the new Netscape ? 」というタイトルの意味が分かるわけですが、Google の個人の生産性を向上するアプリケーションが「クラウド」で無料ないし安価で提供されることで、マイクロソフトの Office 製品のビジネスモデルが崩れてしまうというのです。「もちろん消費者が Office を使わなくなるというわけではない。しかし、たとえマイクロソフトがウェブ向け Office の競争に勝ち、この分野でもトップになろうとも、かつての極めて高い収益性は望めなくなる――」。

提携発表の場でのマーク・ベニオフ Salesforce CEO の「敵の敵は味方だ。だから、Google とは親友になれる」という言葉は、海部美知さんも書くシリコンバレーのマイクロソフトに対する空気をよくあらわしています。しかし、このままマイクロソフトが手をこまねいている間にクラウド・コンピューティング分野も Google が押さえることで、名実ともに Google が「悪の帝国2.0」になる危険性も考えねばならないのではないでしょうか。

実際、ニコラス・カーの文章は、以下のように終わります。

当然ながら、IT ベンダ、特に IBM が Google アプリを推奨するのは、長い目で見ればリスクもある。メッセージングやコラボレーションに関し安価なウェブアプリに移行するのは、マイクロソフトの Office フランチャイズだけでなく、IBM の Notes フランチャイズの脅威にもなるのだから。それに「敵の敵は味方」と言うが、私の記憶が確かなら、これはかつて合衆国政府がサダム・フセインについて言った言葉でもある。
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プロフィール

1973年生まれ。 ウェブサイトにおいて雑文書き、翻訳者として活動中。その鋭い視点での良質な論評に定評がある。訳書に『デジタル音楽の行方』、『Wiki Way』、『ウェブログ・ハンドブック』がある。

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