今こそ邦訳が待たれる『Founders At Work』
2008年10月29日
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もうすぐ10月も終わりですが、この2008年10月は、「21世紀世界恐慌が始まった月」として後世の教科書に載るのでしょうか。
それは大げさとしても、世界的な経済危機が叫ばれ、その影響は当然ながら IT 産業にも及んでいます。WIRED VISION にも「IT企業のレイオフ状況と、「Web2.0型無料経済は消滅」予測」という記事が載りましたが、リアルタイムなレイオフ状況表には気が滅入るものがあります。
少し前から R25 で「「Web2.0」ビジネスって結局、ぜんぜん儲からないの?」や NewsWeek で「やっぱりバブルだった「ウェブ2.0」」といった記事が出ていますが、アンドリュー・キーンでなくとも、Web 2.0 って結局ビジネスにならないのではという声が出てくるのも仕方ないでしょう。
今になってみればティム・オライリーが来ないからと Web 2.0 Expo Tokyo 2008 がキャンセルされたのも示唆的ですが、そのオライリーが Web 2.0 とクラウドコンピューティングを論じたエントリに、ニコラス・G・カーが反論して見事な好敵手ぶりを発揮していて面白いので詳しく論じたいところですが、残念ながら時間切れ。
かつてマイクロソフトのドン・ドッジの「Web 2.0 とは二人の創業者が作る収益ゼロのウェブアプリと見つけたり」という文章に笑ってしまったものですが、広告収入モデルにかわるビジネスモデルを Web 2.0 スタートアップ(特に Facebook)が見つけられるかで評価は決まるのでしょう。個人的には、ビジネスモデルを確立できずに消えるスタートアップは多いにしろ、ユーザ参加型ウェブの流れがそのまま後退することはないと考えますが。
ただ恐慌までいくかはともかく長期の不景気になりそうというのが大方の見方のようで、そうなると当然ながらスタートアップへの風当たりも厳しくなるに違いありません。そんな中、ポール・グレアムは「景気が悪いときにスタートアップを始める理由」という彼らしい文章で、スタートアップの価値を決めるのは飽くまで創業者が誰であり、何をやるかということであって、経済状況の良し悪しで起業するかどうかを決めるのは間違っている、というこれまでの主張を貫いています。
そうは言ってもなぁ……と呟いてしまいますが、たまたま週末に株式会社はてなの近藤淳也社長の講演動画を見て、ポール・グレアムの文章と近いトーンを感じたのが興味深かったです。思えばはてなが産声をあげた2001年は、ドットコムバブルが弾けた後で、ウェブスタートアップを始めるのに適切な時期ではなかったかもしれません。近藤淳也さんも件の講演で立ち上げ当時の苦労話を語っていますが、例えばワタシがその当時彼の周辺にいたとして、「人力検索」のアイデアを聞いて彼に賛同したかは怪しいものです。「そんなん失敗するに決まってる」と鼻で笑ったかもしれません。
おそらく近藤淳也さんは、「今が起業に良いタイミングか」、「景気が良くなるのを待ったほうが」とはほとんど考えなかったでしょう。世間知らずだったことが結果的に功を奏したという穿った見方もできますが、基本的にはこの講演の最後で語るように「どうせやれるのは、今日一日でやれることだけ」とやれることをやり抜いた結果なのです。はてなが提供するサービスへの現在の評価はまったく別として、その継続の意志には敬意を払わずにはいられません。
ただ闇雲に若者を起業に駆り立てるのは無責任というもので、先人の知恵やノウハウの蓄積を活かしたほうがよいに決まってます。そうした意味でポール・グレアムらと Y Combinator を共同で創業した(現在はポール・グレアム夫人でもある)ジェシカ・リビングストンの『Founders At Work』は、今こそ日本語訳が刊行されるべき本だとしつこく繰り返しておきます。
この本が良いのは、スティーブ・ウォズニックやミッチ・ケイパーといったパーソナルコンピュータ黎明期の偉人に始まり、Web 2.0 の代表的サービスの創業者にいたるまで幅広い人選もさることながら、その人選が単なる自慢大会にならないよう配慮されており、IPO を果たしたところ、大手に買収されたところ、独立独歩でやっているところ、失敗に終わったところなどその点でも多彩です。
ワタシがS社から依頼されて原書の一部を読ませてもらったのが刊行前の2006年の11月で、もう2年近く前になります。2006年末に10社競合のすえ某社が版権を獲得したそうですが、それから待てども暮らせども邦訳が出る気配がありません。
そうこうしているうちに原書はペーパーバック版が刊行されており(Y Combinator 創業者としてのポール・グレアムへのインタビューが追加収録されてます)、某社は何やっとんじゃ! と叫びたくなります。今でも刊行する価値は十分にある本だと思いますし、何よりこれから起業する若人たちに有益な本だと思うのですが一体どうなっているのでしょう。
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