折り畳み自転車を畳んだことはありますか
2008年10月24日
(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら)
前回、自転車の重量について考察したが、あえてあまり触れなかったことがある。自転車というものは、持って運ぶにはかなりかさばるのだ。
通常の大人用自転車はJIS規格でいう26〜27型のタイヤを装着している。直径は67〜70cm程度だ。そんなタイヤが2つ、フレーム、フレームと直行する幅50〜60cmのハンドル、ペダルにクランク、チェーンにギア――こんな構成は、持ち上げるにしても人体にぴったりとはフィットしない。自転車に乗らず、自転車を持ち歩くのは、かなりの難事だ。パンクした自転車を押して歩いたことがある人は、実感をもって理解できるだろう。
自転車を電車で持ち歩く時は、輪行バッグという持ち運び専用のバッグを利用する。前輪と後輪をはずし、チェーンがからまらないようにまとめ、ハンドルをフレームに沿うように横に向け、最後にバンドでまとめて輪行バッグにしまう。目的地についたら逆の手順で自転車を組み立てて走り出す……。かなりの手間である。休日に郊外でサイクリングを楽しもうと思う人以外は、こんなことはまっぴらごめんだろう。
自転車の発明以来、「自転車を持ち運びやすくする」ためにさまざまな工夫がされてきた。かさばる自転車を、持ち運ぶ時にはかさばらないようにするわけである。
一番簡単で誰でも思いつくのは、自転車においてもっとも大きな部品であるフレームを、分割可能にすることだろう。分割可能なフレームを持つ自転車のことをデモンターブルという。フレームの途中にカップリングを入れて、2分割可能にする設計だ。
有名どころでは、アレックス・モールトンが、この方式を採用している。アレックス・モールトンは、名車「ミニ」に採用されたラバーコーン・サスペンションの設計者、アレックス・モールトンが興した自転車ブランドだ。モールトンの自転車は、特徴的なトラス組みのフレームにばかり目が行きがちだが、持ち運びにも十分な目配りをされた設計となっている。タイヤが小さい理由は、主に空気抵抗を減らすためだが、これは持ち運びにも有利となっている。その上でモールトンのフレームは、アーレンキーという小さな工具ひとつで前後に分解できる仕組みになっている。当初の目的は、分解した自転車をミニのトランクにすっぽりおさめて、自動車+自転車で、機動性を向上させることだった。
「分割するなんて面倒だ」となると、フレームを何らかの手段で折り畳むことになる。折り畳み自転車だ。
調べてみると、折り畳み自転車のルーツは自転車そのものと同じぐらい古い。Folding Bike Historyというページによると、折り畳み自転車の試みは1880年頃から始まっている。
近代的なフレーム折り畳み機構を持つ折り畳み自転車は、1895年にフランス陸軍のジェラール大尉によって考案され、その後、第二次世界大戦で各国の空挺部隊が折り畳み自転車を実戦で使用し、折り畳み自転車は普及していった。最初に軍事利用があったわけだ。
第二次世界大戦後、世界中で民間向けに様々な折り畳み自転車が開発、販売されるようになる。自転車産業振興会のHPには、志村精機というメーカーが1950年に製造した折畳み自転車の写真が掲載されている。日本でも戦後すぐから折り畳み自転車の開発が始まっていたわけだ。
今や、様々な折り畳み自転車が、市場に出回っている。ブロンプトン、ダホン、ライズ&ミュラー、バイクフライデー、KHSといった定評あるブランド品から、ストライダのようなデザインを前面に押し出した製品、あるいは自動車メーカーの名前を借りたOEM品、さらには安いだけが取り柄の中国製もある。前回も取り上げた村山コーポレーションや、バイク技術研究所のような国産ベンチャーの製品も存在する。百花繚乱といってよい状況だ。
実際、街に出てそこここを走る自転車を観察すると、意外なぐらいに折り畳み自転車に乗っている人が多いことに気が付く。自転車専門店で聞いてみると「しまうのに便利」「自動車に積むことができるから」「なにかあったらば小さくできる」といった理由で、折り畳み自転車を求める人が多いそうだ。
が、ここでそんな折り畳み自転車ユーザーに質問だ。「あなたは、自分の折り畳み自転車を畳んだことがありますか?」
路上で折り畳み自転車を観察すると、折り畳み機構の付近にサビを出している車両が非常に多い。つまり折り畳み機構を動かしていないということであり、ほとんど畳んだことがない証拠である。私が見る限り、「なにかの時に便利」と折り畳み自転車を買ったはいいが、折り畳み機構を使い込んでいる人は意外なぐらいに少ない。普通の、ちょっと小さな自転車として使っている人が大多数である。
このような使い方をしていると、折り畳み自転車のデメリットばかりが目立つことになる。
まず、折り畳み自転車は、折り畳み機構を持つせいで、車両の剛性を確保しにくい。本来一体であるべきフレームに蝶番をいれて畳むのだから当然だ。また、余分な機構が入る分、重くもなる。当然、機構の分だけ折り畳まない自転車よりもコスト高になる。折り畳み自転車を畳みもせずに使っている人は、余計なお金を払って性能の低い自転車を買っているに等しいのだ。
上で紹介した各社の製品ならば性能的なハンデを感じることはほとんどない。折り畳み自転車に必要な高い工作精度を確保しているからだ。もちろん値段も相応に高い。
しかし、ディスカウントショップで販売している低価格の折り畳み自転車は、まず間違いなく同価格帯の通常の自転車と比べると、乗り味が劣っていると考えてよい。
「なんとなく便利」という漠然とした理由や、「自動車に積めたら便利」「畳めればしまう時にかさばらない」といった「たら、れば」の願望で、折り畳み自転車を購入することは、賢い買い物ではない。道具は目的別に使い分ける必要がある。折り畳み自転車は、折り畳み機能が絶対に必要な場合にのみ、適正なコストパフォーマンスを発揮するのである。
さて、本稿の目的である「現在の交通機関に存在する穴を埋めるもの」として、折り畳み自転車や分割式自転車を考えると、どのような条件を満たしていることが必要だろうか。
まず軽いこと。これは絶対条件である。ここまでの考察からすると10kg以下、可能ならば5kg台にまで落とし込みたいところである。
次に畳みやすく、広げやすいこと。そして畳んだときかさばらず、可能な限りコンパクトにまとまること。また、畳んだときに余分な突起などが存在しないことも必要だ。公共交通機関に持ちこむのだから、他人に迷惑をかけるわけにはいかない。
その上で通常の自転車と遜色ない走行性能を発揮できることが望ましい。走行中の安全が十分に確保され、故障しにくいことも条件だ。もちろん、値段は安いに越したことはない。
これははっきりいってないものねだりだ。軽量化を進めればコストが急上昇するのは、前回見たとおりである。そして、折り畳み機構を組み込む以上、走行性能はどこかで妥協を余儀なくされるものである。
このままでは考察が進まない。だから、条件を緩めてやることにする。
「安いに越したことはない」という条件を緩めるのが一番現実的だろう。工業生産品は何であれ、最初の試作品や、少量生産品である間は高く付くものだ。人々に受け入れられ、大量生産が可能になると劇的に価格は低下する。9800円のディスカウント自転車を当たり前と思っている人は「なんでそんなに高いものを!」と思ったとしても、例えば自転車愛好家ならば喜んで支出するような価格…だいたいではあるが1台50万円から100万円あたりを上限として、いったいどのような可能性があるかを考察していくことにしよう。
実はすでに様々な試みがなされている。そしてそのうちのいくつかは、本稿が目指す「現在の交通機関に存在する穴を埋める」という目的にかなり良い線まで来ていたりする。
松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」
過去の記事
- 電動モーターで変わるもの――社会に自動車を作る自由を2011年5月19日
- 折り畳み自転車を買おう2011年4月28日
- "ツボグルマ"の理想と現実2010年12月20日
- 大きくなる自動車2010年11月19日
- 自動車の社会的費用を巡る基本的な構図2010年10月21日