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藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」

コンサルタントとしての豊富な経験をもとに、ITビジネスの最先端の動向を、根本から捉え直す。

第15回 グーグル分割論が出る日はあるか

2007年12月14日

:プラットフォーム企業としてのグーグル(3)

(これまでの藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」はこちら

今回も続きなので、図表は一回目を参照いただきたい(修正が入りました)。

グーグルねたで3回ぐらい書こうと思っていたが、やはりこの世界、書いているそばから状況が変わる。早速一回目で言及したインフラレイヤーについては捕捉する必要が出てきた。インフラレイヤーについて世界有数データセンターであることを中心に記述したが、通信事業者としてインフラを所有することを選択し始めている。来年早々に米国では、デジタル化で周波数が空いた米国全土でサービスできる700MHz帯の携帯電話向けの周波数をオークション方式で入札するが、グーグルはそれに参加を表明した。最低入札価格は5000億円を越えており、4年以内に免許地域人口の4割をカバーする必要もあるという条件もついており、ついに通信事業者として垂直統合のモデルを実現することになる。この通信事業は広告ビジネスのためのプラットフォームと呼ぶには企業からすると重い投資と責任を負うわけで、少なくとも米国内においてはこれまでと異なる戦略と言えるだろう。

■E)個人行動情報管理プラットフォーム

従来の広告はメディア内容と広告クリエイティブのマッチングであったが、グーグルの広告効果が高いのも個人の行動情報(現在は主に検索キーワード)に基づいた最適な広告を出しているからである。今後は位置情報(サンフランシスコで計画していた無線LANではどの場所からの検索かに応じて検索結果を変える実験を計画していた)も付加したり、過去の検索履歴やGoogleAppsのアプリケーションの利用状況に応じて個人毎に検索結果が変わり、出てくる広告も変わるということを進めてくるだろう(行動情報マーケティングに関しては連載第4回を参照)。

ただしこのプラットフォームは多くの国のプライバシー保護の考え方とぶつかる部分でもあり、すでにEUではクッキーデータの保存期間などでグーグルが様々な対応をし始めているが、下位レイヤーの個人情報を集めることができるアプリケーションが広がれば広がるほどでの利用と上位レイヤーでの広告での利用をどのようにするかが慎重な対応が求められる部分である。

■F)広告マッチングプラットフォーム

そうした新しい動きがあるものの、現在1兆円を越えるグーグルのビジネスモデルの中心はAdWordsと呼ばれるコンテンツと広告をマッチングさせる仕組みである。広告を出したい人はこの広告取引プラットフォーム上で入札を行う。また他のサイトでもAdWordsと同様に広告ビジネスを利用できるAdSenseは広告取引プラットフォームの機能を他のサイトにもSaaS形式で提供している形態と言えるだろう。これまでの広告ビジネスでは以下のようなプロセスが必要であり、日本市場では多くを広告代理店がメディア側と広告主側双方の代理業として請け負うことでビジネスを成立させてきた。

・ 営業
・ メディアプランニング
・ 価格交渉
・ 在庫管理
・ 権利処理
・ 広告のマッチング
・ 配信
・ 効果測定
・ 決済

しかし、これらに必要なフィーは媒体費の15%程度を手数料として受け取るというモデルに集約されていたため、必然的に高い単価の媒体費である希少価値であるテレビを扱える大手が中心にメディアプランを展開し、単価の小さい媒体は中小の代理店が担当するという住み分けがこれまでの状況であった。しかし、グーグルの広告プラットフォームはまずWeb上でのテキスト広告において多くの機能のネット上で自動で行う仕組みを提供し、価格もオークション方式で透明性の高いものにした。また効果測定もリアルタイムでWeb上で確認できるため、企業のマーケティング担当者は自分の机の上で広告のROI測定を行うことが可能になった。

この透明性が高くオープンな取引市場のモデルを、グーグルは既存のマスメディアにも応用しようとしている。現在では新聞、ラジオ、テレビの広告取引のマーケットプレイスを運営しており、雑誌も実験は行い、オンラインゲーム上での広告にも関心を示している。こうしたオフラインのマスメディアも含め、世の中の広告スペースをリアルタイムに取引できることは広告主からするとありがたいことであるが、一方でグーグルが抱える問題としてはこの取引プラットフォームはあらゆるメディアからオープンで中立的な存在を求められるということである。まさにグーグル自身がIPOの際に証券取引の慣行を破壊するようなオークション入札方式で株式を発行したが、グーグルが現在進めている広告取引プラットフォームはまさに証券取引所を自分で運営しているようなもので、あらゆる発行企業や証券会社に対してオープンで中立な存在であることを求められる。

そしてこれまではメディアと広告だけをマッチングすればよいだけであった状況から(E)個人行動情報管理プラットフォームで集めた行動情報に基づいたマッチングを行うメディアとしての存在を高めることで、強力な行動情報集積メディアとしての力と広告プラットフォーム運営企業としての力が相互に強者同士の連合体であると判断される恐れが大きくなる。

こうした強大なプラットフォームはマイクロソフトの例にもあるように公正競争の観点から各国の行政指導の対象になり、メディアとしてのグーグルと広告取引プラットフォームとしてのグーグルは切り離す圧力が公正競争の考え方から出てくることも予想される。さらにここのところの通信事業者としてのグーグルの立場も出てくることで「グーグル分割論」が議論される日はそれほど遠く無いかも知れない。


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プロフィール

D4DR株式会社代表取締役社長。コンサルタント。野村総合研究所で多くの企業のネットビジネス参入の支援コンサルティングを実施。マルチメディアグランプリ、オンラインショッピング大賞などの審査員。経済産業省産業構造審議会情報経済分科会委員。青山学院大学大学院エグゼクティブ MBA 非常勤講師。