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藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」

コンサルタントとしての豊富な経験をもとに、ITビジネスの最先端の動向を、根本から捉え直す。

第16回 公と私の新しい関係を模索する時代へ

2008年1月11日

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2008年は環境問題がさらに世界的なキーワードになることは間違いなさそうである。地球環境問題を捉える時には個人の利害と全体の利害の相反という問題に我々は直面することになる。個人の豊かさの追求の総和が地球環境を破壊してきたため、個人の豊かさの追求に制限をかけてでも、社会全体の利益を守ることが求められる社会に突入しようとしている。

それは先進資本主義国が信じてきた、全員が個人の豊かさを追求することで社会が発展するという考え方に大きなノーを突きつけることになり、企業の行動に対してもアメリカ型資本主義の株主一人一人の利益の最大化こそが絶対であるという考え方から、社会利益の追求を考えることを企業に求めるということへの急激な変化が起きている。そういう意味でも「公(パブリック)」という概念をあらためて考える時期に来ているのだろう。

近年都会では公共の場といっても無関心な個人の集まりであり、公共を意識する必要は非常に少なくなっていた。さらに我が国では「公 = 官」という考え方が長らく支配的であり、公的なことは官庁や役所や政治家などのお上が考えるか、もしくはNPO団体がボランティア的に活動するものというのが一般的であったと言えるだろう。

しかし、ITは公的な空間や物を再度身近なものにしてきている。例えば2chの掲示板に書き込むという行為は公共の場に情報をさらすという行為であり、極めて私的な情報を容易に公的な情報に転換できることに多くの人が快感を覚え、過激な書き込みや第三者への攻撃など公共であるが故の問題も多数顕在化している。別の形で昨年ブレークしたニコニコ動画の成功はコンテンツを一個人で楽しむという欲求とは別に、コンテンツの2次利用に参加することで新しい価値を創造し、それを多くの人々で共有することで生まれる新しい快感の欲求を顕在化したことにあるとも言えるだろう。

Linuxをはじめとするオープンソースも公共財を多くの人が参加する形で構築するプロセスとして定着している。創り上げられたものはビジネスの世界でどんどん利用されており、税金で公共財を作りビジネスで活用するというモデルではなく、民間が公共財を作り、民間がビジネスで活用するというモデルを具現化している。この仕組みで大成功している企業のひとつが前回まで分析したグーグルであり、最大の発明は人々が無償で容易に利用できる情報の「公共財」を増やせば増やすほど広告スペースが増大し、ビジネスの成長に寄与するということを発見したことである。世界中の地図データから著作権の切れた図書館に存在する膨大な文献を全て公共財として無償で提供することを一民間企業で実現したことはまさに偉大である。

以前に言及した所有から使用という考え方(車を持たない若者達の背景:所有価値から使用価値へ)も公の世界の拡張であると言えるだろう。カーシェアリングはクルマの私的所有から公的共有という世界への転換であり、社会で共有するという概念は私的所有を前提にしていた費用の回収モデルにも利用価値分だけの回収という新しいビジネスチャンスのヒントをもたらしてくれている。今後多くの製造物がリサイクルを前提に考えられれば、公共の資源を利用して作られた製品は自分がたまたま一時的に所有しているに過ぎないという考え方をもたらすかもしれない。

これはあらゆるものが社会の共有物であるということで、やや過激に例えると新しい共産主義的な思想と言えるかも知れない。かつての共産主義が資本の再配分ということで一部の富を独占する資本家と対立したが、現在のITは情報と物質を紐づけることを可能にし、物質そのものの共有というよりは、その物質の情報価値の共有であり、個人個人の知識情報も共有化することで価値を高めていくということになるだろう。

そこで現在多くの課題を抱える著作権も個人の権利と社会全体の価値の対立を引き起こしている意味でこの視点からも議論が可能であろう。社会全体の価値の最大化を優先させることで個人の価値が高まるという思想のもとに著作権を再定義することは、まず社会に情報が流通することを著作権が妨げてはいけないという発想になるかも知れない。

同様の事例として個人情報保護法も存在する。個人のプライバシーの権利と公的に共有される情報のバランスの悪さが学校のPTAが生徒の名簿も作れないという矛盾点を引き起こしていると言えるだろう。社会的に優先される公的な情報利用と個人の権利としてのプライバシーを守ることのバランスの再配置は必要であろう。従来の公は国家であり、国家にプライバシーを侵害されるという時代と自分たちがコミュニティとしての公を持つ時代との違いは認識されるべき段階なのではないだろうか。

こうして考えていけば税金という公のファイナンスモデルは新しい公により様々な多様なモデルを生み出すことになるだろう。ITインフラも税金か市場原理かの選択だけではなく、必要な人達が共同で負担し、構築していくモデルもあるだろう。FONがWiFiネットワークを個人の参加で構築しているが、こうしたモデルもその変形と言えるだろう。これまでの官は集めた税金を特定の人達が用途を決めていたが、必要な投資のために必要な人達が集まりギャザリングするという仕組みはITが容易にしている。必要な時に必要な物を必要な人達でまかなうオンデマンドな新しい税金のモデルも新しい公の考えには必要になるだろう。

小泉改革が公から民間への大きな転換を打ち出したことで、公と民という2つの対立軸が目立っていたが、民間企業が公を積極的にマネジメントすることで、市場原理のビジネスでも競争優位に持ち込むという戦略が可能になり、今後の企業戦略の重要なポイントになるのではないかと筆者は考えている。生活者が個人の所有欲よりも公としての場やコミュニティに参加することや貢献するということへの欲望がますます高まることは大きなビジネスチャンスである。そもそも企業は存在そのものが公的なものであるとすれば、公を内在している存在でもあるわけで、資本主義における株式会社の再定義が必要な段階に来ているとも言えるのかもしれない。


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プロフィール

D4DR株式会社代表取締役社長。コンサルタント。野村総合研究所で多くの企業のネットビジネス参入の支援コンサルティングを実施。マルチメディアグランプリ、オンラインショッピング大賞などの審査員。経済産業省産業構造審議会情報経済分科会委員。青山学院大学大学院エグゼクティブ MBA 非常勤講師。