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藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」

コンサルタントとしての豊富な経験をもとに、ITビジネスの最先端の動向を、根本から捉え直す。

最終回 総集編:ITが促す社会変革5つのキーワード

2008年5月 2日

(これまでの藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」はこちら

この連載も今回で最終回を迎える。最後はこれまでのこのコラムで書いてきたことをまとめた総集編として、今後5年先を睨んだビジネスにおいて大きなインパクトをもたらすであろうITが促す社会変革について大きく5つの方向性で整理してみた。

1. 多重人格社会の到来
一人の人間が複数の人格をネットワーク上で持つことが進み、マルチパーソナル化が進むと考えられる。インターネットのサイバースペース上におけるSNSなどのコミュニティやセカンドライフなどのメタバースなど、それぞれに違う価値観の自分と人間関係が構築され、異なる人格を持てるようになりつつある。ビジネスも複数の組織やプロジェクトに属する働き方をする人が増えるだろう。

一方で企業のマーケティング側から見たときには一人の人間の中の最適な人格に対してターゲティングすることができるようになり、マルチパーソナリティに対応した従来のデモグラフィックとは異なるマーケティングに変化する。

実際に複数のID管理を容易にすることと、個人情報とIDの切り離しが重要になり、IDマネージメントを行う代行業の登場やそれを支える制度設計も必要になり、個人情報保護法も変化することになるだろう。

2. 動的価格社会の到来
物やサービスの価格は一物多価になり、常にリアルタイムで動的に決定されるものになるだろう。一番大きいのは携帯電話による移動中のリアルタイムなコミュニケーションが可能になることであり、携帯電話と連動する形でのデジタルサイネージ、電子マネーなどの普及により一人一人に対して時間と場所に応じて商品の価格提示や値引きがダイナミックに可能になりつつある。

これに在庫状況の把握がリアルタイムにできることとあわせ、これまでの価格の概念はますますオープンプライス化し、目安の価格はあるが、企業は商品やサービスの価格を動的に変化させ需給バランスの最適化をはかるようになるだろう。店舗の座席など稼働率が重要なところも価格の調整で稼働率を高めることができるようになる。

現在でもオークションによる商品の購入の普及や、一部の電気量販店では顧客からネット上での価格情報をベースに交渉することで日々リアルタイムで価格が変わるケースが増えている。またCRMとの連動はリピート客と一元客に対して値引率などで価格が異なることも多く見られ、IT化がこうした萌芽を一気に加速させることになるだろう。新しいタイプの自動販売機の登場も予想される。

一方逆に価格に対する信用や情報開示も差別化として重要なポイントになることが予想され、究極的には仕入れ価格など全て情報をオープンに提示することで、価格への信頼感を作るようなアプローチも増えてくるだろう。動的価格戦略は新しいマーケティングの柱のひとつとなる。

3. 所有価値から使用価値社会へ
現代の消費は所有から使用することの価値へと大きく変わりつつある。音楽もCDが無いと不安だとかジャケットがという議論はあったものの急速にデジタルコンテンツでの流通が基本になる流れが止まらない。

デジタルコンテンツの場合は逆に自分のPCなどに所有することがリスクであり、ネット上でのサーバー上での保存も増え、ますます所有感覚は薄れる方向である。自動車もカーシェアリングが普及のきざしをみせはじめ、環境意識の高まりもますます使い捨て消費を否定しつつあることから、メーカー側も回収を意識した仕組みを整えつつある。トラブル時の製品回収義務が法的に課せられることもあり、リサイクルで最終的には回収し、レアメタルなどの素材を再利用する流れの中では、すでに現在の商品ですらメーカーが一時的に利用権をユーザーに渡しているだけの状態も増えるだろう。

その場合はトレーサビリティ技術が重要になり、常にネットワークと何かしらの形で接続されたり、認識される商品が急速に増加するであろう。オークションや共同利用、物物交換など個人間での利用の効率化もますます進むだろう。逆に所有欲は自分の趣味のこだわりの物中心にフォーカスされることになると思われる。リースなどの金融の仕組みもこうした動きにあわせて小口で小回りの効くものが登場することになるだろう。

4. 知識流通産業の台頭
ようやく情報の流通価値をビジネスにする企業群が増えるだろう。これまでIT社会だとか情報化社会だとか言われてきたものの、工業化社会の大企業の非効率な業務やサービス業の単純作業の代替などがITの活躍の主戦場であり、所詮は「工業化社会の情報化」であったと言える。

しかしようやく、知識やコンテンツやメタ情報などを付加価値として流通させることで経済価値を高めることを可能にする状況が訪れている。グーグルやアマゾン、セールスフォースのような知識流通のための大規模なプラットフォーマはその上で細かいニーズを拾うマイクロビジネスの存在を可能にした。アフリエイトやQ&Aサイトなどですでに小銭を稼いでいる人は膨大な数にのぼりつつある。

ハードウェアも安くて性能がよいだけでは売れない。知識流通の仕組みに中にいかにうまく組み込まれ、消費者の支持というブランド価値としてもよい知識情報として広く流通することが重要になる。iPodは製造業と知識流通産業との新しい関係を示したことになった。日本企業が国際展開する上ではプラットフォーマとの関係性構築と自ら国際競争力のあるプラットフォーマになる戦略とどちらかについて早急にてがける必要があるところに来ている。

5.ガジェット大国日本
最後は4でもちらっと触れているがITガラパゴス現象について筆者の考えを述べたい。これまでの連載でもあまり触れてこなかったが、筆者はそれほど悲観する必要は無いと考えている。ダメだダメだと言われているが、そこまで自信を失う必要が無いのではと考える。

これまではPCの世界、携帯も新興国など主戦場はまだSMS程度の2Gが中心の世界で敗北が続いただけのことである。デジタル革命で言えば過渡期の時代であったと言えるだろう。小型軽量で高速ネット接続され、高性能ディスプレイで耐久性が重要で、利用シーン毎にハードウェアに配慮がいるというNonPC時代に世界はいよいよ本格突入しようとしている。この状況こそが日本のガジェット力が世界と勝負できる段階に来たのではないかと考える。

アナログ時代はよかったが今はデジタルだからという議論もあるが、今でもDVDレコーダ、デジカメやデジタルビデオカメラ、ゲーム機器などでは日本製品は世界で非常に高いシェアである。これは見事なデジタル機器である。そもそもデジタル機器の部品では世界トップクラスの商品はやまのように存在する。

規格競争が落ち着き、改良によるハードウェアとしての高い付加価値を求められる競争状況になった時には再び日本企業の活躍の土壌は拡大することになるだろう。家庭の中にNonPCが多数存在し、携帯が3Gから3.9、4Gへと向かう中ではメイドインジャパンのチャンスは十分に存在する。問題はその時まで経営が持ちこたえられるかということの方なのかも知れないが。かつて自動車企業が世界に何百もあった時代があった。その時は日本メーカーがとても弱かった。自動車産業が成熟し、細かい配慮こそが競争力になっているこのタイミングこそトヨタが世界一になっているという事実は重要であろう。

これまで連載を読んでくれた方々どうもありがとうございました。引き続き何かしらの形で情報発信をしたいと考えておりますので今後ともどうぞよろしくお願いします。

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プロフィール

D4DR株式会社代表取締役社長。コンサルタント。野村総合研究所で多くの企業のネットビジネス参入の支援コンサルティングを実施。マルチメディアグランプリ、オンラインショッピング大賞などの審査員。経済産業省産業構造審議会情報経済分科会委員。青山学院大学大学院エグゼクティブ MBA 非常勤講師。