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藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」

コンサルタントとしての豊富な経験をもとに、ITビジネスの最先端の動向を、根本から捉え直す。

第19回 あなたの会社は仕事中にはてブを使えますか?(続編)──ITサービス業界の未来

2008年3月 6日

(これまでの藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」はこちら

前回のエントリーに対して大変多くの反応をいただいたので、続編ということで少し話を広げてみたい。前回は「はてブ」のようにITサービス業界に関わる人が多く利用していると見られるオープンな共有ツールを、セキュリティ・コンプライアンス強化の流れの中で利用できなくしている企業が大企業を中心に増えている状況に問題が多いのではないかという問題意識の提供をさせていただいた。

■ITサービス業界の構造改革の必要性
まずマクロ的な議論から入ると、大前提として日本のITサービス産業の競争力をどこに持っていくべきかという議論があると筆者は考えている。現在日本のITサービス産業をとりまく環境は厳しい。確かに目の前に仕事はたくさんあるが、顧客からの要求はますます厳しくなり、スピーディに高い品質のものを低コストで求めらる中で、まだまだ力業の残るSIのビジネスは利益が出にくい構造になってきており、インドや中国、ベトナムなどオフショアの低コストでかつ優秀な人材を活用することが必須になりつつある。

一方で職種としてのSEは新3K仕事(きつい、厳しい、帰れない)というイメージが定着しつつあり、学生の就職の中では人気が非常に下がっているという。現実の現場でデスマーチ状態になることはごく一部なのだろうが、そういう状況は目立つし、何よりも先進的なイノベーションを起こす業界として、やりがいを感じることが減っていることも新3kと呼ばれてしまう状況の大きな要因なのではないだろうか。人月が売上の基準になっており、多重下請け構造の中で仕事をすれば、当然人事評価やスキルアップなどもいびつな形になり、モチベーションも下がる。明らかに現状と異なる働き方を志向する時期に来ているのだろう。

一方でソフトウェアがようやく部品としても機能しつつあり、ユーティリティコンピューティングのようにリソースそのものは独立した資源として入手可能になりつつある。システムを構築することそのものが特殊な技能の世界ではなくなりつつあることは、大量の要員を常に毎年のIT予算でSI会社に抑えておいてもらう必要性を減らしていくことになるだろう。

これからの企業は情報システムそのものが業務そのものになるわけであり、顧客や取引先そのものがネットワークの先にいる状況の中ではSI会社も専用システムの構築提案だけしていればよかった時代は確実に終焉を迎えることになる。ITがコモディティ化し、特別なものでなくなる方向に向かう以上、顧客の業務の理解や改善、競争戦略提案などの上流工程から、業界全体の効率化のための社会プラットフォームの構築や提供などSIから真のITサービス産業へとシフトしていく必要がある。

そのためにはこれまで大規模化するシステムのために大量に必要だと言われてきた必要なことだけこなすSE人材から創造的な業務へのシフトも必須である。ITに携わる人々が技術情報やマーケットの状況など広く知識を把握することは重要であり、業務として、個人としてインターネット上の情報へのアクセスも必須であると考えられる。ITサービス産業に従事する人々が未来のイノベーションを作るわくわくする仕事になることで学生の時から志望する人材も増え、業界全体のレベルアップも図られることを期待したい。

■広めて欲しい裁量労働制

前回「はてブが仕事上本当に必要か」というところでも様々な議論もいただいた。仕事のスタイルについては職種によって望ましい方法論がいろいろあるとは思うが、筆者はマクロ的にはそうした創発をミッションとする職業の比率を増やす必要があると考え、だからこそ自己責任・自己管理の裁量労働のスタイルの中で自由に外部のWebへのアクセス環境を提供することが望ましいと考えている。

時間を売るというスタイルから価値を売るというものに変化することが求められている以上、仮に様々な情報に接することで結果的に時間を無駄に浪費することがあったとしても最終的に価値を生み出すことで評価されることになればそれは本人の裁量の範囲である。現在の裁量労働制の制度的問題もあるが、時間ではなく結果で評価するという運用は企業の工夫で十分可能であると考えられる。

さらに言えばオフィスの機能などで集中して仕事をする場合は集中できる環境、創発が必要な場合は広く多くの人と議論ができる環境などオフィスのファシリティなどでもそうした選択肢が提供されていればさらに理想的だろう。現在のセキュリティ・コンプライアンス強化の流れがこうした考え方と逆行している動きとして筆者は気になっているわけであるが、大企業の中でも先日発表があったNTTデータのようにシンクライアント方式で在宅勤務を認めることにしたり、完全に2重のネットワーク構成にして、外へのアクセスを確保するメーカーが出てきたりなど、多様性を維持するための技術と運用ということでうまく現状の壁を乗り越えようという努力も一方では進められている。

■一人一人のエンジニアは業界全体の一員

グーグルにいる社員はグーグルが育てたわけではなく、自分の高いスキルを持って実現したいことを実現するためにグーグルに中途入社した人がほとんどであるという事実を再確認したい。ひとつの企業や業務でしか通用しないスキルを覚えさせ、外部と隔絶させることは、業界全体として望ましいことではないし、企業とエンジニア双方にとっても不幸なことである。今後はITの中でも組み込み系などが自動車分野やロボットなどと融合など業際化も進むことが予想される。幅広くナレッジが流通することで業界全体の底上げと日本の産業競争力を高めることに繋がるはずである。

エンジニア同士の交流や日頃からの情報共有は人材流動化がまだまだな日本でもまずは業界として推奨して押し進めることが必要であると考える。自社の管理都合だけでIT鎖国をして、社員を閉鎖的環境に押し込めることをなんとか避けてもらいたいとあらためて主張したい。

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プロフィール

D4DR株式会社代表取締役社長。コンサルタント。野村総合研究所で多くの企業のネットビジネス参入の支援コンサルティングを実施。マルチメディアグランプリ、オンラインショッピング大賞などの審査員。経済産業省産業構造審議会情報経済分科会委員。青山学院大学大学院エグゼクティブ MBA 非常勤講師。