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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

ヨーロッパの新環境政策「SCP」に注目せよ

2009年1月26日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

年の初めの2回、テーマは「主義」でした。今日とりあげる「SCP(Sustainable Consumption and Production)」は「主義」に比べるとやや小振りな「コンセプト」の例であります。

「コンセプト」についてニッポンとヨーロッパの人々は、それぞれ世界の両極にいるのではないか、とさえ感じたりします。もちろん、この観察は小生の限られた経験に基づくものです。新春セール以上にディスカウントしていただいたほうがいいかもしれませんが。

コンセプトを徹底的に議論するわけですね、あの人達。そして精緻化していく。机上の論が好き。しかるに日本の多くの人にとっては、机上の論=「机上の空論」。世界にも希に見るプラグマティックな思考。

CSRもそうだったでしょ。ヨーロッパってCSRをすごく精緻に、既存のコンセプトであるフィランソロピーとかコンプライアンスとか、そういったものとの線引きを明確にしながら、精巧に定義した。日本は融通無碍にCSRという言葉を使い回した。この辺にご関心の向きは「みんなCSRに飽き飽きしてる」、「オトナCSR相談室」の回をご参照ください。

新しい標語は好き。でもコンセプトを精密にしていくことは好まない。厳格に定義しようとしたりすると「言葉遊び」、「大切なのは行動」って。小生、この社会でコンセプトが突き詰められないのはもう国民性というか、仕方ないと諦観するしかないのかなと思います。

ただ、外国ではコンセプトを詰める人たちがいるという事実は知っておく必要があるかも。国際社会において理念やコンセプトは多様性の中に埋没せずに生き抜く手段、戦うための武器であります。政府間交渉のような場だけではなくビジネスの現場でも本質的に変わらないのではないかと思うのです。よって、そのようなものを持たずに外に出て行くことは、武器の使用を制限されて海外に送り出される自衛隊のようなもの。もちろん、我々シビリアンは負傷したりするような目には遭いませんが。相手にされずに終わるリスク大。

小生の交渉の仕事、一つ一つの事柄は技術的なことです。だけど、いや、むしろだからこそ、交渉に臨むに当たっては自分の通商に関する理念みたいなものを相手に伝えるように努力します。もっとも、どこまで成功しているか、あれなんで、偉そうなことは言えないのですが。努力だけは(笑)。いきなり細部の話を切り出すことは避けます。

このような存在としての「コンセプト」。欧州の環境政策の文脈に置くと、グローバルな影響力という意味が加わります。その典型例がIPP(Integrated Product Policy)ですよね。憶えておられますか? お忘れの向きは「ローカルな環境ルールが世界を規律する時」の回をのぞいてくださいね。

SCP(Sustainable Consumption and Production)、日本語では「持続可能な消費・生産」となります。ある意味でIPPの発展形とも言える環境政策コンセプトです。昨年7月欧州委員会から発表されたのですが、それまでに長く込み入った議論がEU加盟国や様々なステークホルダーを巻き込んでなされています。このプロセスは日本ではまず見られないし、そんなこと長々とやっていたら批判の対象にさえなりかねません。「まずは行動を」ってね。

SCPには「消費」という言葉が使われていることから明らかですが、製品の購入段階を対象に含めています。IPPはそこまで射程に入れていなかった。それから、これまで環境デザイン規制などの対象はエネルギーを消費する製品に一般に限られていたわけですが、SCPは「エネルギー関連製品」というカテゴリーを導入して窓や節水用品など、それ自体はエネルギーを消費しないけども、エネルギー消費に間接的な影響を与える製品にまで対象を拡げています。

IPPは環境政策の対象を工場などの生産現場から製品というモノそれ自体に拡大したわけですが、SCPはIPPよりも一段広いコンセプトになっています。

で、一旦念入りにコンセプトが形作られると、その後はコンセプトにしたがって押し止められない勢いで様々な具体的政策が提案されてくる、というのがEU環境政策の特徴です。今のところ次のような策が明らかにされています。

(1)新製品に対する政策
  • 将来的にエコデザイン指令の対象にエネルギー関連製品が加えられる。
  • 義務的ラベリングの範囲を拡大する。
  • エネルギー・環境パフォーマンスが一定のラベリング等級の製品のみ、各EU加盟国及びEUレベルでの公共調達の対象とする。
  • EUのエコラベルスキームの対象となる製品・サービスを拡大する。
  • 消費者団体、生産者団体のように、流通者団体を発足させる。

(2)スリム化された生産の促進
  • 資源効率性、環境上のイノベーションを促進・モニタリングするための目標等を策定する。新技術を評価する環境技術認証制度を創設する。
  • 欧州環境管理監査スキーム(EMAS)を改訂し、参加コストを削減し、EU外の組織も参加させることにより、特に中小企業を取り込む。

(3)国際的な持続可能な消費と生産
  • 国際的な気候交渉において産業界の合意を支援する。
  • 国際的にベストプラクティスの共有、促進を図る。
  • 環境にやさしい財・サービスの国際貿易を促進する。

(出所)http://www.eic.or.jp/news/?act=view&serial=18897&oversea=1

この「SCP」なる新コンセプトが一体どのような「ゲームのルール」を作り出していくのか、欧州の企業は強い関心を寄せています。

個人的に関心を寄せているもののひとつが「環境技術認証制度」の創設です。「信頼できる第三者によって新技術の環境性能や環境への潜在的インパクトを客観的に評価する『EU 環境技術認証制度』を創設する。」としています。世界中で様々な会社が様々な技術を環境に優しい技術と謳っているわけですが、もしかすると将来「本当に環境に優しい技術」をEUが決めていくことになるのかもしれない。

具体的な規制提案が出てきたら考える、というのでは遅すぎるかもしれません。SCM、注目する価値あると思います。将来のEUの環境政策が透けて見えてきます。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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