ゼロ年代をウェブに生きて
2009年12月10日
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早いもので2009年も残り一月を切っており、また今年でゼロ年代も終わりということです。個人的なことを書かせてもらうと、ワタシがウェブサイトを開設したのが1999年で、この10年間はかなりの部分をウェブでの活動に費やしたことになります。
それを虚しい時間の浪費とみなすこともできるでしょうし、実際その通りなのですが、ワタシ自身に関して言えば、文章を書く以上に上手にできることが特に思いつかない社会不適合者のため、オープンソースやら Wiki やらブログやらデジタル音楽配信やら、いろんなことに頭を突っ込む過程でうっかり自分の人生に何か価値があるのではと錯覚できたのは悪くない体験だったのかもしれません。
さて、当方の話はともかく、この10年を振り返る記事が目につくようになりました。ワタシが見た範囲で最も早かったのが ReadWriteWeb で、オンライン音楽の展開を振り返るエントリでは以下の4つのトピックが見出しになっています。
- Napster と Kazaa によるオンラインファイル共有
- iTunes + iPod によるデジタル音楽の商業化
- MySpace による音楽とソーシャルネットワークのつながり強化
- Pandora と last.fm によるオンライン音楽の新しい発見
これを見て唸ってしまうのは、日本においては後半の二つが未だ十分に実現されていないところです。この iPod + iTunes モデルの次に来る音楽の未来について論じた『デジタル音楽の行方』という本を訳した人間として、この現状を残念に思います。先日、Apple による音楽ストリーミングサービス Lala の買収が発表されましたが、日本の音楽産業が上記の流れからますます乖離する危惧を感じます。
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一方で、ReadWriteWeb のウェブがニュースメディアに与えた影響を振り返るエントリは「ニュースメディアの民主化」というタイトルですが、ブログという個人の発信手段が今では Huffington Post のような巨大メディアと並ぶ存在まで成熟化し、またブログの流行とともに RSS が情報のシンジケーション手段の標準となり、主流メディアもそれに追随せざるを得ずニュースは平準化し、そして Twitter によりウェブはますますリアルタイムなものになりメディアの民主化を進めている、という見立てになっています。
個人的にはトピックとして Wiki も加えてほしいところですが、それはともかくオンライン音楽編にしろニュースメディア編にしろ、ゼロ年代はインターネットが既存産業を破壊した10年だったと見る人も多いでしょう。レコード産業は言うまでもありませんし、前回電子書籍を取り上げましたが、書籍などまだマシなほうで、新聞と雑誌は相当に厳しい局面を迎えています。
この話題についてはニューズウィーク日本版11月18日号が面白かったですが、New York Times のデヴィッド・カーのコラムが現在のアメリカの雰囲気をよく伝えています。もっともこの著者が生き残り組に入ると踏んでる New York Times ですら、ネットに対する先進的な取り組みにも関わらず財政面の悪化が伝えられており予断を許さない状況で、まったく厳しいというよりほかありません。
デヴィッド・カーのコラムにも名前が出てくる、この Wired Vision の本家筋にあたるニュースサイト Wired News と雑誌 Wired Magazine の両方を所有する Condé Nast が Gourmet Magazine を廃刊するニュースを受け、Wikipedia 創始者のジミー・ウェールズは「雑誌は死んだか?」とぶちあげました。それは極端としても、彼の会社である Wikia とヒューレット・パッカードが手がける雑誌刊行支援サービス MagCloud など IT 企業が絡んだネットを前提とする試行錯誤は続くはずです。
また Condé Nast は、まだ発表もされていない Apple 社のタブレット機に来年対応することを発表して一部の失笑を買いましたが、アメリカの新聞、雑誌業界のタブレット機に対する期待は相当なもののようです。雑誌の iTunes Store 配信の話とあわせ、この分野でも Apple が鍵を握っているのは面白い話です。
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何か世知辛い話ばかり書いてしまいましたが、レコード産業の死は音楽産業の死ではないし、また雑誌や新聞の死がジャーナリズムの死とイコールではないということははっきり書いておかなくてはなりません。
この10年、インターネットの隆盛と反比例したレコード産業や雑誌、新聞産業の苦境をみるにつけワタシが思い出すのは、Cluetrain Manifesto(日本語版)です。このウェブサイトは後に書籍化されますが(邦訳は『これまでのビジネスのやり方は終わりだ―あなたの会社を絶滅恐竜にしない95の法則』)、その起草者であるデヴィッド・ワインバーガーやクリストファー・ロックの著作は当然として、ダン・ギルモア、ロバート・スコーブル、そしてデビッド・マーマン・スコットといった人たちの著作を読むたびに、Cluetrain Manifesto の強い影響を感じ、興味深く思ったものです。
「市場は対話である」という宣言に始まる Cluetrain Manifesto を今読み直すと、この10年にインターネット、特にウェブが大きな役割を果たして実現された個人のエンパワー、オープンなコラボレーション、メディアと視聴者(企業と顧客一般に拡げてもよいでしょう)のパワーバランスの変化を見事に予見していたことに気付きます。
今年 Cluetrain Manifesto は10周年記念版が出ましたが、おまんまの食い上げを恐れる人は皆、今一度「市場は対話である」という前提に立ち戻ってみるべきなのでしょう。
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