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yomoyomoの「情報共有の未来」

内外の最新動向をチェックしながら、情報共有によるコンテンツの未来を探る。

独立系ミュージシャンのサバイバルを助ける本物の漢

2008年6月11日

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ワタシが購読しているポッドキャストに Coverville というカバー曲専門ポッドキャストがあります。ワタシが Coverville を好きなのは、有名どころだけでなくウェブサイトで公開されているセミプロに属する人たちの音源までチョイスが幅広いというのがあります。

そうした音源をどのように見つけてくるのか、個人的にはそちらに興味があるのですが、最近 Coverville のウェブサイトを見ていて思うのは、iTunes Store へのリンクが増えたなということです。

iTS が米国最大の音楽小売店であることを考えれば不思議ではないのですが、最近ではメジャーに留まらずインディーズにも利用の広がりを特に感じます。今回はそれを支えているサービス「CD Baby」(下記サイト)を紹介します。

CD Baby

CD Baby は1997年にデレク・シバース(Derek Sivers)によって設立されたオンライン音楽ストアで、インディーズのミュージシャンやバンドの CD のネット販売を手がけてきました。名前のイメージがあり、ワタシは物理的な CD の販売しか手がけてないと勘違いしていたのですが、初期の頃から iTS(当時は iTMS)と提携しており、現在では CD Baby を介することで40以上のネット音楽配信サービスを利用できます。

その実績については jp.cdbaby.net を見ていただくとして、拙訳『デジタル音楽の行方』においても、個人としては異例の激賞を受けているのでその部分を引用しておきます。[1]

CD Babyを見るとよい。彼らはドットコム音楽企業の戦場における非常に数少ない生き残りの一つだが、(中略)インディーズのアーティストが自分達のCDやデジタルトラックをオンラインで販売する非常に簡単な手段を提供している。創立以来、CD Babyは音楽の売り上げによりアーティストに一千万ドル以上を支払っている。創始者であるデレク・シバースは本物の漢で、彼はアーティストのコミュニティと開かれたコミュニケーションを行なうという素晴らしい仕事をしている。

ワタシがデレク・シバースのことを知ったのは、O'Reilly のブログで彼の文章を読み、「プログラミングはソングライティングに似ている」として翻訳したのが最初です。シバースは元々はプログラマで、現在まで CD Baby のサイトのコーディングも手がけています。

昨年、CD Baby のサイトを Ruby on Rails を採用してリニューアルしようと2年間取り組んだがうまくいかず、結局 PHP に戻した顛末が話題となるという残念な形で注目を集めてしまいましたが、地元ポートランドで開かれた RailsConf 2007 において20名分の参加費と宿を提供しHackfest のスポンサーを務めるなど、口先だけでなくオープンソースコミュニティへのコミットを誠実に行なう姿勢は、囲い込みをやることなくミュージシャンとの Win-Win の関係を目指すフェアなサービス内容とあわせ、まさに「本物の漢」という言葉に相応しいものだとワタシは思います……と書くと誉めすぎだと言われそうですが、彼のようにプログラミングと音楽の両方に情熱を持つ人にはどうしても肩入れしたくなるわけです。

CD Baby は、ジャック・ジョンソンや、後に映画『ドニー・ダーコ』でフィーチャーされて有名になるゲイリー・ジュールズの "Mad World"[2] をメジャーレーベルに先んじて扱っていたことで知られますが、On Off and Beyond の「デジタル時代ミュージシャンの収益構造」、P2Pとかその辺のお話@はてなの「商用可能なCCライセンスで楽曲を提供する理由:「名もなき存在でいること、それが本当の敵だ」」というネット時代における独立系ミュージシャンのサバイバルを考える上でとても興味深い記事でそれぞれ紹介される Jonathan Coulton[3] も Josh Woodward も CD Baby から CD が買えます。

つまりは CD Baby がインディーズミュージシャンが CD を売り、ネット配信を行う極めて有力な選択肢になっているということですが、個人出版の分野で Lulu.com が果たしている役割を、独立系ミュージシャンに対して CD Baby がこれからも果たしてほしいところです。

ご存知の人も多いでしょうが、日本でも CD Baby Japan からそのサービスを利用できます。bonar note の「iTunes Store デビューへの道(完結編)」が最も詳しい紹介だと思います。

これは以前にも書いたことですが、後世に残る表現が一握りだからといって、文化的豊かさは天才とそのパトロンだけによって決まるものではなく、裾野の広がりと底上げが大きいと当方は信じます。独立系のミュージシャンも「千人の忠実なファン」さえいれば音楽で生計を立て、創作に打ち込める……とはさすがに言い切れないでしょうが、メジャーレーベルに所属しなくても、ネットを通じて音源を流通させ、かつてなら絶対にリーチしなかったであろうリスナーを得ることができるのは歓迎すべきことに違いありません。

* * * * *

[1] 正確には少しだけ訳語を変えているのですが、細かいことは気にするな!

[2] あえてリンクはしませんが、人文字をうまく使ったオリジナルのビデオ、『ドニー・ダーコ』の映像を引用したビデオの両方が YouTube で観れますが、いずれも見事な出来ですので検索して聴いてみてください。

[3] Jonathan Coulton は Coverville でもよく取り上げられており、特に "Baby Got Back" は Coverville が年末に行なう Coverville Countdown の常連で、New York Post が選んだ THE 100 BEST COVER SONGS OF ALL TIME にもリスト入りしています。

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プロフィール

1973年生まれ。 ウェブサイトにおいて雑文書き、翻訳者として活動中。その鋭い視点での良質な論評に定評がある。訳書に『デジタル音楽の行方』、『Wiki Way』、『ウェブログ・ハンドブック』がある。

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