セルフパブリッシングビジネスの真の夜明けは来るか
2008年1月16日
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先週、自費出版大手の新風舎の民事再生法申請が報じられました。昨年より出版契約者から起こされた損害賠償請求訴訟が引き金となり、自費出版ビジネスの問題についての情報が行き渡ったのが痛手となった形です。
新風舎には放漫経営の問題もあったようですが、注意しなければならないのは、自費出版(共同出版)ビジネスの問題は新風舎だけに限らないことです。そして個人的には、新風舎に訴訟を起こしている人たちに肩入れする気にあまりなれません。自費出版本が全国の書店に並ぶのを期待するのは、「マルチで儲かる」並のドリーミーな願望であることぐらい本当に本が好きなら分かりそうなものでしょうに。
もちろん苦心して書き上げた作品を書籍の形にして流通させたいという願望はワタシにも理解できます。増井俊之さんが、ISBN を取得し自力で出版する方法をまとめていますが、このあたりの作業を肩代わりできる自費出版サービス Lulu.com を今回は取り上げます。
以前「クックとハック」でも Lulu で販売されている料理本を紹介しましたが、Lulu は Red Hat の創始者、元 CEO のボブ・ヤングが2002年に始めた会社で、書籍の登録料金が無料なのが最初話題となりました。このあたり百数十万円の費用を負担させられる日本の自費出版会社とは大違いですが、それだけでなく登録作品の販売、印刷の独占権を主張せず、クリエイティブ・コモンズのライセンスを登録作品に付与できるなど、利用者に負担を強いたり囲い込みを行うことがないのも特徴と言えます。
これはやはりボブ・ヤングが始めた会社というのが大きいようで、Creative Commons のインタビューで、Lulu のスティーブン・フレージャーは彼のヴィジョンを「創作者にコンテンツのコントロールや権利を放棄させることなくよりオープンな知的財産の市場を繁栄させること」と説明しています。
基本的にはオンデマンド出版による販売となりますが、一部は Amazon.com により購入できるものもあり、Lulu Blooker Prize というネット界の著名人を審査員に招いた文学賞を開催することで、登録作品の中で質の高いものに注目が集まる仕組みを作ったのもうまく、2007年の SEOmoz's Web 2.0 Awards の Books 部門で1位を獲得するなどそのサービスへの評価は総じて高いと言えるでしょう。
ただこの競争社会、そういつまでもブルーオーシャンを気持ちよく泳げるわけはなく、いろんな企業がセルフパブリッシングビジネスに参入しつつあります。この分野で何と言っても見逃せないのが Amazon.com の動向で、昨年夏に Amazon の子会社 CreateSpace が、CD や DVD に加え書籍のオンデマンド出版サービスを始めています。
そして昨年末 Amazon は電子ブックリーダー Kindle を発表しました。Kindle はいろいろな点で注目すべき製品ですが、端末、通信回線、販売システムを丸抱えするという Amazon らしいビジネスモデルが、個人出版にも適用されることは意外に伝えられていません。MS Word 形式でサーバにアップロードするというのが、先の CreateSpace のサービスを利用したものかは分かりませんが、Lulu もうかうかできません。逆に言えば、Lulu が近年書籍に留まらず、写真、音楽、動画、ソフトウェアと扱うコンテンツの種類を広げてきたのは、Amazon の参入を見越したものなのかもしれません。
Lulu.com のサイトを見ると、微妙に日本語化されているものの十分ではないため利用の敷居が高く、日本語で書かれた書籍となると、松本淳氏の『ふつうの人へのUbuntuの勧め』と『あなたがUbuntuを使う61の理由』ぐらいしか当方は知りません。Wikipedia 日本版の Lulu のページによると、日本には Lulu と契約しているサードパーティ企業はないとのことで、これは残念に思えます。サービス産業としての出版社を考える場合、Lulu から学べることは多いと思いますし、出版社でなくネットビジネスの観点でもプラスになるネット企業もあると思います。個人的には Twitter の日本語化よりこっちの方に誰か注目してほしいです。
ただ最後に暗い話を書いておくと、もし Lulu が日本にあったとしても、新風舎問題はやはり起こったのではないかと当方は考えます。事実日本にもホンニナル・ドットコムという Lulu 的サービスは存在します。単に作品を本にして自分の大切な人たちに配るだけならこれで十分なはずですし、作品への注目が主目的ならウェブに公開しちゃったほうが可能性が高いでしょう(もちろん作者のネットリテラシーの問題があるので、一概に「ネットを使えよ」で済ますわけにはいきませんが)。このあたりについて深く書き出すと一部の方々の怒りを買いそうなので、速水健朗さんの「新風舎問題問題」にリンクして本文を終わります。
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