Web 2.0は我々の文化を殺すのか?(その2)
2007年9月19日
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前回に引き続きアンドリュー・キーン『The Cult of the Amateur』を取り上げますが、最終章を除く章毎の要約が Casual Thoughts にありますので、内容の紹介は今回もそちらに譲らせてもらいます。アマチュア礼賛による表現や批評の質低下、無料モデルがもたらず既存ビジネスの破壊、匿名性による信頼性の欠損、特定企業への情報集中による監視社会——いやはや、よくぞここまでインターネットを負の方向から描いたものです。
実は当方は、この ktdisk さんの要約を読み、「なんだ良い本じゃないか!」と驚いたクチです。もちろん当方も大雑把に読んではいましたが、しれっと出てくる気取った嫌味や的外れな罵倒が鼻についた記憶が勝っていたのです。それらをそぎ落としてみれば、確かに無視できない論点が浮かび上がります。
キーンの的外れな罵倒は一種の「釣り」ではないかという好意的(?)な見方もできます。かのコルベア・レポートに出演し、インターネットはナチよりもひどい、と放言するのはいただけませんが、ローレンス・レッシグを見事に釣り上げ、Andrew "Death To Web 2.0" Keen と呼ばれ、ブログ嫌いの代表として名前を挙げられる現状は、キーンにとっては「してやったり」なのかもしれません。
ただそれはそれとして、キーンの主張には大きな欠陥があります。一つはプロ/アマチュアの関係の見方が固定的、硬直的なこと。キーンはアマチュア表現者を見下し、その表現が蔓延することの害悪を説きます。プロとされる人たちとアマチュアの表現がフラットな土俵で混在すれば、その平均的な質が以前より下がるのは当たり前です。しかし、(パブリッシングのための技術だけでなく)上記の問題に対応する検索、選別、そして評価付けの技術も活発に開発されていることをキーンは過小評価しているように思えます。
コルベア・レポート出演時、あなたはエリート主義者じゃないかと問われ、「その通りですが、何か?」とキーンは切り返しています。確かに後世に残る表現は一握りの人たちによるものだけでしょう。しかし、だからといってそれ以外の表現が無駄ということはありません。山本義隆が『十六世紀文化革命』に書くように、文化は天才とパトロンによってのみ成り立つものではなく、天才やエリートが活躍できるのも、庶民の文化レベルの底上げがあるからこそという見方に当方も与します。そうした意味で、インターネットが促進する総表現社会、消費者であり同時に生産者であるプロシューマーの台頭をただ貶める論調には賛同できません。
キーンは、自分はインターネットの技術を敵視しているのではなく、その使われ方が気に入らないのだ、と言います。しかし、インターネットは破壊的な技術であり、さらに言えば、それは我々に変化を強いるという意味で破壊的なのです。既存のビジネスモデルは、別にそれが普遍的に合理的だから成立していたわけではなく、ルールが変われば好むと好まざるとに関わらず、新しいビジネスモデルを模索するのが当然です。新聞や雑誌など既存メディアのビジネスモデルの崩壊をキーンは嘆きますが、前述のプロ/アマ議論も含め、既得権の上にあぐらをかいて不満を垂れているように読めてしまうのはマイナスだと思います。
キーンは最終章 "Solutions" において、「我々は技術の進歩を遅らせることはできても、それを止めることはできない」というケヴィン・ケリーの言葉を肯定することから議論を始め、視点も大分バランスを取り戻しています。そこで最初に「解決策」として取り上げるのが、Wikipedia の創始者の一人でありながら後に離脱したラリー・サンガーによる、専門家の優しい指導の下で協力し合あうオンライン百科事典を謳う Citizendium である点において、彼と当方の落としどころは異なることが分かりますが、ネット上のコンテンツの公正性、質をどのように担保するか、というとても重要な課題を本書が捉えているのは確かです。
実は先月とある出版社の方より、本書の邦訳について意見を求められました。当方はインターネットの恩恵を受けてきた人間なので本書の趣旨には賛同しないし、間違いなく一部の顰蹙を買うだろうが、それを逆用するぐらいの心積もりがあれば面白いでしょうね、と答えさせてもらいました。その出版社から邦訳が出るとある意味とても面白いことになるのですが、話がその後進展していることを遠巻きに期待したいと思います。
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