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yomoyomoの「情報共有の未来」

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「伽藍とバザール」再訪と漠然とした不安

2008年2月 6日

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先月 Netscape ブラウザのソースコード公開発表から10年経ったことがニュースになりました。その一方で AOL に吸収合併された Netscape のブラウザサポートが2月1日にひっそりと終了しています。

現在の Mozilla ブラウザにつながる Netscape のソースコード公開に関し、その前年に初版が公開されたエリック・レイモンドの The Cathedral and the Bazaar が大きな役割を果たしたことが知られています。ワタシ自身、今からおよそ10年前に立ち上げまもなかった山形浩生のサイトでその翻訳「伽藍とバザール」を読み、射精しそうなくらい刺激を受けたことが現在の活動につながっているのは間違いありません。

エリック・レイモンドのオープンソース三部作「伽藍とバザール」、「ノウアスフィアの開墾」「魔法のおなべ」を久しぶりに読み返してみましたが、現在も最も価値を残しているのは、それまであまり明文化されてなかったハッカーの所有やコントロールに関する慣習、行動原理をゴリゴリ明らかにする「ノウアスフィアの開墾」だと思います。

ただ読み物としては「伽藍とバザール」がダントツに面白い。前述の個人的な事情もありますが、何より志を共有するハッカーたちに自分の驚きと喜びを伝えたいという著者のワクワク感が伝わるのが素晴らしく、増井俊之さん風に言えば文章にジマンパワーの輝きと言えるでしょうか。

このワクワク感は普遍的なもので、今の若いギークな方々が読んでも楽しめると思いますが、だからといってレイモンドの論考すべてが当時と同じ共感を得られるかというと疑問です。

これはもちろん彼のネオコン的政治姿勢を言っているのではなく、昨年『The Art of UNIX Programming』を流し読みしたときに感じたことです。原書は2003年に刊行されたものですが、数年のうちに古びるような内容ではなく、大著には違いありません。

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ただジョエル・スポルスキーが、この本に書かれる価値観の多くが普遍的なことを認めつつも、「独善的な文化優位」「弱者の立場の高慢さ」と苦言を呈する Unix についての内輪受けの語り口(とそれ以外の文化に対する悪態ぶり)を受容する層は確実に減っているのではないでしょうか。

吉岡弘隆さんの「さよならNetscape、こんにちはWeb 2.0」を読むと Netscape のソースコード公開がどれだけ大きなものだったかワタシがいろいろ書くよりも伝わると思いますが、一方でその Web 2.0 な世界においてオープンソースの意義がどこまで理解されているのだろうと漠然とした不安を感じることがあります。

吉岡さんがタイトルに掲げる Web 2.0 という言葉の提唱者であるティム・オライリー自身も「オープンソースのライセンスは時代遅れだ」と主張し続けています。

オープンソース、特に LAMP 環境なくして Web 2.0 の勃興はなかったでしょう。またブログにしろ Wiki にしろそのソフトウェアの多くはオープンソースとして公開されています。ただ一方で、GPL をはじめとするオープンソースのライセンスがウェブアプリケーションを縛ることができない SaaS loophole 問題が残ります。

八田真行さんの「さよならコピーレフト」から引用すると、「オープンソースの隆盛がWeb 2.0を可能にした、というのは、確かにあながち間違いではないのだろう。しかし、Web 2.0的世界を突き詰めていくと、これまでオープンソース/フリーソフトウェアを支えてきた大黒柱の一本が無効化される可能性がある」ということです。

もちろん SaaS loophole 問題は以前から認識されており、GNU GPLv3 策定においても重要な議題でしたし、そこでの議論は昨年バージョン3が公開された GNU Affero General Public License に反映されているでしょう。ただこれが、フリーソフトウェア/オープンソースにおける GPLv2 と同じくらいウェブアプリケーションの世界でポピュラーになるかは疑問です。

この10年でオープンソースはソフトウェア産業において欠かすことのできない存在になりました。携帯電話、ハードディスクレコーダ、ブロードバンドルータといった身近な機器に Linux が搭載され、大企業がオープンソースに取り組むこと自体何ら珍しくなくなっています(マイクロソフトがオープンソースライセンスを OSI に承認されるなんて、10年前に言ったら大笑いされたでしょうね)。

田口元さんが ITmedia BizID で連載中の一方で、「ひとりで作るネットサービス」探訪を見ても分かるように、アイデアと実行力さえあれば、今やたった一人でもサービスを手軽に作り、公開し、人気を博せる時代です。そこではソースよりもデータが重要であり、ソーシャルアプリなら Social Graph がより重要になるかもしれません。

そのとき Unix 文化、ハッカー文化、そしてオープンソース文化を不可分なものと考えるエリック・レイモンドの価値観は、そうした「ハッカー道」の手順を踏まない「はじめからウェブアプリありき」な世代に覆されるかも、と吉田智子さんの『オープンソースの逆襲』書評を読んで思ったりしました。

さて、先週末はマイクロソフトによる Yahoo! への買収提案の話題でもちきりでした。Yahoo! が本文の冒頭に名前が出た Netscape と密接な関係にあったことを考えると、これにもまた時代の流れを感じてしまいます。この件についてはいろんなブログエントリが書かれましたが、マイクロソフトのオープンソース戦略の話を絡めた OSI 会長のマイケル・ティーマンの Mary Jo Foley on Microsoft's Open Source Strategy を紹介して本文を終わりとします。

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プロフィール

1973年生まれ。 ウェブサイトにおいて雑文書き、翻訳者として活動中。その鋭い視点での良質な論評に定評がある。訳書に『デジタル音楽の行方』、『Wiki Way』、『ウェブログ・ハンドブック』がある。

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