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増井俊之の「界面潮流」

「界面」=「インタフェース」。ユーザインタフェース研究の第一人者が、ユビキタス社会やインターフェース技術の動向を読み解く。

第3回 ジマンパワー

2007年7月13日

(増井俊之の「界面潮流」第2回より続く)

多くの趣味は、自己満足したい気持ちや自慢したい気持ちが原動力となって成立しているように思われます。山に登るのが楽しい理由はいろいろあるでしょうが、美しい景色を見ることができるという嬉しさに加え、苦労して登りきることに自己満足したり、大変な山に登ったという自慢話ができるのも理由のひとつだと思います。写真を趣味にしている人は沢山いますが、自分が撮った美しい写真を見て自己満足できることや、それを他人に見せて自慢できるということが大きな理由になっています。このように、自己満足したいという気持ちと他人に自慢したいという気持ちの両方が満たされるような趣味は流行しやすいといえるでしょう。

自己満足と自慢の両方が満たされない場合は一方だけでもかまいません。自己満足が難しい分野の趣味の場合、他人に自慢することによって楽しみを増やすことができます。ピアノや華道のような稽古ごとでは「発表会」が行なわれるのが普通です。自分の技を発表会で他人に見てもらうことによって批評をあおぐという意味もあるでしょうが、もっぱら自慢大会という意味が大きいと思われます。

ひとりでピアノを弾くだけで誰もが充分自己満足できるのであれば、自分が弾く曲を他人に聞かせる必要はありませんからピアノ発表会の必要性は少ないでしょう。実際は、先生に指定された練習曲がつまらなくて自己満足することができないから、発表会のような機会で腕を自慢する必要があるのでしょう。このように、自己満足(自満)や自慢を支援するジマンパワーは趣味にとって非常に重要だといえるでしょう。

■ネット上のジマンパワー

良質のソフトウェアを無償で共有するというオープンソース運動は、昔は理解されないことが多かったようですが、最近は世間で広く受け入れられるようになり、ビジネスとしてもすっかり定着しています。他人のために親切な行動をとることはなかなかできることではありませんが、その行動によって自分のジマンパワーが発揮できるのであれば話は違います。自分が書いたソフトウェアが世界中で愛用され名声が高まるのであれば、良いソフトウェアを書いたという自己満足感も得られますし、密かに自慢することもできます。ソフトウェアを無償で配付するという行為によって多くの金を儲けることはできないかもしれませんが、オープンソース活動はジマンパワーの発揮には最高だということが成功の大きな理由のひとつだと考えられます。

ユーザ間で情報を共有したりユーザの力をあわせて情報を構築したりするという、いわゆるWeb2.0的サービスが最近すごい勢いで増えていますが、人気のあるサービスはジマンパワーを充分に発揮できるようになっているようです。

自分にメリットがない場合、手間をかけて不特定多数に対して有用な情報を提供する親切な人は多くありませんから、情報共有サービスを流行らせるためには、情報提供することによってユーザのジマンパワーを発揮できることが非常に重要だと考えられます。実際、多くのサービスにおいてジマンパワーは有効に活用されています。

  • ブログ
    ブログを書くという面倒な行為が流行るのはジマンパワーを存分に発揮できるからでしょう。頭が良い人であれば、斬新な発想を公開して自慢することにより多数の人間に自分をアピールすることができます。普通の人が面白いものを見たり美味しいものを食べたりしたといった日常的な行動も、ジマンパワー発揮の種にすることができます。多くの人の心の中に隠れていたジマンパワーを表出させるメディアとしてブログが人気を呼んでいるのでしょう。

  • SNS
    mixiのようなソーシャルネットワークサービスもジマンパワーの発揮に有用なようです。日記を書くことによってブログと同じようにジマンパワーを発揮することができますし、友達が多いとか有名人と友達だとかいうことでも発揮できます。様々なジマンパワーを複合的に発揮できるところがSNSの人気の秘密なのかもしれません。

  • はてなセリフ
    下手な駄洒落を披露すると自慢どころか軽蔑されるものですが、はてなセリフのようなサービスを使えばジマンパワーに変換できる可能性がでてきます。形を変えて何でもジマンパワーに変換してしまうサービスは将来有望です。

  • プログラミング
    オープンソース以外でもプログラミングに関するジマン力を発揮することができます。どう書く?.orgというサイトでは、様々なお題を解くプログラムを投稿してプログラミングの腕を競うことができます。やり方によって同じ問題を上手に解くことも下手糞に解くこともできるわけですが、ジマンパワーを発揮したいハッカーが競って技術を投稿すれば、一般人のプログラミングレベルも向上する可能性があるでしょう。

  • 本棚.org
    私が運営している本棚.orgというサイトでは、ネット上に作成した「本棚」に任意に書籍を登録することによって書籍を管理できるようになっています。連載第1回で紹介したように、本棚.orgのデータはデータマイニングに有用ですが、そもそも本棚.orgにデータが集まる理由は単に便利だからというだけでなく、ジマンパワーの発揮場所として適しているからだと思われます。

上記はジマンパワーがうまく発揮できているサービスの例ですが、発揮できないサービスは失敗しやすいように思われます。本棚.orgと似た地図帳.orgというサイトを以前作って、位置情報や店情報を共有しようと思ったことがあります。レストランや観光地のような情報の共有は非常に有用なのですが、このような情報を投稿してもあまりジマンパワーを発揮できないため投稿が集まらず、このサービスはあまり流行りませんでした。Webサービスで情報を共有しようという場合、便利で面白くなければならないのは当然ですが、これだけでは不充分であり、ジマンパワーを発揮できるような仕組みがなければ駄目だということを痛感しました。

Web2.0的サービスを流行らせるためにはジマンパワーの活用が最も重要なのかもしれません。サービスが有用かどうかよりも、ジマンパワーを発揮できるかどうかをまず考えるべきなのでしょう。ジマンパワーについてはまだまだわかっていないことが多いので、今後さらなる研究を期待したいところです。

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プロフィール

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

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