コケが重金属廃水を浄化する(3)
2010年9月24日
イオン交換樹脂を上回る、ヒョウタンゴケの吸収能力
──現在使われている工業原料と比べて、コケにはどういうメリット・デメリットがあるのでしょうか?
川上:廃液から重金属を回収するため一般的に使われているのは、イオン交換樹脂などでできたビーズのようなものですが、フィルタにコケを入れ換えればほとんど同じように使えます。イオン交換樹脂とコケを比較した場合、容積当たりの効率でコケが勝ります。イオン交換樹脂は鉛だけを取り除くということができませんが、コケはこれが可能です。
また、コケという植物を使うということ、それ自体が1つのメリットともいえるでしょう。光と二酸化炭素で育てられた植物で、水の浄化を行う。環境に負荷をかけずに水を浄化できるというストーリーをうまく打ち出してビジネスにつなげていきたいと考えています。
課題は、とにかくコストの壁を越えることですね。現在、コケの培養装置をスケールアップさせて低コスト化に取り組んでいますが、まだ工業原料の数倍程度にはなっています。さらに低コスト化を進める必要があります。
──重金属を回収するということは、金属リサイクルも含めてビジネス化するということですね。
川上:はい。イオン交換樹脂を使った浄水装置だと、鉛を吸着したビーズを酸などで洗浄し、廃水から沈殿槽で鉛を取り出すという工程が必要になります。鉛価格は安いですから、このような工程ではコスト的に割が合いません。
ところが、コケを使った浄水装置なら、コケを上手に乾かすことで重さの70%が鉛の塊を取り出せます。これだけ多く鉛を含んでいると、そのまま鉛の製錬炉に投入することもできるでしょう。鉛の引き取りも含めたビジネスモデルを構築したいですね。
レアメタルを回収できるコケを突然変異で生み出す
──ヒョウタンゴケが使えるのは、鉛だけなのですか? レアメタルの回収についていかがでしょう?
井藤賀:現在、ヒョウタンゴケに突然変異を起こさせて、鉛以外の重金属を取り込める株を生み出そうとしているところです。理化学研究所の仁科加速器研究センター(参照記事)でコケに重イオンビームを照射し、重金属の蓄積能力に変化が現れたものを選別しています。
──突然変異が形質として固定されるまでには、何世代かの交配が必要なんでしょうか?
井藤賀:コケの原糸体も茎葉体も、n世代の細胞です(通常の動植物個体は2n世代の細胞からなる)。また茎葉体はひとつの原糸体細胞から分化することがわかっています。そのため、原糸体細胞に重イオンビームを照射した後に分化した茎葉体は変異した細胞だけから成り立っているので、交配をする必要はありません。照射した世代で変化が現れます。
──金の回収に使えそうですか?
川上:ヒョウタンゴケでは、金を回収することもできます。しかし、高価な金を回収するための技術はすでに高いレベルで開発が進んでおり、コスト的に太刀打ちできません。競争相手の少ないレアメタルを狙うべきでしょう。
──どんなレアメタルをターゲットにしているのでしょう?
井藤賀:現段階ではまだ申し上げることができませんが、今年の12月頃には詳しい状況がわかっていると思います。
──今後の展望について教えてください。
井藤賀:まず1つ目の課題は、ヒョウタンゴケなどが重金属を細胞内に取り込むメカニズムを解明することです。これがわかってくれば、さまざまな生物へ応用利用できるようになるでしょう。
もう1つは、特殊な能力を持った生物の探究です。多様な生物群の中には、ヒョウタンゴケのように、不思議な能力を備えたものがいます。この不思議な能力は地球上で生物たちが長い年月をかけて獲得してきた進化・適応システムの賜物であります。生物のすばらしい能力を見つけ出して評価し、さらに培養したり応用利用したりできる、そういったアップライド対応指向のシステムを構築したいと考えています。
研究者プロフィール
井藤賀 操(いとうが みさお)
大阪府生まれ。1995年、宇都宮大学農学部生物生産科卒業。97年、同大学大学院理農学研究科修士課程修了。2002年、広島大学大学院理学研究科博士課程修了、博士号(理学)取得。同年、徳島県のプラント・砕石会社就職。翌年、退職。03年9月、理化学研究所植物科学研究センターの派遣研究員。04年4月、同研究所同センター研究員(文科省LP研究員)。専門は、応用コケ植物学。主な研究テーマ、原糸体細胞を用いた水環境保全と金属資源回収技術の開発など。
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