超低消費電力を実現できるか? 「板バネ」ナノマシンコンピュータ(1)
2011年3月24日
(これまでの 山路達也の「エコ技術者に訊く」はこちら)
脚光を浴びるようになってきた機械式演算素子
──ナノサイズの「板バネ」を利用した新しいデジタル演算の手法を研究されているそうですが、バネで演算するというのがまったくイメージできません。
私たちが作ろうとしているのは、現在のコンピュータで使われているトランジスタとはまったく異なる仕組みです。トランジスタは、電圧をかけることで電流が流れる/流れないをコントロールして情報を操作します。
このような電気的な演算回路よりずっと古くから、機械的な仕組みで演算を行おうという取り組みは行われてきました。最も古いのは、19世紀のイギリス人数学者、チャールズ・バベッジが設計した解析機関です。この解析機関は結局完成しませんでしたが、メモリや外部とのインターフェイスを備え、プログラムも可能という、現代のコンピュータが持つ特徴を備えていました。
現代のコンピュータは真空管、その後はトランジスタを利用していますが、最近になって機械式のコンピュータが再び注目を集めるようになっています。ただ、機械式といってもナノサイズの微細な構造です。例えば、カリフォルニア工科大学は機械振動を使ってXOR(排他的論理和)(*1)の演算ができる回路を作っています。これはカンチレバー(*2)を2つ組み合わせたものです。まだ基本的なアイデアを提案している段階にすぎませんが、私たちも含め、いくつかの研究機関が機械動作を使ったナノマシンコンピュータに取り組んでいます。
*1:代表的な論理演算には、AND、OR、NOT、XORなどがある。例えば、2進法でA AND Bという論理演算を行う場合、AとBの両方が「1」の時に出力は「1」となり、それ以外は「0」となる。A OR Bは、AかBのいずれか(あるいは両方)が「1」の場合に出力が「1」。A XOR Bは、AかBのどちらかが「1」の時、出力が「1」となる(両方が「1」の場合、出力は「0」)。XORは、日本語の「または」の意味に似ている。
*2:プールの飛び込み板のように、一方の端が固定され、もう一方は自由に動ける構造。
──機械動作によるナノマシンコンピュータは、現在のコンピュータに比べてどういう利点があるのでしょうか?
まず1つは、エネルギー消費量が少ないということ。現在より数桁は消費電力が少なくて済む可能性が指摘されています。もう1つは耐環境性の高さです。原理的には温度に関係なく動作するため、数百度の高温環境でも動作すると期待されています。
──こういう微小な回路をつないでいけば、ナノマシンコンピュータは実現できるのでしょうか?
そこがナノマシンコンピュータの大きな課題です。例えば、XORの演算ができたとして、その演算結果を次の回路にどう伝えるのか? 大きな回路を構成していくことができるのか? そういうアーキテクチャが求められています。私たちの開発した板バネによる演算は、こうした課題に対する新しい提案です。
複数の周波数を混ぜ合わせて演算を行う
──どういう風に演算が行われるのでしょう?
この模式図を見てください。
板バネの両端が固定されており、真ん中を叩くと震えるようになっています。ただし、これはナノスケールの話ですから、実際に叩くことはできません。そこで、圧電材料を使って、かけた電圧に応じて震えるようにしています。電圧を力に変換する圧電素子(ピエゾ素子)はインクジェットプリンタなど幅広い分野で使われていますが、これと同じ機能を半導体内で実現しました。
この回路では、電圧ではなく振動を使って「0」と「1」を表現します。振動がある状態が「1」、振動がない状態が「0」です。一番肝心なのは、異なる周波数の振動を「混ぜる」ことができる点にあります。
例えば、入力Aに周波数ƒA、入力Bに周波数ƒBを割り当てたとしましょう。AND演算の場合、ƒAからƒBを引いた周波数ƒCを演算結果として返します。
通常の楽器だと、「ド」と「ミ」の音を同時に出しても「ソ」になったりしませんね。ところが、私たちの素子では別周波数の振動を生み出すことができるのです。
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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」
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