重イオンビームが生物進化を加速する(1)
2010年3月12日
(これまでの 山路達也の「エコ技術者に訊く」はこちら)
X線やガンマ線よりも効率的に変異を起こせる重イオンビーム
──重イオンビームを植物に当てて突然変異を誘発し、新しい品種を作っているそうですね。重イオンビームというのは何だか恐ろしげな名前ですが、どういうものなのでしょうか?
阿部:ヘリウムより重い原子から電子をはぎ取ると、プラスの電荷を帯びた重イオンになります。この重イオンを「加速器」を使って加速したのが重イオンビームです。私たちは、おもに光速の半分程度にまで加速した炭素イオンビームを使っています。
──植物の品種改良では、突然変異を誘発するのにX線やガンマ線などの放射線を使っていますね。重イオンビームは、これらの放射線とはどう違うのですか?
阿部:重イオンビームも放射線の一種です。X線やガンマ線の照射では、小さい作用点が細胞中にたくさん分布しているイメージなのに対して、重イオンビームでは、大きな粒々がせいぜい数個飛んできて、細胞を通過するときにその飛跡の部分だけに局所的にエネルギーを放出するという感じです。
生物の遺伝子は、DNAの二本鎖でできていることはご存じでしょう。放射線を照射すると、DNAが傷付いて鎖が切れます。X線やガンマ線ではDNAは1本の鎖しか切れないのですが、いろいろな箇所に傷を付けます。植物のDNAには修復機構があって、1本の鎖が1箇所切れたくらいだと、簡単に元通りに直しちゃうんですね。たくさん壊れていると手に負えなくなってしまいますがね。
これに対して、重イオンビームだと鎖を2本ともぶちっと切ってしまいます。ぶちっと切れると、植物は慌てて切れた部分をつなぐため、間違いを起こしてしまうことがあります。その場所に意味のある遺伝子があったとしたら、例えば、赤い色を作る遺伝子のところが切れて、間違った形につながることで変異が生じて、遺伝子がその働きを失い、白い花色になるかもしれない。
──突然変異は照射した当代で生じるものなんですか?
阿部:球根などで増える栄養繁殖性の植物では、遺伝子の構成が揃っていないこと(ヘテロ接合)が多いので、当代でも変異が目に見える形で現れることがあります。自らの花粉で種子を作る植物(自殖性植物)では、遺伝子の構成が揃っていること(ホモ接合)が多く、変異が隠れてしまうので、ほとんどの場合次の世代で目に見えるようになります。
──照射された細胞によって、DNAの切れる箇所は違ってきますよね?
阿部:そう、普通の葉っぱを照射しても何も起こりません。品種改良の照射ターゲットは、種(たね)とかこれから成長しようとしている部分にある、新しい芽や枝、花を作り出す小さな組織(成長点)です。成長点で新しい細胞が盛んに作られるので、植物が成長を続けることができます。
平野:成長点内の細胞に突然変異が起これば、それが分裂して枝や芽になりますから、新たな形質が現れてくるわけです。成長点は細胞の塊ですから、変異を持った細胞と正常な細胞が混ざり合うこともあり、ある枝からは赤い花が咲き、別の枝からは白い花が咲くというように、1個体の中に異なる遺伝情報を持った細胞が混在することがあります。これをキメラといいます。
──しかし、DNAの特定箇所だけを狙い撃てるわけではありませんよね。
阿部:では、今いるこの部屋をDNAが収まっている細胞核だと考えてみましょう。DNAはロープのように天井からぷらりぷらりと垂れ下がっています。X線やガンマ線は、散弾だと考えるとわかりやすいでしょう。1つ1つの弾は威力が弱いため、あちこちのロープを傷つけますが、断ち切るほどではありません。全部の散弾の威力を上げると、複数のヒモを切ってしまいます。
これに対し、重イオンビームは強力ですが単発のライフル弾です。ロープに当たれば確実に切断しますが、複数のロープを傷つけることはありません。
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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」
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