オイルを作る藻が、日本を救う? 1/2
2007年11月16日
慶應義塾大学先端生命科学研究所(山形県鶴岡市、冨田勝所長)では、最先端のバイオテクノロジーを活用した環境技術の研究が進められている。研究の1つは、藻からオイルを作り、バイオ燃料にしようというもの。オイルを作る藻とは何なのか? そして、藻の生み出すオイルはどのようなインパクトを社会にもたらすのか? プロジェクトを立ち上げた伊藤卓朗研究員に、実験の詳細と将来のビジョンを語っていただいた。
オイルを作る不思議な藻
──オイルを作る微生物を使って、石油代替燃料を生み出すシステムを作ろうとされているとお聞きしました。そんな微生物がいたんですね。
この微生物は、軽油産生微細藻、シュードコリシスチス・エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)(仮名)という新属、新種の緑色単細胞植物です。海洋バイオテクノロジー研究所の藏野憲秀博士らが温泉地から発見しました。
軽油産生微細藻は、名前の通り、軽油成分を細胞内に蓄える性質を持っています。この軽油を生み出すメカニズムを明らかにし、培養条件を整えてやれば、石油代替燃料を生み出せるのではないか。そして、メカニズムを明らかにするため、この先端生命科学研究所のメタボローム解析技術を活用できるのではないか、そう考えました。
──メタボローム解析技術とは何でしょうか?
メタボローム解析技術を説明する前に、現在のバイオ分野で行われている研究手法について簡単にお話ししましょう。
現在のバイオ研究では、細胞内の代謝経路を明らかにしようという試みが盛んです。このためには、細胞内の代謝物質を網羅的に測定し、大量のデータを得ることが必要になります。そして、得られたデータを解釈するためには、コンピュータによる解析が欠かせません。取り組みの1つとして、コンピュータ上で細胞のメカニズムをシミュレーションして仮説を立て、それを実験にフィードバックして再度検証するといった手法も行われています。こうやってシミュレーションと実験を繰り返して、細胞内部がどのようなメカニズムになっているのか、遺伝子がどのような役割を果たしているのかを明らかにしていくのです。
そこで活躍するのが、先端生命科学研究所のメタボローム解析技術です。キャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)という装置に、細胞から取り出した代謝物質を入れて、高い電圧をかけます。物理化学的な性質の違いによって、各物質は動く速度が異なります。どのような質量の物質がどれくらいの速度で移動するかを調べることにより、サンプル中に含まれる物質の構成がわかるわけです。従来の手法では、一度にせいぜい数十程度の物質しか分析できませんでしたが、メタボローム解析技術によって数百、数千という物質の分析が可能になりました。細胞の代謝経路の解析を飛躍的に効率化できたのです。
私の研究では脂質の分析も必要になるため、新しい手法を開発し、100種類程度の脂質代謝物質を一度に分析できるようになりました。
メタボローム解析で、オイルを生み出すメカニズムを解明する
──軽油産生微細藻の研究では、どのような実験を行っているのでしょう?
研究室内の水槽で、さまざまに培養条件を変化させるとどのように藻の生長や代謝が変化するかを実験しているところです。藻の細胞や培地から代謝物質を採取して、メタボローム解析をしています。オイルを作っている状態、作っていない状態を比較することで、オイルを生み出す仕組みが明らかになると考えています。
軽油産生微細藻は、光とCO2それに窒素栄養を取り込んで光合成を行います。窒素栄養を与えるのをやめると、藻はオイルをたくさん作り始めるんですよ。
──栄養を与えないと、オイルを作るのですか? 何だか逆のような気がします。
私も不思議に思いました。人間なら、栄養が豊富な時にため込み、栄養がなくなったら脂肪を代謝させて活動しますからね。
ところで、菜種油、大豆油など、植物の種子にはたくさんの油が含まれています。なぜかといえば、油はエネルギーに変換しやすいからのようです。植物が発芽する時、すぐにエネルギーを取り出して、生長することができます。
そこからの推測ですが、この軽油産生微細藻は、栄養がなくなって生存が脅かされると防衛反応としてオイルをため込み、休眠のような状態になるのではないでしょうか。そして、環境が改善されたら、ためたエネルギーを使うという戦略なのかもしれません。休眠から目覚めるといった急激な変化が起こる際には、大量のエネルギーを消費しますから。
──しかし、オイルをため込むにもエネルギーが必要ですよね。
そうです。それでは、光合成をしている時とオイルを作っている時で何が違うかというと、増殖にエネルギーを使うかどうかなんですね。光合成をしている時は、増殖にエネルギーを使い、とにかく増えまくります。一方、オイルを作る時は、増殖を抑え、自分自身だけを守ることに専念するようです。
ただし、これもあくまで仮説であって、今のところ証拠はありません。生物の行動を理由付けするには、状況証拠から固めていくしかありません。そして、科学的にわかったことから推測して、人間として理解できる物語を作るのです。
──では、まったく無駄な行動をしている生物もいるかもしれませんね。
そもそも生命活動には無駄な部分が多いですよ。代謝活動についても、AからZまで一直線に流れるシンプルなものだと、1ヶ所反応がうまく行かないだけで成り立たなくなってしまいます。常に冗長性を確保し、回り道、無駄を作り、いざという時にはそれらを使う。そうでないと生物は生き残れません。この一例については、私たちの研究所が世界で始めて科学的に証明しました。
──実験の見通しについてはいかがでしょう?
オイルを作るためのメカニズムが解明できれば、さまざまな応用ができると思います。例えば、窒素栄養以外の変化でもオイルを作るかもしれません。遺伝子組み替えによって、オイルの量を増やせる可能性もあるでしょう。また、遺伝子組み換えを行わなくても、突然変異を利用するという手がありますね。メカニズムがわかれば、できることが一気に広がるのです。
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