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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

CO2を地中・海洋に埋めるCCSは、温暖化対策の切り札か? 2/2

2007年10月12日

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CCSで貯留できるCO2はどのくらい?

──日本におけるCCSの現状はどうなっているのでしょう?

西尾:産総研の前身(の1つ)である機械技術研究所では、1980年代後半から赤井誠博士(現エネルギー技術研究部門 主幹研究員)を始めとしてCO2回収・貯留技術の研究を開始していました。私はケミカルエンジニアとしてプロジェクト創設の頃から参加しています。

地中貯留は油田・ガス田の豊富な国であれば比較的容易に実現できますが、日本での適地は乏しく難しいと考えられ、当初は海洋貯留から研究を開始しました。現在は、世界的な趨勢もあって地中貯留がメインになっています。

──それはなぜでしょう?

西尾:ヨーロッパは北海油田などをうまく利用すればかなりのCO2を地中貯留できますし、海洋自体が浅いため海洋貯留の発想がないんですよ。また、海を聖域視する傾向が強く、公共財であるところの海洋に投棄するなんてとんでもないという感情的な意見が根強くあります。そのため、2000年から日本でも地中貯留の研究が本格的に始まりました。

──地中では、どれくらいのCO2を貯留できるのでしょうか?

西尾:RITE:(財)地球環境産業技術研究機構によれば、日本の地中に貯留できそうなCO2の量は最大1000億tを超えるとの試算されています。日本の年間CO2排出量、約12億7000万tと比較すれば十分そうにも見えますが、分離・回収したCO2を貯留場所に運ぶにもエネルギーやコストがかかるので、貯留場所は大量排出源の近くにないと効果も意味もありません。今のところ、日本で地中貯留できそうなCO2は数十億tというのが現実的なところになりそうです。

当初、日本の地中貯留CCSは2015年までに民間設備の第1号が稼働できるようになることを想定していましたが、この予定は前倒しされそうです。少なくともデモンストレーション事業については2015年よりもだいぶ前に行われることになりそうです。

CCSによるCO2削減コストは高いか安いか?

──CCSのコストはどれくらいになるのでしょうか?

西尾:既存の石炭火力発電所にCCSを組み合わせた場合、1tのCO2を削減するコストは約15000円(これは回収のために発生するCO2も考慮した値であるアボイデッドコスト)、新設の石炭火力発電所+CCSで約7300円程度とされています。

確かにEU-ETS(EU域内でのCO2排出量取引制度)では1tあたり20ユーロ(約3000円)であることを考えると割高ですね。しかし、太陽光発電を始めとする代替エネルギーでは、太陽電池等のコストが高いため、1tのCO2を削減するために数万円かかっているのが現状です。これらに比べれば、CCSはコスト的にはるかに有利です。

CCSで最もコストがかかるのはCO2の分離・回収で、これがコストの6~7割を占めています。この部分の改善がコスト削減の鍵を握っているといえます。例えば、CO2を物理吸収や膜で分離・濃縮する場合、高い圧力を持ったガスほど少ないエネルギーで濃縮できます。したがって、石炭ガス化(IGCC:Integrated coal Gasification Combined Cycle)とCCSを連携させれば、高い圧力のガスから効率的にCO2を分離できるようになるでしょう。

実際に米国ではそうした取り組みが行われています。石炭をガス化して、水素を取り出しエネルギー源へ。石炭ガスから回収したCO2はEORによって石油を採掘するのに使う、いわば一石三鳥をねらっているのです。

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CCSと他の発電手法のコスト比較(経済産業省産業構造審議会地球環境小委員会資料:2006.5.18より)。石炭火力を他の手法で置き換えた場合のコストを示している。

ただし、日本の場合はそもそも資源がないため、EORやEGRに結びつけることができません。日本におけるCCSの問題の1つは、経済的インセンティブがないところにしか適用できないということです。CCSによって、利益を生み出せるわけではないんですね。しかもお金はかかるは、エネルギーもかかるは、もしかしたら環境に何らかの影響を与えてしまう可能性だってある。それで得られるものは何かといえば、気候変動に対してよいことをやっているということでしかありません。これが他の温暖化対策技術とはまったく違うところです。EORはCCSの中で唯一経済的なメリットが得られる手段だからこそ、諸外国はこれを進めようとしているのです。

CCSによるコストは受益者負担、つまり電気代に上乗せされることになるかもしれません。もっとも、日本は原子力、石油火力など、発電手法を分散しているため、石炭火力+CCSのコスト増によって電気代が倍になるというわけではありません。

海中貯留への希望は残っている

──地中については貯留場所の問題がありますが、海中貯留に望みはないのでしょうか?

西尾:残念ながら、今のままでは海洋貯留を実施するためには、ロンドン条約・議定書が改正され国際的に認知されなければなりません。それには早くても数年、あるいは10年くらいかかるかもしれません。ただ、条件が整えば、海洋貯留への追い風になる可能性もあります。

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溶解希釈型海洋隔離技術の概念図(RITE CO2海洋隔離プロジェクト作成資料より)。船舶にCO2を積み、海中へ溶解させる。

そもそもロンドン条約は海洋環境への悪影響を減らすために作られたものです。今後、大気中のCO2濃度が上がってくれば海洋表面の酸性化が進み、生態系にも直接的で大きな影響を与えるでしょう。それを避けるために、海底下地中貯留も容認されたという経緯があります。また、いざ各所で地中貯留が始まると、これまで考慮されていなかった問題が顕在化するかもしれません。海洋は少なく見積もっても地中の数倍、地球全体で数兆t以上のCO2を貯留できますから、こちらに流れが傾くことはありえます。

省エネで快適な生活の提案こそ日本の役目

──今後、日本はエネルギーに対してどう取り組むべきだとお考えですか?

西尾:現代において、「これだけのエネルギーで、切り詰めて生活しましょう」ということは現実的に不可能でしょう。CO2を発生しないエネルギー源に転換していくことが理想ですが、現実的には人々が不快にならないレベルを維持できる(省エネ)技術を開発してエネルギー消費量を削減するしかありません。

日本は国民1人当たりのCO2排出量で見ると、ヨーロッパ全体とほとんど肩を並べていますが、資源の状況も利用形態も大きく異なります。実はトータルで見ると、省エネに関して日本は諸外国よりも一歩も二歩も先を行っているんですね。こういった事情を考慮せずに、単純に政治の世界で数値目標を決められてしまっては、まったく身動きが取れなくなってしまいます。日本は、自らの置かれている状況を世界に対してきちんと説明することが欠かせません。そして、エネルギー消費量を上げずに快適な生活を送るための提案を、世界に向けて発信していくのが日本の取るべき立場なのではないでしょうか。

日本では老齢化と人口の減少が現実化しつつあり、これに対応するためコンパクトシティ(生活に必要な施設が徒歩圏内にまとまった都市構造)への流れが各地で進みつつあります。エネルギーを効率的に使えるこうした地方発の試みを政策によって後押しし、世界に向けて発信していくことができれば面白いと思いますね。

西尾匡弘(にしお まさひろ)

1990年3月横浜国立大学物質工学専攻博士後期課程を修了。工学博士。専門は化学プロセス工学。同年4月通商産業省工業技術院機械技術研究所に入所。主に二酸化炭素の海洋貯留技術の研究に従事。2004年3月から2007年5月まで、経済産業省環境政策課地球環境対策室に併任/出向。IPCCの第四次評価報告書の作成支援およびCCSの技術開発関係を担当。現在は、産業技術総合研究所に帰任。エネルギー技術研究部門 エネルギー社会システム研究部門主任研究員。

(取材/文:山路達也)

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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