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小田切博の「キャラクターのランドスケープ」

マーチャンダイジングの観点から、マンガ・アニメ・ゲームなど、日本の「コンテンツ・ビジネス」の現在を考える。

コンテンツ産業とキャラクタービジネス

2010年5月25日

(これまでの 小田切博の「キャラクターのランドスケープ」はこちら

最近、1月に出した新書について何人かのひとと話をする機会があり「いまいち話が通じてない感じだな」と思ったポイントがいくつかあった。もちろん基本的には自分の筆力の問題なのだが、ある程度はマスコミやネットにおける用語の用法の混乱の影響があるのではないかと思う。

私見ではその「用法が混乱している」と思われる用語の最たるものは「コンテンツ産業」という言葉である。

この言葉についてはここでも以前からその成り立ち用法について何度か触れてきたが、経済産業省監修で毎年出されている『デジタルコンテンツ白書』によれば、「コンテンツ産業」とは「映像/音楽・音声/ゲーム/図書・新聞・画像・テキスト」の4分野を取り扱う産業全般を指す言葉であり、じつは現在マスコミで使われているような「アニメやマンガといった大衆向けエンターテインメント関連産業全般」を指す言葉としては適当な概念ではない。

なにをいっているのかがわかりにくいかもしれないが、この経産省の定義に従えばコンテンツ産業を構成するのは、放送局や映画産業、出版社、新聞社、レコード会社、ゲームメーカーなどであり、対象とするメディアは映画やテレビ番組、ビデオやゲームのソフト、CDなどの音楽媒体、書籍、新聞、雑誌などになる。

従って定義上ここには、トイやグッズといったアニメやマンガに登場するキャラクターを利用した商品化ビジネスであるキャラクターマーチャンダイジングや、パチンコや外食産業など他業種でのキャラクタープロパティーの利用は含まれようがない。

私が前述した自著において「コンテンツではなくキャラクタービジネスとして語るべきだ」という指摘を行ったのはこのためだ。

映画や小説、マンガ、アニメ、ゲームといった大衆向けエンターテインメントそのものの制作と流通を核にして多様なかたちでそのキャラクターやタイトルのプロパティーが商品やサービスとして展開されているのが現代のキャラクタービジネスであり、テレビ放映されている児童向け特撮番組、アニメ番組が外食産業でキャンペーンに利用されている状況をフラットに記述するためのキーとしては、「コンテンツ」ではなく「キャラクター」という概念を用いたほうが純粋に使い勝手がよい。

逆にいえば「コンテンツ産業」の本来的な定義では、新聞やテレビのニュース番組、雑誌全般、音楽といった「キャラクタービジネス」ではない領域を大量に含んでいる。たとえばアニメ雑誌はキャラクタービジネスの一環として考えられるだろうが、通常ファッション誌はキャラクタービジネスに含まれないだろう。同様に小説という物語コンテンツを提供するものであっても文芸誌をキャラクタービジネスと看做せるかどうかは微妙だろうが、ライトノベル雑誌は明確にキャラクタービジネスとして存在している。

この二つの概念は単にそれぞれ異なった集合を指したものなのだ。

この二つは互いに重なった部分を持ってはいるが、どちらかがどちらかを内包していたり、あるいは遷移的にどちらかからどちらかへ移り変わっていくようなものではない。

個人的には、本来の定義や用法が参照されないまま、なぜか「コンテンツ産業」という概念が「アニメやマンガ」と無造作に結びつけて語られてしまう、現在のマスメディアやネットにおける言説のあり方自体が問題なのだと思っている。いたずらに新奇な概念や方法的な流行に飛びつくのではなく、できるだけ落ちついたスタンスで、物事を吟味した上で語りたいものだと思う。

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プロフィール

小田切博

ライター、90年代からフィギュアブームの時期に模型誌、フィギュア雑誌、アニメ誌などを皮切りに以後音楽誌、サブカル誌等、ほぼ媒体を選ばず活動。特に欧米のコミックス、そしてコミックス研究に関してはおそらく国内では有数の知識、情報を持つ。著書として『誰もが表現できる時代のクリエイターたち』、『戦争はいかにマンガを変えるか』(ともにNTT出版刊)、共編著に『アメリカンコミックス最前線』(トランスアート刊)、訳書にディズニーグラフィックノベルシリーズがある。

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