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小田切博の「キャラクターのランドスケープ」

マーチャンダイジングの観点から、マンガ・アニメ・ゲームなど、日本の「コンテンツ・ビジネス」の現在を考える。

「デジタルコンテンツ」と「メディア芸術」

2009年5月26日

(これまでの 小田切博の「キャラクターのランドスケープ」はこちら

経済産業省監修の年次報告書『デジタルコンテンツ白書2008』の冒頭に「コンテンツ産業の市場規模」という統計データが掲載されている。ここで市場規模を算出するために累計されているコンテンツ産業を構成する「分野」は「映像/音楽・音声/ゲーム/図書・新聞・画像・テキスト」の四項。

ゲームと映像と音楽音声はかぶってるんじゃないか、最後の項目は一分野に押し込めるのは無理がないか、とかこれだけでもいろいろ考えさせられるが、白書のタイトルに「デジタル」の語が冠せられているのを見てもわかるように、現在の経産省のコンテンツ産業政策のベースになっているのは、インターネットの普及に伴っておこなわれてきた、家電や情報処理産業を対象にした「マルチメディア産業」の育成に関する議論である。

実際にこの『デジタルコンテンツ白書』の前身は90年代に刊行されていた『マルチメディア白書』であり、出版や映像といったものがその議論に組み入れられていったのは、従来メディアのデジタルコンテンツ化の進行によって、あとづけでつけ加えられていったものになる。

白書のタイトルが『デジタルコンテンツ白書』に改められたのが2003年。この年の4月からコンテンツ産業国際戦略研究会がはじまり、この研究会をはじめとした過去の議論を踏まえ、2007年9月「コンテンツグローバル戦略報告書」がまとめられている。

さらにこの白書の編纂元である「財団法人デジタルコンテンツ協会」の成り立ちを調べてみると、大元は1985年に設立された「国際映像ソフトフェア推進協議会」として設立されたことがわかる。この団体が1991年に「国際映像ソフトフェア推進協議会とマルチメディア国際会議フォーラムが統合して、財団法人マルチメディアソフト振興協会」になり、1996年この団体にさらに社団法人日本コンピュータグラフィック協会を統合、2001年に現在の「財団法人デジタルコンテンツ協会」へと改称している。

もう少し当時の状況を調べてみないと設立の経緯まではわからないが、現在も国際著作権法として機能しているベルヌ条約へのアメリカの加盟が1988年であり、背景には映像ソフトに関する国際著作権の問題対応へのニーズがあったのではないかと思われる。

この団体では設立以降、クリエイターの育成のために作品、作者に対して「デジタルコンテンツグランプリ」という賞を授与しているのだが、その賞体系の変遷を見ると、団体としての性質の変化に応じてコロコロその内容が変わっているのがよくわかる。

映像ソフトにはじまり、CGやゲーム、パッケージソフトといった「ニューメディア」的なものを取り込み、ネットに対応したところまでは映像、デジタルメディアを対象にした賞だといえるが、2001年以降いきなり漠然と「ビジネス」「エンターテインメント」「カルチャー」「アート」という部門分けになっているのが「マルチメディア」から「デジタルコンテンツ」への飛躍の大きさを感じさせる。

この経産省の「デジタルコンテンツ」と連動しているのかいないのかちょっと不可解なのが、文化庁が主唱する「メディア芸術」という概念である。

先に可決された政府の2009年度予算案に「国立メディア芸術総合センター」設立予算として117億円が計上されていることが話題になっているが、「メディア芸術」とはこちらでも指摘されているように2001年12月施行の文化芸術振興基本法

(メディア芸術の振興)
第九条 国は、映画、漫画、アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術(以下「メディア芸術」という。)の振興を図るため、メディア芸術の製作、上映等への支援その他の必要な施策を講ずるものとする。

と定められている概念であり、語の使用自体は1997年から年一回おこなわれている「文化庁メディア芸術祭」がはじまりだと思われる(言葉自体は若干ニュアンスが違うが、それ以前から美術批評用語としては存在した)。

この「メディア芸術祭」も「デジタルコンテンツグランプリ」同様、年一回「アート」「エンターテインメント」「アニメーション」「マンガ」の4部門の作品、クリエイターに対し賞を授与するものなのだが、賞としては法的な規定を含め対象自体は「メディア芸術祭」のほうが「デジタルコンテンツグランプリ」より明確だが、単純な賞の名称の問題ではなく、このふたつはそれぞれ文化庁と経済産業省の「政策立案の基礎概念」になっている。

にもかかわらず、このふたつはどこが違うのかがまるでわからないし、両省庁のあいだですりあわせがおこなわれているのかも大変疑問だ。

「国立メディア芸術総合センター」の設立自体がいいことかどうかは現時点では不明だが、「デジタルコンテンツ」産業の育成や振興と、「メディア芸術」の育成や振興を、バラバラにやってるのは単に無駄なんではないだろうか。

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プロフィール

小田切博

ライター、90年代からフィギュアブームの時期に模型誌、フィギュア雑誌、アニメ誌などを皮切りに以後音楽誌、サブカル誌等、ほぼ媒体を選ばず活動。特に欧米のコミックス、そしてコミックス研究に関してはおそらく国内では有数の知識、情報を持つ。著書として『誰もが表現できる時代のクリエイターたち』、『戦争はいかにマンガを変えるか』(ともにNTT出版刊)、共編著に『アメリカンコミックス最前線』(トランスアート刊)、訳書にディズニーグラフィックノベルシリーズがある。

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