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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

モノレールと新交通システム、仰ぎ見た未来とやってきた現実

2010年7月15日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

 ここ4回、モノレールと新交通システムを取り上げて色々と考察してきた。調べてみるとこれらは本当に面白い乗り物だった。特にモノレールは実用交通機関として便利か否かに関係なく、自分の内面に「未来の乗り物」として焼き付いていることに驚いた。
 今回は4回の連載では書ききれなかった事柄を補遺していくことにする。

その1:エイトライナーとメトロセブン

 前回、東京の第2環状線の例として、上野毛から西高島平と、あざみ野から北朝霞までという路線を私の妄想として掲載した。実は類似の路線は現実の構想として存在する。これまた前回紹介した運輸政策審議会答申第18号「東京圏における高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画について」には「今後整備について検討すべき路線」として、ほぼ私が書いたのと同じ環状線が掲載されている。

 西半分は、羽田空港を起点として、ほぼ環状八号線に沿って私鉄・JRとの乗り継ぎを確保しつつ北上し、最終的にJR赤羽駅にまで至る路線である。地元ではエイトライナー(Wikipedia)と呼び、エイトライナー促進協議会を結成して実現に向けた活動を続けている。
 赤羽からの東半分の環状線は、これまた地元がメトロセブン(Wikipedia)と呼び、エイトライナー同様に地元が実現に向けて活動を続けている。こちらはメトロセブンという名前で分かるように、環状7号線の地下を走る地下鉄を想定している。JR赤羽駅から基本的に環状7号線の地下を走ってJR京葉線の葛西臨海公園駅に接続することを想定している。

 調べてみた印象では、エイトライナーの検討のほうが先行しているようだ。エイトライナー促進協議会はどこに駅を置くかで、すでに具体的な駅名が挙がっているが、メトロセブンはまだ、どこでどの路線と接続させるかがまとまっていないようだ。

 エイトライナーとメトロセブンを調べていくと、やはり環状線は難しいなと痛感する。都市部の旅客需要はどうしても、都心と郊外を結ぶ放射状路線のほうが多い。当然そちらの整備のほうが先行し、整備と共に街も形成されていく。需要が比較的少ない環状線は整備が遅れるために、すでに出来上がった街区の中を街の構造を壊さないようにして通さなくてはならない。しかも、需要が放射状路線よりも少ないので、建設コストもかけられない。

 もうひとつ、私が思うに環状線には大きなハンデがある。走行時間が距離ではなく“角度”で意識される可能性があるということだ。
 例えば同じ都心半周だとして、JR山の手線で品川駅から大塚駅まで新宿経由外回りで移動すると32分かかる。ところが、都心を中心にしてほぼ同じ角度、北を上にした地図で6時から時計回りに12時へと移動するエイトライナーだと、距離はずっと長いにも関わらず、32分になるべく近い短時間で羽田空港から赤羽まで移動しないと、乗客が納得しないのではないだろうか。

 その背景には、環状線は都心を突っ切る既存の短距離路線と競合するということがある。現在、羽田空港と赤羽駅の間は、京浜急行、東京モノレール、JR京浜東北線などを使い、接続がうまくいけば58分、手間取っても1時間10分ほどである。エイトライナーが羽田空港と赤羽を結んだ場合も、これと同程度の速度を確保しなくては旅客利便性が上がったとはいえない。これは、例えば途中のどの放射状路線への接続駅でも同じだ。遠回りをして走るにも関わらず、都心経由より早く着くことが求められるのである。

 個人的感覚だが、羽田空港から赤羽までを、山の手線の品川駅・大塚駅間の2倍である1時間を超えたら、乗客は「遅い」と感じるのではないかと思う。完全な理不尽だが、私は意外にこの感覚は強いと見る。
 本質的に外側の環状線は、高速輸送手段である必要があるのだ。

 エイトライナーやメトロセブンをどのような交通システムで実現するかは、今後よほど徹底的に検討しなくてはならないだろう。私は前回書いたようにHSSTを導入するのが最適ではないかと考える。後述するモノレール江ノ島線のように待避線を多数配置して急行運転を可能にすれば、相当な高速交通機関が構築できると思う。静粛性という点でも非接触のリニアモーターカーは有利だ。

 しかし、それが正解である保証はない。既存鉄道との乗り入れを考えると、地下鉄のほうがいいのかもしれない。地下鉄だと建設コストがかなりかさむ。都営地下鉄大江戸線は、40.7kmの路線を建設するのに、およそ1兆円かかっている。大江戸線は建設費削減のために車両を小型化したが、それでもこれだけの金額がかかった。エイトライナー・メトロセブンも地下鉄を採用すると似たような金額になるのだろう。

 新路線の選定には、様々な立場からの利害得失が絡んでくる。あれやこれやの当事者が自らの利益を最大にしようとして動く。時には事態が膠着して何年も動きが取れなくなることもある。
 絶対に守らねばならないものがあるとすると、それは旅客の利便だろう。環状線の場合、接続する放射状路線との乗り換えの動線をぎりぎりまで短縮する努力を惜しんではならないと思う。

その2:湘南モノレールと千葉モノレール

 ここまでで、どうしても書きたくて書けなかったこととして、千葉モノレールの設計がある。はっきり書くなら、千葉モノレールの路線構成の印象は最悪であった。
 営業距離世界最長の懸垂型モノレールという称号を持つ同線は、湘南モノレール江ノ島線と同じ、三菱サフェージュ式の車体を使用している。しかし、この両線の印象は同じ系統の車体を使用しているとは思えないぐらいに異なる。

 湘南モノレールは、三菱重工業がモノレール事業に乗り出すにあたってのモデル路線として建設された。モデルケースということもあるのだろうが、大変アグレッシブで独創的な路線構成を採用している。まず、基本が単線でありながら、多数の切り替えポイントを配置して6.6kmの路線の間に4つのすれ違い可能な駅を作り出している。湘南モノレールはこの路線を生かして、昼間でも七分半間隔の高密度ダイヤで運行を行っている。

 たそがれ未来のモノレールで書いたように、モノレールのポイントは、構造が複雑で大型だ。だからポイントを多数配置することは建設費の増大を意味する。しかし、江ノ島モノレールではポイントを多数配置することで全体を単線で済むようにして、なおかつ複線並みの運行密度を保つという大胆な路線設計を採用したのである。
 路線レイアウトもまた、鎌倉から江ノ島にかけての丘陵地帯の急傾斜をまっすぐに上り下りしており、登坂能力に優れるモノレールの特性を生かした設計になっている。実際、湘南モノレールはかなり速い。大船駅から湘南江の島駅まで、14分。平均時速は28.3km/hだ。傾斜のきつい丘陵地帯を走っていることを考えると立派なものである。

 ところが、千葉モノレールの路線構成は、湘南モノレールとは対照的な弛緩したものである。
 千葉モノレールは千葉みなと駅と県庁前駅を結ぶ全長3.2kmの1号線と、千葉駅と千城台駅を結ぶ12kmの2号線とがある。2号線は千葉駅から1号線に入り、千葉みなと駅までの運転を行っている。それぞれ複線の立派な路線であり、JR千葉駅前を、非常に高い高架で走るモノレール路線は、まさに未来都市をイメージさせる。

 だが、乗ってみると千葉モノレールの路線構成は水ぶくれであることがはっきりと分かる。それはまず平均速度に表れている。直通で走っている千葉みなと駅から千城台駅までは、距離が13.5kmで所要時間は30分。平均時速は27km/hでまあまあに思える。ところが、千葉市中心部を走る千葉みなと駅から県庁前駅までは、3.2kmを9分で、平均時速は21.3km/hにまで落ちる。千葉みなと駅から路線が高速走行に適した直線区間に入る手前の千葉公園駅までだと2.6kmを7分。平均時速は22.3km。共に自転車程度でしかない。

 つまり、千葉モノレールの路線は、市街地が極端に遅いのだ。その一番遅い区間こそ、あの堂々として、いかにも建設コストが掛かっていそうな高架路線の区間なのである。
 しかも、遅い市街地区間に高速の郊外区間とが直列につながっているので、郊外区間の駅に向かう場合も、市街地区間ののろのろ走行を耐えなくてはならない。市街地をバスや自転車よりも速く移動することもできず、郊外に直接高速アクセスすることもできない路線構成というわけだ。

 さらには千葉駅から県庁前駅までの1号線は、どういう旅客需要を想定して路線を決定したのか意味不明である。始発の千葉みなと駅から順に駅を追っていくと、千葉みなと駅(JR京葉線乗り換え)←→市役所前駅←→千葉駅(JR総武線・京成電鉄乗り換え)←→栄町駅←→葭川公園←→県庁前となる。路線は千葉駅からほぼ外房線と200m間隔で並行して走っており、JR千葉駅からの乗り換え需要が大きいとも思えない。「市役所と県庁への通勤に便利」というお手盛りと、「千葉市役所と千葉県庁を千葉駅経由で結びたい」という見栄とで路線を決定したように見える。

 千葉モノレールは2560億円をかけて建設されたが、収益は毎年赤字が続き、2006年度には税金を投入して赤字を棒引きにする手段をとらざるを得なかった。路線失敗のつけを住民に回したわけである。その後は2008年度まで単年度黒字を出しているが、大規模な官からのてこ入れでやっと一息ついたという感が強い。
 路線を見ればそれも当然というのが、私の感想だ。同じ三菱サフェージュ式なのだから、湘南モノレールのひきしまった路線構成を真似すれば良かったのに。JR千葉駅をまたぐ立派な高架には、「さすが土建王国千葉」というしかない。

 ただし、良い部分もある。郊外に出てからの、特に都賀駅から終点の千城台駅までは、非常に気持ちよい、モノレール本来の性能をフルに発揮した高速走行を味わうことができる。この区間だけは、特にモノレールマニアにお薦めである。

その3:良く分からない埼玉のニューシャトル

 埼玉新都市交通伊奈線「ニューシャトル」も、なんだか良く分からない路線だった。この路線は大宮駅から丸山駅までを、東北新幹線の高架橋脚に寄生する形で作られている。建設費を節約する良い案に一見思える。だが、新幹線路線が建設されるということは、周囲があまり居住者のいない郊外ということを意味する。そこにコミューター交通向けの新交通システムを入れることに、建設当時はどの程度の意味があったのだろうか。
 どうも、新幹線高架建設に伴って周辺住民を黙らせるための“あめ玉”だったように思える。Wikipediaには「地域住民(旧大宮市・上尾市・伊奈町)への見返りとして、都市鉄道を建設することとなった。」と記述されている。少なくとも旅客需要から割り出して建設した路線ではないようだ。

 私がニューシャトルに全線乗ったのは休日の午後だった。大宮からひと駅の鉄道博物館駅までは親子連れで満員だった。もちろん、東京・秋葉原から移転した鉄道博物館への乗客である。しかしその先はガラガラとなり、新幹線高架から離れて田園地帯に入っていく丸山駅から内宿駅までは、ほとんど乗客はいなかった。それでも周囲には住宅が増えているように見受けたが、開業当時の沿線はいったいどんな車窓風景だったのだろうか。

その4:惜しい、日暮里・舎人ライナー

 東京都交通局の日暮里・舎人ライナーは、2008年3月30日開業。JR日暮里駅と足立区の見沼代親水公園駅の間、9.7kmを20分で結んでいる。今のところ日本で最新の新交通システムだ。
 この路線は素晴らしい。なによりもきちんと旅客需要のあるところに建設していることが良い。同路線の乗客数は増え続けており、開業以来増便が続いている。
 路線構成はきちんと新交通システムの利点を引き出している。日暮里駅付近の屈曲した路線構成は、新交通システムでなければ実現できなかったであろう一方で、路線の大部分はほぼ直線の尾久橋通りの上に高架線として建設されている。このため、路線のかなりの部分を標準型新交通システムの上限である60km/hで走行することができる。

 ただ一つ、惜しいと思うのは――「また言っている」と思われそうだが――HSSTでないことだ。並行する道路の自動車の流れを見ていると、渋滞時以外では、日暮里・舎人ライナーが自動車を追い抜いていくことはない。これがHSSTならば、軽々自動車の流れを追い抜いていくことができたろう。同路線建設の目的の一つに、尾久橋通りの渋滞緩和があった。公共交通機関がバスのみで、自家用車に頼りがちだった地域に公共交通システムを通し、自動車の利用を減らそうとしていたわけだ。ならば、「自動車を軽々追い抜いて走る公共交通システム」は、自動車に対する決定的な優位性を印象づけることができたろう。

 標準型新交通システムには、維持コストという点でも私は引っかかりを感じている。というのも、調べていくうちに使用する特製タイヤは1つ200万円するという話が出てきたからだ。この金額が本当かどうかは確認できなかったが、新交通システムしか使用しない専用タイヤが、けっこうな値段になるだろうことは容易に推理できる。
 標準型新交通システムとHSSTの建設/運行コスト内訳は非常に興味引かれるところだが、資料を見つけることはできなかった。

 色々書いてきたが、モノレールと新交通システムを調べてきて、強く実感したことがある。何を大げさなと言われそうだが、「日本経済がダメになった理由はこれか」ということだ。

 モノレールや新交通システムは、日本経済が右肩上がりだった1960年代から導入が始まり、「未来の乗り物」というイメージと共に普及していった。その過程で「公共交通機関はどのようなものであるべきか」「どんな路線を建設すると乗客の利便性が向上するか」という大切な視点がどんどんないがしろされていったようなのだ。

 1960年代に建設された東京モノレールも、湘南モノレールも、合理性を感じさせる路線構成をしている。これが神戸新交通ポートアイランド線となると「おや?」と思わせるものとなり、前々回取り上げた桃花台線「ピーチライナー」、埼玉新都市交通伊奈線「ニューシャトル」、千葉モノレール、ゆりかもめ、多摩都市モノレールと、どんどん「いい加減にしろ」と言いたい路線が増えていく。その極みが、前回に分析した愛知高速交通東部丘陵線「リニモ」だ。

 これらの路線に共通するのは、「路線建設は投資であって、いずれは旅客収入によって回収しなくてはならない」という意識の欠如だ。
 投資は回収し、さらなる収益と利便を産み出すことによって初めて生きる。1970年代から80年代にかけて、日本にはお金があった。1990年代、バブル経済の崩壊と共に日本は「失われた10年/20年」に突入したが、金余りの余韻は主に官需の世界では長く尾を引いた。

 お金があった時に、考え抜いてきちんと正しい投資をしていれば、投資は利益と利便を生んで、失われた時代の日本を支えるのに役立ったはずだ。しかしそうはならなかった。漫然と行われた投資は、リターンを生まずに消滅した。桃花台線「ピーチライナー」のように。
 別にモノレールや新交通システムに限ったことではない。道路から公的施設から空港に至るまで、ありとあらゆる分野で日本は「お金があるからいいじゃないか」とばかりに漫然とした投資をしまくってきた。結果、未来の日本、つまり今の日本を支えるはずだったお金はなくなってしまった。

 一部のモノレールと新交通システムが象徴しているのは、1960年代から80年代にかけての「経済成長に浮かれまくって未来を見なかった日本」ではないだろうか。
 高度経済成長からバブル経済に至る時代の墓標を選定するとするならば、私は千葉モノレール・千葉駅付近の高架線を選ぶ。堂々たる高架線をのろのろと走るモノレールは、まったくもって「回収する」という意識の欠如した投資を象徴していると考える。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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