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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

間違った未来、新交通システム(その3) HSSTに見る次世代新交通システムの使い方は?

2010年5月24日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

 最初に訂正をひとつ。前回、桃花台線ピーチライナーについて「ピーチライナーの小牧駅と名鉄小牧線の小牧駅は隣接しており乗り換えが遠いということはなかった。」と書いたが、桃花台新聞というブログから、「小牧駅の乗り換えは、地図では隣接していたものの、ピーチライナー小牧駅が高架駅であるのに対し、名鉄の小牧駅は地下駅で、垂直方向に離れていた」という指摘を頂いた。つまり桃花台線ピーチライナーは乗り換えが遠く、路線もつながっていないと、いいところなしだったわけである。
 この件は訂正し、おわびいたします。

 さて、これまで2回、さんざん新交通システムの欠点をつついてきたわけだが、では逆に新交通システムを使うべき場所、新交通システムの正しい使い方は存在するのだろうか。どこかに新交通システムならではの使い道が存在するのだろうか、というのが今回の主題である。

 のっけから希望を潰すようだが、「いままでの新交通システムでは、まずない」というのが私の結論である。ひとつのありようは、山万のユーカリが丘線と、西武のレオライナー山口線だが、これらを今から投資して作るというのも少々疑問である。ニュータウン用交通機関なら、都市計画レベルから考えて甦る路面電車で取り上げたLRTを導入するほうが、ずっと建設費も安く、使いやすいものができるだろう。

 京臨海新交通臨海線と「ゆりかもめ」や神戸の「ポートライナー」に代表される「標準型新交通システム」はまったくもって論外だ。建設費は高く、輸送力は小さく、速度は遅い。これ以上日本に増えて欲しくない、というのが正直なところである。

 ただし、私の考えでは、「これはひょっとすると使えるかも」という新交通システムと用途がたったひとつだけ存在する。それは、愛知高速交通東部丘陵線「リニモ」が使っているリニアモーターカー「HSST」を大都市近郊の環状線として使うというものだ。

愛知高速交通東部丘陵線「リニモ」が使っているリニアモーターカー「HSST」(※以下の写真、すべて同じく)

 HSSTは、1970年代から日本航空が、空港と市街地を結ぶ高速アクセス手段として研究してきたリニアモーターカーだ。国鉄/JRのリニアモーターカーが超電導磁石を使用するのに対して、HSSTは常温で使用する通常の電磁石を使う。技術開発が長期間続く中で、日本航空は途中で撤退し、現在は名鉄こと名古屋鉄道が筆頭株主の中部HSST開発が研究開発を継続している。

 先回りしていっておくと、現在HSSTとしては唯一の営業路線である愛知高速交通東部丘陵線「リニモ」は、楽しんでお金の浪費をしたとしか思えない、ふざけた路線である。もともとは2005年日本国際博覧会「愛・地球博」のために名古屋中心部から郊外の会場を結ぶアクセスの足として建設され、博覧会閉幕後は周辺の学校への通学者で路線収入を得ることを期待していた。しかし、路線の使いにくさから、利用者数は低迷している。
 名古屋市営地下鉄東山線の終点駅である藤が丘駅と八草駅(旧名:万博八草駅)の間の8.9kmを結ぶ路線だが、路線の構成には利用者の利便を考慮した形跡が見あたらない。案の定、博覧会終了後は、年間20億円以上の赤字を出し続けている。

 そもそも、リニモの路線は市営地下鉄東山線をそのまま延長した方向に延びている。利便を考えるならば東山線をそのまま延伸すべきだった。そうすれば、沿線住民は名古屋中心市街まで一本で行くことができてずっと便利なはずだ。藤が丘駅は名古屋市の行政区画の東端にあり、市営地下鉄としてはその先の長久手町には路線を延ばしにくいところではあるのだが、やりようはいくらでもあったはずである。
 それが、藤が丘駅でわざわざ乗り換えが必要なのだから、その時点で日常の足として使う気が萎える。しかも東山線は高架駅でリニモは地下駅。乗り換え動線は垂直距離が遠くて不便だ。途中の駅も、どこもかなり高い高架の上にあり、ホームの上り下りだけでもうんざりしてしまう。

 路線は、利便性よりも、むしろ海外にHSSTを売る際のショーケースとして機能するよう設計されたのではないかと思わせる。地下の藤が丘駅からはしばらくトンネルが続く。トンネル断面は小さく、「建設費が安く済みますよ」と主張している。トンネルを抜けて高架区間に入るとはなみずき通駅と杁ヶ池公園駅の間には、ほぼ90度の急カーブが2つある。「こんな小さなカーブでも曲がれますよ」というわけだ。その先には、登坂力を見せつけるかのような上り下りも用意されている。

 だが、実際に乗ってみると、路線設計とは別に、HSSTが優れた特性を持つ乗り物であることが実感できる。まず非常に静かでスムーズだ。磁気浮上だから当たり前といえばそうなのだが、その静粛性とスムーズさは他の乗り物では体験できない。加速・減速もいい。大人数が乗る公共交通機関なので、かけられる加速度には限界があるが、それでも体感的にはゆりかもめの鈍い加速に比べるとずっと小気味よくしゃきしゃきと走り、止まる。

 その上、大変重要なことには速い。愛知高速鉄道のページを見ると、現在走らせている車両は最高速度100km/hで、ゆりかもめなどの60km/hと比べるとポテンシャルが高い。もちろんリニアモーターカーだから、原理的に最高時速100km/hに留まるわけではない。車両と路線さえ適応させれば300km/hでの運転も可能である。

 HSSTは輸送力もかなり大きい。リニモは車両全長14m(先頭車両の場合)で3両編成。定員224人、うち座席定員104人。ゆりかもめは、車両全長9mで6両編成。定員は352人、うち座席定員170人だ。既存の新交通システムと比べて同格以上といっていいだろう。
 ちなみにJR東日本・山手線のE231系は、車両全長20mで11両編成。定員は1752名である。両端の車両と中間車両は仕様が異なるのだが、単純に3両編成に換算すると、定員478人となる。

 既存新交通システムと同程度の建設コスト、運行コストならば、HSSTは、速度、加速度、輸送力で勝っていることになる。すると、新たに建設する大都市の環状線に好適だ。

 大都市の公共交通機関は通常、中央から放射状に拡がる路線と、環状線とで構成される。ところが、放射状の路線は、どんどん構築されるが、環状線は意識的に都市計画を行い、計画的に作っていかなければなかなか形成されない。中央部と近郊を結ぶ路線には確実な需要があるが、都市周辺部相互を結ぶ環状線は需要が小さいからである。
 とはいえ。環状線を建設しないと、周辺部から周辺部への移動がすべて都市の中心部を経由することになり混雑を引き起こす。

 東京を例に取ると、JR山手線という都心環状線が存在するが、その外側には手頃な環状線が存在しない。あえて言えばJR武蔵野線が環状線を形成するが、これは大回り過ぎる。おそらく府中本町駅・西船橋駅間の武蔵野線全線に乗ったことがあるのはそのほとんどが鉄道マニアではないだろうか。

 東京で言えば山手線と武蔵野線の間、道路の環状八号線付近にもうひとつ環状線が欲しいところではある。事実、太平洋戦争の前には、東京山手急行電鉄(Wikipedia)という会社が、新たな環状線の建設を計画し、一部の土地取得まで行っていた。Wikipediaの記述によれば、現在の環状八号線付近に新たな環状線を作る計画が複数あったものの、1927年の昭和金融恐慌と1930年の昭和大恐慌、さらには戦争のため、すべて潰えたのだった。

 敗戦後、東京は大きく発展し、過密化が進んだ。今や、新たな路線を敷設するには、地下か高架を選ぶしかない。建設費の安い地上の鉄道路線は選択肢に入らなくなってしまったのだ。
 となれば、地下鉄より建設費が安い新交通システム、特に輸送力が大きく高速なHSSTにも出番が出てくる可能性がある。交差するすべての放射状の路線と短い動線で乗り換え可能、かつ静かで高速な交通機関は、新たな移動の需要を産み出しそうな気がしてくるではないか。

 実際問題としては、土地買収の可能性や採算性などの検討は不可欠だ。しかし、構想だけならば個人で何を考えても自由である。
 地図を見ていると、色々妄想が湧いてくる。

 東急大井町線の上野毛駅から出発して、環状八号線の上を進み、小田急線の千歳船橋駅(ここは駅を環八よりに移設だ)、京王線の八幡山駅、京王井の頭線の高井戸駅、JR中央線の荻窪駅(ここも駅を移設!)、西武新宿線の井荻駅、西武新宿線の練馬高野台駅、東武東上線(成増駅と和光市駅の間に駅を作っちゃえ)、そして都営地下鉄三田線の西高島平駅で終点、というのはどうだろう。そのまま埼玉に渡って埼京線の武蔵浦和駅まで延伸して、武蔵野線と接続するのもありだ。路線が完成したら、反対側を、第三京浜沿いに横浜まで延伸するのも面白いだろう。

 さらにその外側には、横浜市営地下鉄が接続している東急田園都市線・あざみ野駅を始発駅として、小田急線・生田駅、JR南部線・中野島駅、多摩川を渡って京王線の布田駅、JR中央線・三鷹駅、西武新宿線・武蔵関駅、西武池袋線・大泉学園駅、そして東武東上線の朝霞台駅と武蔵野線の北朝霞駅につながる路線を作ろう。
 市街地を静かで速いHSSTが走り抜ける様子は、想像するだけでわくわくするではないか(誰が建設費用を出すかは別として)。

 というような、子供の電車ごっこをしていて気がついた。多摩都市モノレールは本来、東京西部を走る放射状路線を高速で接続する南北路線として建設するべきだったのだ。そして、南北路線として多摩都市モノレールを見直すと、そこに通すべきはモノレールではなく、HSSTだったのではないだろうか。
 多摩都市モノレールの欠点は、乗換駅の接続の悪さと、速度の遅さ、付け加えるなら当初予定の2倍を超えた建設経費の3点だ。接続の悪さは路線設計の失敗だが、残る2つは、どうも私には車両選定の失敗ではないかと考える。

 多摩都市モノレールで使用されている車両は、日本跨座式と呼ばれるものだ。これは1960年代に運輸省が日本モノレール協会に研究を委託した結果生まれた日本独自の形式で、東京モノレールのようにタイヤハウスが車内に盛り上がっておらず、平面床で定員が多いという特徴を持つ。モノレール開発の初期に建設された東京モノレールを除き、日本の跨座式モノレールは、すべてこの日本跨座式の規格を採用している。大阪モノレール、北九州高速鉄道小倉線、沖縄都市モノレール線「ゆいレール」は、すべて多摩都市モノレールと同じ、日本跨座式である。

 しかし、この運輸省(現国土交通省)お墨付きというべき日本跨座式は、平面床を採用した結果、やたらと車体が大きくなってしまった。東京モノレールはレールを抱え込む足の部分から天井までの車体全高が4.4mであるのに対して、多摩都市モノレールは実に5.2mもある。2階建て家屋ぐらいの高さがあるのだ。その結果、車体が重くなり、加速は悪く、カーブでも速度が維持しにくくなってしまった。車体が大きく重いのでレールも駅設備もそれなりに大がかりになる。当然建設コストがかさむ。

 私には、日本跨座式が「やっちゃった」感の強い、失敗設計ではないかと思える。
 多摩都市モノレールは、乗客の動線を軽視した路線設計のまずさに加え、日本跨座式を採用したことによって、低速になり、なおかつ大がかりな路線インフラが必要になってしまった。

 だが、これがもしもHSSTだったらどうだろうか。リニモと同じ車体を使ったとしても、車両設計最高速度は100km/h。多摩都市モノレールの車両設計最高速度80km/hより早く、なおかつカーブを速やかに通過できる。線路は磁石も制御回路もないから比較的低コストで敷設でき、非接触方式なのでメンテナンス・コストも安い。車体が小柄な分、駅施設も簡素になるだろう。車両の登坂力も強いから、まっすぐ路線を敷設して、高速走行を可能にできる。江ノ島モノレールのように途中駅に切り替えポイントを多数設置して待避線を作れば、急行運転もできる。

 現在の多摩都市モノレールは平均時速27km/hだが、これが最高速の比率で向上すると仮定すると(そう簡単ではないのは重々承知だが)、HSSTは34km/h。既存の京王多摩センター駅と上北台駅の間は、36分から29分弱に短縮される。

 多摩都市モノレールは、現行の多摩センター駅から上北台駅に加えて、多摩センター駅から小田急線・町田駅やJR中央線・八王子駅まで、上北台駅からJR八高線・箱根ヶ崎駅の延伸構想がある。現行の日本跨座式モノレールがだらだらゆっくりと走るのならば大して便利とも思えないが、これがHSSTだったらどうか。

 小田急線・町田駅から出発して、京王相模原線・京王多摩センター駅、京王線・高幡不動駅、JR立川駅、西武拝島線・玉川上水駅と高速でつないでいくHSSTは魅力的ではないか。上北台駅側の延伸は、先に真北の西武球場へ向かうべきだろう。路線の両端に旅客需要を作るのは、交通システム基本のセオリーである。そして西武狭山線と接続した後で、JR八高線・箱根ヶ崎駅に向かうべきだ。

 現行の多摩都市モノレールの営業路線16kmに加えて、上北台駅から西武球場までがおよそ3km強。京王多摩センター駅から、小田急線・町田駅まで道なりと仮定して約12km。合計31km。現在の多摩都市モノレールの平均時速7km/hでは1時間9分、HSSTで平均時速34km/hなら55分。しかし、HSST快速運転が40km/hを達成すれば47分だ。町田から西武球場まで47分というのは、かなり魅力的ではないだろうか。

 とはいえ、多摩都市モノレールはすでに営業運転を開始しており、今後とも建設費がかさみ、完成後はとろとろ走る日本跨座式の路線が延びることが確定している。まったくもって現実はツヤ消しで面白みにかけるものだ。

 しかし、実は今後に希望はある。

 ここ10年ほどの東京近郊の新路線は、運輸省の運輸政策審議会が2000年1月27日に出した、運輸政策審議会答申第18号「東京圏における高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画について」という文書に従って進んできた。これを読んでいると、「これは完成した」「これはできていない」「この路線はこう延ばすつもりか」などと色々と面白いことが分かる。
 答申から10年、完成すべきはほぼ完成した。ということは、そろそろ何らかの形で次の答申を作成すべき時期になっているのである。

 これら路線計画は、基本的に運輸官僚が線を引いている。私は絶対彼らは楽しんで仕事をしていると思う。今回自分でやってみて実感したが、地図を前に様々な条件を勘案しつつ「ああしよう、こうしよう」と考えるのはとても楽しく、心弾むことだ。
 そんな楽しみを運輸官僚に独占させておく理由はない。そして今や、私たちには十分な情報処理能力を持つパソコンとインターネットがある。

 私たちが今行うべきこと。まず地図を用意する。Googleマップキョリ測でも構わない。そして妄想する。どんな路線をどこに敷設したら、どんな人が便利になってうれしいかを、ひたすら妄想する。にやにやしながら妄想する。

 そして、次の答申の時期になったら、国土交通省に向かって声を上げる。パブリックコメントの募集があったら、必ず応募する。つまらない路線案が出てきたら罵倒する。遠慮する必要はない。運輸官僚は専門家かも知れないが、過去に新交通システムという失敗の実績があるのだ。

 おそらくそれが、真に便利な公共交通機関を実現する、一番の早道ではないだろうか。官僚の恣意が間違った未来の新交通システムを呼び込んだのだとしたら、正しい次世代新交通システムを実現するのは、乗客となり得る私たち一人ひとりの意見だろう。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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