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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

親子3人乗りBikeEタイプ・リカンベントの提案

2009年2月20日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

前回、親子3人乗りの自転車としてリカンベントが適当ではないか、という話をした続きです。

「なぜリカンベント?」と思われる方も、「リカンベントって何?」と思われる方も、まずは私の考えを以下読んでもらいたい。リカンベントを知らない方は、前々回を参照のこと。

様々な先入観を廃して、親子3人乗り自転車に必要な条件を考えてみることにする。実際に起きている事故の実態は、警察庁の「幼児2人同乗用自転車」検討委員会の第1回に提出された資料3 自転車同乗幼児の事故実態で分かる。実際の母親達のニーズは、前回紹介した「子供複数乗せ自転車に関する現役の母親からのニーズ調査報告/暫定版」に掲載されている。

まず、実際に幼児がどこに怪我しているかを見ると、頭部が圧倒的に多い。これは自転車が倒れて放り出されたのだろう。倒れるシチュエーションとしては、自転車が止まったときに母親が足で支えきれなくなって倒れる場合と、停めてスタンドをかけておいた状態で幼児が暴れたり強風を受けたり、別の自転車を引っかけられたりで倒れる場合とが考えられる。

次に、多いのが脚部だ。これは倒れた拍子に怪我をした場合と、足を車輪に巻き込まれた場合とが考えられる。
これらに続いて頸部と腕部が続くが、これらもやはり自転車が倒れた場合に怪我をしたと考えられる。

つまり、第一の条件として、親子3人乗り自転車は倒れにくいものでなくてはならない。走行時に急停車した場合も、停止状態であっても、倒れにくい構造である必要がある。

ユーザーニーズを見ると、「こぎ出し時にふらつかないようにして欲しい」ことを、調査を受けた全員が要求している。

これらを満たす自転車の構造として、いくつかのメーカーは3輪、または4輪の自転車を提案している。しかし、コスト面で問題があるだろうというのは、前回指摘した通りだ。

ここからが、私の考察となる。3輪以上の自転車はコスト増となるので考察の対象から外す。どんなに良い自転車でも。価格が高いと母親は買ってくれない。2輪の自転車のみを考えて、親子3人乗りの条件を検討していくことにする。

走行時の自転車を倒れにくくする設計の基本は、自転車の重心を下げることだ。つまり母親と子供をなるべく低い位置に乗せるということである。子供が低い位置に乗っていると、急停止時に足で支えやすくなる。同時に、停止時に転倒したとしても、相対的に低い位置から子供が落下することになるので、怪我が軽くて済むことが期待できる。

また、こぎ出し時にふらつかないようにするには、子供2人という重量物を乗せてもよじれない高剛性のフレームであることが必須だ。価格が上昇してはいけないので、高剛性フレームを安価に製造できる構造でなくてはならない。さらにペダルと座席が、ペダルにしっかり力が伝わる位置関係に調整してある必要がある。きっちりとペダルに力を掛けることができれば、こぎ出しの際にふらつくこともなくなる。

しかし通常の自転車で、ペダルにしっかり力が伝わるように座席の位置を調整すると足つき性が悪くなる。本連載の「ママチャリで快適に移動するたった3つの方法」で書いたとおりだ。

ここで条件を整理しよう。親子3人乗り自転車を2輪限定で考えると、基本的な条件は以下の通りとなる。

・母親と子供をなるべく低い位置に乗せること。
・高剛性のフレームを低価格で実現できる構造であること。
・座席とペダルの位置関係は、ペダルにしっかり力が伝わること。同時に、足つき性も良くなくてはならない。

ここで私が思い出したのが、「BikeE(バイキー)」というリカンベントだった。私は一時期、せっせとリカンベント愛好家主催の試乗会に通ったことがある。様々なリカンベントに乗ったが、そのほとんどは乗るためにちょっとしたコツが必要だった。しかし、一車種だけ、誰でも通常の自転車の感覚ですっと乗ることができる車種があった。それがBikeEである。

残念ながら現在、新品のBikeEを入手することはできない。製造していた米バイキー社は2002年に倒産してしまった。現在BikeEがどんなリカンベントだったかを知るためには、ここや、ここや、ここといった愛好家のページを見るしかない。

BikeEは、リカンベントといってもそんなに寝そべった姿勢をとらない。足を前に投げ出した普通の自転車といっても通る形状をしている。タイヤは前が小さくて後ろが大きい。フロントは16インチで、リアは20インチだ。このため、若干前につんのめったような姿勢をしている。

フロントタイヤが小さいので、BikeEはかなり足つき性が良い。座席の位置を調整してペダルにきちんと力がかかる位置にしても、足を下ろすとぺたっと足の裏を地面に付けることができる。つまり、BikeEのようなリカンベントは、足つき性とペダルにきちんと力がかかる座席の位置を両立させることができる。小柄な女性の場合、BikeEのフレームサイズでは脚をぺったり着けるのは厳しいかもしれない。が、そのあたりは設計次第である。リアのタイヤを18インチ、あるいはもっと小さくすれば足つき性は良くなる。

フロントタイヤはあまり小さくすると段差への乗り上げがつらくなる。が、私はタイヤを太くし、サスペンションを付けるなら、もっとフロントタイヤを小さくすることが可能だろうと考えている。私は現在、12インチの太いタイヤを履いたBD-Frog(申し訳ない。リンク先は私のブログだ。なにしろこの自転車も2007年で生産中止となっている)という折り畳み自転車を所有している。この自転車は特に段差に弱いということもなく、ごく普通の感覚で乗ることができる。このことからすると、BikeEタイプのリカンベントでも、フロントタイヤを12インチまで小径化し、その分重心を下げることは可能だろう。

BikeEの構造でもっとも特徴的なのはフレームである。長方形断面のアルミ合金の押し出し成形材を、そのままフレームに利用しているのだ。これは剛性を高く保ちつつ、コストダウンを図るのに適している。押し出し成形材は大量生産されているし、剛性を高くしたければ「日」や「目」の字の断面形状をした押し出し材を使えばいい。

BikeEタイプのリカンベントは、先に示した条件を以下のようにクリアできるのである。

・母親と子供をなるべく低い位置に乗せること。
そもそもリカンベントは座席の位置が低い。車輪を小径化すればより一層下げることができる可能性がある。

・高剛性のフレームを低価格で実現できる構造であること。
量産されているアルミ合金の押し出し成形材を使うことで、高剛性と低コストを両立することができる。

・座席とペダルの位置関係は、ペダルにしっかり力が伝わること。同時に、足つき性も良くなくてはならない。
リカンベントでは、足つき性と座席とペダルの最適な位置関係を両立させることができる。

上記に加えて、以下のような利点もある。
・通常の自転車に乗れる者ならば、特に練習せずに簡単に乗りこなすことができる。
・スーパーマーケットなどで、通常の自転車のために用意された自転車置き場に駐車することができる。
・車体が低くなる分、側面積も小さくなるので、横風でふらつくことも少なくなる。

次に考えるべきは、どこに2人の子供を乗せるかだ。リカンベントでは、座席の背もたれの後ろにかなり大きな積載スペースを確保することができる。私は初め、座席の後ろに2人の子供をまとめて乗せるべきと考えていたのだが、現役の母親に聞いてみると「それではダメ」と言われてしまった。

上の子供はある程度聞き分けができるので、後ろに乗せても構わないが、下の子供は乳幼児を脱した位なので、いつも目に見える範囲に置いておかないととてもではないが危なくて仕方ないというのだ。2年間隔で出産すると仮定すると、上の子が3歳で保育園に通う時期に下の子は1歳。そろそろ乳離れかな、というぐらいで、好奇心旺盛になんでも口に入れる頃だ。確かに、目が離せない。となると上の子を後ろに、下の子はハンドル部分に乗せるしかない。

BikeEタイプのリカンベントは、座席の背もたれの後ろに広大なスペースがある。ここに後ろの子供を乗せることは難しくはない。後部座席を、ちょうど子供を背負うようなタイトなものにすると、母親は走行中でも子供の状況を感じ取れるようになるかも知れない。リカンベントの場合、座席の後ろに子供用の座席を設置しても、さらにその後ろにスペースがあるので、荷物用のかごを設置すると便利だろう。

問題は下の子供を乗せる前部座席である。現在市販されている子供乗せ自転車は、丸石自転車のふらっか〜ずに代表されるように、大きく広がったハンドルの中央、前輪のステアリング軸の真上に幼児用シートを取り付けている。親子3人乗りのリカンベントでも、これと同等の設計を採用することになるだろう。ただし、ペダルとハンドルが干渉しないように設計する必要がある。

ここから後は、細かな工夫ということになる。子供用の座席は、子供の首や頭、脚などを保護する形状とする必要がある。スタンドは大きく、しっかりしたものがいい。通常の自転車のような後輪車軸に取り付けるのではなく、オートバイのセンタースタンドのように、車体中央に取り付けるほうがいいだろう。強力なブレーキ、明るいライトは必須である。特にブレーキは、親子3人の体重がかかった状態でも確実に停止できるだけの能力を備えている必要がある。変速機は、停止時もギアチェンジができる内装変速機が良いだろう。走り出す時は、必ず低いギアに入れてからこぎ出すという習慣を付ければ、走り出しでふらつくということもなくなる。

だが、このようなリカンベントの最大の利点は、子供が成長し3人乗りをしなくなった後も、不要にはならないということである。親子3人乗りリカンベントは、座席部分をカゴと交換すれば、通常のママチャリどころではない貨物積載能力を持つ、買い物専用自転車に変身する。高剛性フレームと強力なブレーキは、買い物自転車としても、安定した走行性能を約束する。

長期間使えるということは、購入者である母親が購入時に「多少高くても長く使えるならいい」と考えてくれることを意味する。つまり、それだけコストを掛けた良い製品を世に出せるということである。

──と、つらつらと、親子3人乗りリカンベントの可能性を考えてみた。もちろんここまでの論考は、あくまで私が頭で考えただけであって、実際に試作してみたら思わぬ問題が出てくる可能性は否定できない。特に、前部座席とペダルとの干渉はよほどきちんと考えないと、うまく走れる設計にはならないかも知れない。

いざ発売ということになると、母親達の「なに?この変な形。私に乗れるだろうか」「変な形。なんだか怖い」という新しい物に対する忌避感にぶつかるだろう。人間は、特に身体に密着して使用する道具の場合、便利で新奇なものよりも、不便であっても慣れたものを選ぶ傾向がある。普及には苦労する事になるかも知れない。

だが、それでも私には、少なくとも自転車産業振興協会の試作各車の中に、BikeEタイプのリカンベントが入っていないことをいぶかしく思うのだ。

読者の皆さん、ここまでの私の思考をもう一度たどって、ご自身でも考えてもらえたい。私には、自分が非常にまっとうで合理的な思考をしているように思えるのだけれど、とっても良いことを考えているつもりで、とんでもない思考の陥穽に落ち込んでいることはよくあるものだ。

皆さんに検証してもらい、皆さんの中から、もっと良い、もっと使いやすい親子3人乗り自転車のアイデアが出てくるなら、それはとてもうれしいことである。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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