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松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」

今後、テクノロジーの発達に伴い大きく変化していく”乗り物”をちょっと違った角度から考え、体験する。

ママチャリで快適に移動するたった3つの方法

2008年11月21日

(これまでの 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」はこちら

いきなりホッテントリメーカーで作ったようなタイトルだが、とにかくそういう話。前回の話題で「バカ野郎、自転車に30万円も払えるかってんだ。自転車は自転車だろうが。自分はマニアじゃないから9800円のママチャリで十分だ」と思った方に、とっておきの秘法をお教えしようというのである。とはいえ、どれも当たり前のことばかりだ。

まず最初は、「きちんとタイヤに空気を入れること」。街を走るママチャリを観察すると、タイヤがつぶれている車体が非常に多い。安い自転車は、安いが故に気を遣わずに使いがちだが、だからといって必要なメンテナンスを怠っていても大丈夫というわけではない。タイヤが規定の空気圧に達していないと、走行時の抵抗が大きくなり、いくらペダルを踏んでも前に進まない。また障害に乗り上げた時にタイヤが完全につぶれ、タイヤ内のチューブが障害物とタイヤのリムに挟まれてやぶれ、パンクすることもある。「リム打ち」と呼ばれる現象だ。

どんなに安い自転車でも、メンテナンスしなくてもいいということにはならない。「安い自転車だから錆びたって買い換えればいい」という考えは、「自転車は整備せずに放っておいてもいい」につながりがちだが、この2つは同じではない。どんな自転車でも整備は必要なのだ。乗る前にタイヤを指で押してみる。少しでも空気が減っているようだったら面倒がらずに空気を入れる——自転車に乗るならばなによりも心がけておきたいことだ。

次は「サドルの位置を自分の体に合わせる」。ちょっとだけ工具が必要になるかもしれないが、是非とも工具をそろえてやってみてもらいたい。サドルの調整法は何種類も存在する。以下は、「三点調整法」という一番簡単な調整法だ。

まず、高さ。サドルの高さは、サドルにきちんと座ってペダルを踏み、ペダルが一番下に来た時に足が伸びきる少し手前ぐらいになるように調整する。膝の関節にちょっと余裕が出来る程度がいい。この時、ペダルに足のかかとを乗せると、ちょうど足が伸びきるはずである。この段階で、「え、そんなに高いの。それじゃ足が着かない」と思う人もあるだろう。でも、それでいいのだ。

次にサドルの前後だ。今度はペダルを斜め上45度の位置にして、足をのせる。その時、足の幅が一番広いところにペダルの回転軸が来るようにする。その状態で、ペダルの軸の真上にひざが来るように、サドルの前後位置を調整する。

サドルの位置の調整法には様々な種類があり、これが絶対唯一の方法というわけではない。しかし、サドルの高さについてはどの調整法でも、だいたい同じ高さになる。つまり、サドルに座るとつま先を伸ばして足がぎりぎりつくかどうかという高さである。これには驚く人もいるだろう。「もっと低くないと、急な飛び出しなどがあったときに足がつかなくて怖い」と思うかも知れない。しかし、このサドルの高さが、もっとも脚力を効率よくペダルに伝えることができるのだ。

ママチャリの乗り方に対しては、一部で「すぐに足が着くようにサドルに座った状態で、足が地面にぺったりと着くようにサドルの高さを調整する」という指導が行われているようだ。私は、NHKの生活情報番組で「ママチャリのサドルはぺたっと足が着く高さにしましょう」と放送していたのを見たことがある。

しかし、サドルの位置を低くすると膝に負担がかかる。これは、わざとサドルを低くした自転車に乗ってみるとすぐに分かる。きちんとデータを取ったわけではないのだが、私は、特に中高年の女性の場合、「怖いから」といってサドルを低くしていると膝関節を痛めてしまう危険性があると思う。

「でも、やっぱりサドルが低くないと怖い」という方に、私は「止まるときにサドルの前に降りる癖をつける」ということをお薦めする。ママチャリのフレームは下側にあるので、お尻を前にずらせば、股の間にフレームが引っかかることなく簡単に地面に降りることができる。普通に止まる時、急ブレーキを掛けた時、急な飛び出しに出会った時、「危ないっ」と思った時——なにかあったらお尻を前にずらして、すぐに地面に降りるよう自分に癖をつけておくと、サドルが高くても安心だ。

自転車をこぎ始める時は、ペダルに足を乗せてその上に体重を掛ける。体が持ち上がり、サドルに座れると同時に自転車は前に進み始めるので、サドルに座ってからペダルをこぎ始めるよりも安定して発進することができる。

タイヤに空気を入れ、サドルの位置を調整したママチャリは、かなりよく走るはずだ。今までこの2つをきちんとやってこなかった人ならば、「え、なんでこんなによく走るの?」と思うほど、走りは変わるだろう。

しかしもうひとつ、もっと快適に走るための方法がある。3番目は「変速ギアを使いこなす」ということだ。最近は安い自転車でも3段から5段程度の変速機がついている。しかし、これまた街に出てよくよく観察すると、変速機を使いこなして走っている人は少ない。たいていは、一番高いギアに入れっぱなしにして、坂を登る時に軽いギアに落とすぐらいだ。

自転車のギアは、速度に応じてこまめに変速してこそ真価を発揮する。発進するときは踏み込みが軽くなる低いギアで出て、速度が上がるほどに踏み込みが重いが速度が出るギアにチェンジしていくというのが基本だ。速度に相応の適切なギア比で走ると、足にも負担がかからないし、なにより出足のよいきびきびした走りが可能になる。歩行者から大型のバスやトラックまでが混在して行き来する公道では、ゆっくり走ることは必ずしも安全を意味しない。安全のためには、むしろ加速の良いきびきびとした走りが必要である。

そのためには停車するときに一番軽いギアに落としておくという作業を、習慣づけるといい。自転車の変速機には大別して2つの種類がある。一つがリアタイヤのハブの近くに2つの小さなギアが着いた変速機(ディレイラーという)が付いた外装変速機。もう一つはリアタイヤの車軸に組み込まれたドラムのような形状の内装変速機だ。

外装変速機は軽くて段数を増やしやすいが、自転車が走っている時にしか変速できない。一方内装変速機は重く、段数が増えると加速度的にコスト高になるが、メンテナンスフリーな上に自転車が停車していても変速することができる。ママチャリはだいたいのところ内装変速機を使っている。自転車で止まったら、すぐに軽いギアに落としておくという癖をつけておくと、自転車の走りがぐっと軽快になること間違いない。

タイヤにきちんと空気を入れる、サドルの位置を調整する、そして変速機の使い方をおぼえてメリハリのある走りをする——これだけであなたのママチャリは生まれ変わる。いつもの通勤で最寄りの駅まで数kmを走るだけではなく、ちょっと頑張って一駅先、あるいはもう一駅先へと走ることができるだけの軽快さを獲得するだろう。

このようなアドバイスを読んだ時、反応は大きくふたつに分かれる。「そりゃ面白そうだ。今度の休日にすぐやってみよう」、そして「そんなことをしたら危なそうだ。怖いからやらない」または「それで高価な自転車が欲しくなっちゃったら困るな。自分には今の状態で十分だよ」——。私の経験からしても、消極的な反応を示す人は決して少なくはない。私は、どちらかといえば消極的な反応に対していらだちを感じる方だ。自分の知っている世界をちょっと広げるだけなのに、それは素晴らしいことなのに、と。

だがそんな消極的な人々にも道理はある。タイヤにきちんと空気を入れる、サドルの位置を調整する、そして変速機の使い方をおぼえてメリハリのある走りをする。そのことは同時に、あなたに、安いママチャリの限界を思い知らせる。

一番痛切に感じるのはフレームの弱さのはずだ。それなりの速度で走ると、小さな道の凹凸でも前輪がとられてフレームが左右によじれ、不快な振動が発生するだろう。一般に安いママチャリはねじれ方向のフレームの強さ——剛性という——が低い。製造コストを下げたしわ寄せがフレームに来ているのだ。

次に、ブレーキの能力不足を感じるだろう。調子に乗って飛ばしていると、止まる時に思っていたほどブレーキが効かなくて怖い思いをするかも知れない。これもまた、低コストのしわ寄せの結果である。おそらく多くの人は、「足が勝った状態だ」と感じることになる。自分の足にはまだまだ余裕があってもっと軽快に走ることもできそうなのに、自転車側が限界に来てしまっていると。

「そんなんだったら、いまのままでいいよ」——そう思うだろうか。だが、考えてもらいたい。ここで挙げた3つの方法は、ママチャリ自身になんら改造を加えるものではない。きちんと整備をして、きちんと調整して、正しい使い方をするだけだ。とすると、それだけで問題が発生する製品というのは、いったい何なのだろうか。

そうだ。安いママチャリは、実際のところ「誰もがろくに自転車を整備せず、調整もせず、正しい乗り方もしない」ことを前提に製造、販売されている。その意味では、「空気圧の足りないタイヤで、体に合わないサドルの位置で、だらだらとゆっくり走る」ということは“正しいママチャリの使い方”なのだ。

そんな製品に多くの人が疑問にも思わずに乗っている——この奇妙な状況の理由は、そもそもママチャリという車種が、なぜ日本で発達したのかという問題につながっている。

この話題、次回に続きます。

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プロフィール

ノンフィクションライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者を経て、現在は主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日新聞社)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)、桁外れの趣味人たちをレポートした『コダワリ人のおもちゃ箱』(エクスナレッジ)などがある。

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