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ガリレオの「Wired翻訳裏話」

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『トトロ神社』を描く「米国人の日本マンガ家」

2008年8月 5日

米国人が英語で描いた「日本の少女マンガ」を、ブラッド・ピットが映画化へ
という記事の中にあるYouTubeの動画は、翻訳編集作業中に発見したものですが、面白かったので、注のひとつとして埋め込んだものです。

最初のシーンは町の通りで、「いざかや」「平林」「ゆ」という文字が見えます。たぶんどこかの写真を参考にしたのでしょうが、ちょっとうらぶれた飲屋街風で、ここを歩く「高校生」というのはふつうの高校生にはちょっと見えない、という雰囲気もあります。が、とにかくこの作者は、真面目に資料をあたって「日本」を描いていることがわかります。

作者Mark Crilleyさんの公式ページにはもっとイラストがあり、これらを見ると、ふとんや畳といった日本の家のなかの情景もよく調べています。主人公が住む農家風の広い家の軒先にはタマネギが干してあったりしますし、おそらく日本のふつうの若者より「日本」を深く研究しているのではと思われます。

ただ、その「日本」はちょっとパラレルワールドの日本で、たとえばキャラが歩く道路は舗装されていない土の道ですし、それにこのマンガに出てくるような素朴でかわいらしい「高校生」というのは、今時の日本のどこに居るのかという感じもします。つまり……そうですね、この作品の舞台「福山」は、50年ほど前の日本の田舎町のイメージでしょうか。(すみません、最初の翻訳ではこの作品の舞台を「福山県」と書いてしまいましたが、これは「Town of Fukuyama」の間違いでした。)

この「パラレルワールド日本」は、作者本人も動画で語っていますが、明らかに宮崎駿氏の影響が大きいですね。たとえば動画に出てくる神社の階段の下には、トトロを思わせる置物?狛犬?があったりします。

20080805totoro.jpg

キャプチャ画面はYouTubeより

ちなみにこのMark Crilleyさんは、YouTubeに「日本風マンガの描き方」というシリーズを掲載しており、たとえば「マンガ風の目の描き方」、「Chibiの描き方(注1)」などがあるのですが、その中に、「トトロ神社」を描いている動画もあります。

それはトトロをご神体としてまつった神社のイラストで、「正統日本」的にはあり得ない神社でしょうが(だいたいトトロという言葉は北欧の妖精トロルから来ているそうですし)、しかし彼がこの神社を丁寧に描いていくのを見ていると、何かこういう神社もあり得る気がしてきます。その感じがとても宮崎駿氏的だと思うのですね。

トトロや『千と千尋』などの「宮崎ワールド」では、こんなのがいるか?という面妖な妖怪(たとえば大根の神様とか)などが平然と登場してきて、しかしそのまま、たしかにこんなヘンなのもいるかもしれない、と納得させてしまうのですが、そういった雰囲気が、Mark Crilleyさんが描くところの、神社の狛犬のようなトトロや、トトロ神社にもあると思うのです。

そして、「面妖な妖怪などが平然と登場してくる」宮崎アニメの雰囲気というのは、日本の原型的な世界を表現していると思うんですね。

日本の自然は大変豊かで、水田でも野山でも、小さな面積に驚くほど多種多様な生物がいます。そして、そのひとつひとつの虫などは、実はよく見れば、とても不思議なところがある生物です。

日本の多神教は、日本のこういった生態系を反映したものだと感じますし、宮崎氏のアニメは、こうした日本の生態系や多神教的な精神風土を表していると思います。(そういえば水木しげる氏のマンガにもそういう雰囲気がありますね。どの物陰にも、妖怪やら妙な生き物やらがたくさん潜んでいる雰囲気とでもいいましょうか……)

こういった世界は、おそらく今の若い人には、具体的な生活感覚としては理解できない世界かもしれませんが、しかし彼らも、何か懐かしいもの、という感覚は持つのではないかと思います。そしてこの世界は、米国の若者さえも惹き付けるところがあるようです(注2)。

Mark Crilleyさんのサイトには、読者たちからの投稿イラストも掲載されていますが、それらにも、宮崎アニメをはじめとする「日本」の雰囲気が漂っています。それを見ていると、日本文化はまるで微生物のように、気がつかないうちにじわじわと世界に広がっているのではないか、と感じる次第です。


(注1)Chibiなるものは、たとえばSDガンダムのような、小さく丸っこくデフォルメされたマンガのことのようです。英語版WikipediaはChibiを「Super deformed」の別名として紹介しており、「3頭身か2頭身で、頭部のほとんどを目が占めている」と定義しています。

なお、Wikipediaによると、Super deformedスタイルとは「日本の文化の一部であり、アニメやマンガだけでなく広告や地下鉄などどこにでも見受けられる」そうです。これは自分では気がつきませんでしたが、言われてみるとそうなのかもしれません。『「縮み」志向の日本人』ですね。

(注2)Mark Crilleyさんの作品では、道ばたによく「ほこら」があるのが特徴的です。一般に、米国から日本に来ると、道ばたにお地蔵さんや「小さな信仰の場所」が頻繁にあることがまず印象的である模様ですが、彼の作品にあるのは、ただの「作品世界を日本風にするためのアイテム」ではないですね。トトロ神社も、彼が描きたいと思って生み出したものですし、彼は本当にこういった世界が好きなんだろうと感じます。

なお、「宮崎ワールド」は、日本の原型的世界をベースにしていると思いますが、それを世界各国の人が理解・愛好しやすい形で表現したところが天才的だなと思います。つまり、ただの土俗的な世界ではなく、「西欧的な世界」もうまく混じっている世界だと思います。

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プロフィール

Wiredの翻訳を担当しているガリレオ。日本国内や世界の様々なところに住む翻訳者や開発者が、ネットワーク上で協業している。Twitterはこちら

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