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藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」

コンサルタントとしての豊富な経験をもとに、ITビジネスの最先端の動向を、根本から捉え直す。

第17回 株主重視と消費者保護からイノベーションを殺さないために

2008年1月28日

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■フィルタリング・裸祭り、なまはげ

今携帯電話のフィルタリングが議論になっている。青少年が出会い系や自殺サイトなどから事件に巻き込まれるのを防ぐために、昨年末に総務省からの要請により各携帯キャリアがコンテンツプロバイダをフィルタリングするサービスを原則18歳未満に適用しようとしている。

これは不特定多数がコミュニケーションする掲示板は対象となる方針で、このままではモバゲータウンやmixiなどは未成年者には不適切なサービスになる。すでに18歳未満でも多くの若い才能が小説やデジタルコンテンツを発信し、多くの新しいコミュニケーションを通じて成長している世界に大きなフタをしようとしているのである。

技術的にもっと工夫できることは多く、時間と手間をかけることで解決できることは多いはずだが、社会的にはまず手をつけやすい手段からでも一刻も早く対策を講じるべきだという意見が許されやい環境にあるのだろう。

ちょっと視点が違うが岩手県で1000年続いていると言われるお祭りのポスターが一部の人が不快に思う可能性があるという理由でJRが掲載拒否した問題にも筆者は違和感を覚える。1000年という伝統や地域固有の貴重な観光資源であることよりも、JRという民間株式公開企業が抱えるリスクを少しでも小さくすることが最優先されているからである。

もちろん現在組織の一員であればコンプライアンスを遵守する必要があり、それをみのがした経営陣は海外投資家から糾弾され責任を追及されるかも知れない。JRの立場であればそれを恐れることでリスクを極小化する方向に行くのも当然かも知れない。同様に秋田でなまはげがセクハラをした問題もセクハラが社会的スタンダードな問題である現在であればその行為は言語道断である。しかし「なまはげに女性がさわられると厄がとれる」ということで地元では部分的には許容する意見もそれなりにあるそうだ。

お祭りはハレとケで言えばハレの特別な状況であり、ケの状態からするとそれは非日常の無礼講であることも多く、既存のルールを逸脱することも多いのだろう。長野で丸太ごと崖から落ちるという過去に人が何人も死んでいるお祭りがあるが、これが中止になることは無い。もしこれが都会で昨年から始まったイベントであればたちまち次の年には中止であろう。

■ダブルスタンダードを許容する社会の必要性

これまで我々の社会はローカルや限定された期間だけ通用するルールを全体のルールと併用して使いこなしてきた。しかし、ITの進展が情報流通を拡大させたため、グローバルスタンダードを地域の隅々まで求め、それに反する行為の情報もたちまち日本中をかけめぐる状況がある。これは日本に限らず世界的に起きている現象でもある。経済を中心に世界の結びつきが強い中で、力の強い国の標準が世界に求められようとしており、それが正しく見える構図ができあがっている。テロリストとそれを生み出す社会の主張は全て悪であるという考え方は現在の国際社会的には正しく聞こえている。

このように一部のまっとうな意見の強大化はITの普及が個人の力をエンパワーメントさせたことで、一人一人の情報発信力やそれがマスメディアに伝搬するパワーを備えたことと無関係ではないと筆者は考えている。本来は多様な意見や考えがコミュニケーションされるはずの状況が逆に、「一見まっとうな意見」の力を極大化させているのではないだろうか。

未成年者が事件に巻き込まれるから携帯コミュニティサービスを全て遮断するのか、著作権者の収入が減る可能性があるから、私的複製を全て認めないことにするのか、ちょっと不快に思う人がいるから1000年続いたお祭りのポスターの掲載をやめるのか、ひとつの正しいルールを求める社会であれば上記の理屈が優先される可能性が強いのであろう。

ITが個人にパワーを与えた結果、これまでの全てが弱い個人を前提にした社会のメカニズムは機能しなくなりつつある。このような状況で我々はまさにダブルスタンダードを許容しなければいけない社会に突入したのではないだろうか。多様性を維持するためにそれはとても重要なことのように思える。

■ イノベーションを殺さないために

株主資本主義のもとで公開してしまった企業は現在とても弱い立場にある。消費者や株主にとって悪いことを起こす可能性がある以上あらゆる努力でそれを防ぐことを様々なルールで経営に求めている。確かに時々不祥事を起こす企業があることも事実である。さらに現在の政府は消費者保護のための消費者行政を進めるための「消費者庁」の創設を検討している。

NHKで以前放送していたプロジェクトXではこっそり開発していた技術や商品が新しいイノベーションを起こす例を多数とりあげていた。しかし、現在のコンプライアンスを求める風潮からは、株主に説明できないような余計なことや、隠れて予算を使うことなどは許されない。ましてや消費者にちょっとでも問題を起こすような製品はたちまちお蔵入りさせられるような状況である。今もっとも弱い立場にいるのはイノベーションを起こそうと頑張っている人々であり、あまりに大きい既存のルールの前に呆然と立ちつくしている人である。

イノベーションは常に既存のルールと摩擦を起こすものである。問題が起こるかもしれないところと調整し、特区的にこれまでの規制の枠組みを一時的にはずすなど社会変革に立ち向かうエネルギーが必要である。問題を起こさないイノベーションは存在しない、イノベーションはその性格上常に既得権益にダメージを与え、社会を混乱させる要素を持つ物である。しかしそれを乗り越えなければ社会が次のステージに行くことはないというコンセンサスこそもっとも必要なグローバルスタンダードにするべきものではないだろうか。

もし消費者庁を創設するのであれば筆者は是非ともイノベーション推進省を作るべきと主張したい。世界で戦える競争優位を持つ産業を育てるためにはイノベーションこそが最大のエネルギーであるのだから。

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プロフィール

D4DR株式会社代表取締役社長。コンサルタント。野村総合研究所で多くの企業のネットビジネス参入の支援コンサルティングを実施。マルチメディアグランプリ、オンラインショッピング大賞などの審査員。経済産業省産業構造審議会情報経済分科会委員。青山学院大学大学院エグゼクティブ MBA 非常勤講師。