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藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」

コンサルタントとしての豊富な経験をもとに、ITビジネスの最先端の動向を、根本から捉え直す。

第11回 車を持たない若者達の背景:所有価値から使用価値へ

2007年10月31日

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■車を持たない若者達

前回車への関心が低くなっているという話をしたが、現在開催されているモーターショーでも各社とも若者の車離れを食い止めるというのがひとつの大きなテーマになっている。トヨタが世界一になろうかという晴れやかな話題の影で国内市場の新車の販売台数が30年振りの低水準という現状の中、各社とも国内市場に関しては必死の状況が続いている。

実際、車が必需品である地方でも好調なのは軽自動車であり、低コスト、低燃費の実用性が重視されている。前回、かつては車がデートや友人達とのコミュニケーションのための重要な道具を担っていたが、その時間もコストもデジタルコミュニケーショが奪っているのではという仮説を披露したが、他にもフリーター、ニートの増加などによる若年層の所得の低下、規制強化(携帯禁止、駐車、飲酒等)、ガソリン代の高騰、環境意識の高まりなど若者の車離れを誘発している理由は様々なものが考えられる。

しかし本質的なポイントとしてはそもそも若者が「自分で車を所有する」ことの価値が低下してしまったという大きな背景があるのではと考える。かつて車は所有するということがひとつのステータスであり、男の武器であり、自分でお金を稼ぐことができるようになると最初の大きな目標になる耐久消費財であった。だが、現在ステータスとして「見せびからし、自慢し、悦に入る」ことができる車は富裕層の高級車にのみ存在しており、現在の売れ筋の車は「快適に移動できる」という価値を提供しているものに過ぎず、友人の車でも親や兄弟の車でもそれは実現できる(実際郊外では家族ではミニバンに軽自動車など複数所有しているところも珍しくない)。

そしてこの価値を手軽に享受できる手段として興味深いのはカーシェアリングの動向である。カーシェアリングは特定の地域の複数の人間で車を共同所有するものであり、必要な時だけ車を利用することができる仕組みになっており、そのため一人あたりのイニシャルとランニングコストは非常に小さくて済む。欧米で普及が進んでいるが国内でもオリックスが複数の都市でサービスを展開している他、マツダやスズキなどの自動車メーカーも専用車の開発を行っている。トヨタも9月から東京と愛知で実験を開始している。またマンションの自治会が住人を対象にサービスする例なども出てきている。

カーシェアリングが実用化されたポイントはインターネットによる柔軟な予約とICカードによる個別認証管理によるところが大きい。物理的なものの利用権をデジタルで細切れにすることができたと言えるだろう。

■資産を貯める生き方から使う生き方へ

車に限らずこのように個人間のコミュニケーションとマッチングが容易になったことで所有意識は大きく変化していると言えるだろう。インターネットオークションの急速な普及は購入時に「いらなくなったら売ればいいや」という短期間の利用を前提にした購買行動を可能にした。

子供用品やブランド品などはで誰もが簡単に自分の所有物を他人に移転することが可能になった。これは購入品の現金化が容易になったことであらゆる個人所有物の流動資産化とも言え、見かけ上のキャッシュフローは大きくなったとも言えるかも知れない。我慢して貯めたり、ローンを組んで買う以外の道が増えたことは消費マインドに与える影響は大きいだろう。

資産を貯めるための消費を目的とする生き方から、人生を楽しむための消費を目的とする生き方は成熟化した日本人にとっては必然なのかも知れない。また音楽もこれまでは膨大なレコードやCDのコレクションを行うこと自体が嬉しく、自慢の種であった。しかしその時聞きたい音楽を聞くことの方が重要な現在では荷物になるコレクションを所有するよりはいつでもどこでも聞くことができるデジタルデータとしてハードディスクの中に存在していることの方が重要になっている。

■ つながり続けるビジネスモデルへの転換

こうした使用価値への転換はビジネスモデルにも大きな変化をもたらす。ハードウェアを売り切ってお金をとるのではなく、利用することの価値からお金をとるというモデルへの転換が求められる。

携帯電話は典型的である。最近批判を受け、選択できるようになりつつあるが端末価格を抑える代わりに高い利用料金を取り続けるビジネスモデルが定着しており、利用者も携帯端末というハードウェアを所有している意識よりも携帯キャリアの通信・情報サービスを契約しているという意識の方が大きいだろう。通話できない携帯はただのハイテク部品の固まりに過ぎなくなってしまう(一部には通話できない携帯電話をデジカメで利用したりする人もいるようではあるが)。

車でもトヨタが以前Willというブランドで利用課金というビジネスモデルに挑戦したことがあった。その時はあまりうまくいかなかったようだが、方向性は間違っていないであろう。実際パーソナルリースという形で所有権を移転しない契約も増えている。前述のカーシェアリングのようにITにより、初期コストを押さえた形で利用課金ができるのであれば利用価値からの課金モデルは現在では実現できるのではないだろうか。

また最近はハードウェアの売りっぱなしに対して厳しい見方がある。古い商品が故障して様々な被害が出たときにメーカーの方も責任を負わされる。現在は商品がどこにあるのかわからない状況でメーカーも大量にCMを打つなどして必死に消費者に広告してコンタクトをとろうとしているが、これからは売りっぱなしではなく、常にどのように使ってくれているのかを常に把握しながら、問題があればすぐに対応できる状態も作りつつ、付加価値のあるサービスをネットワークを介して提供し、所有価値ではなく利用価値からお金をとるモデルの実現が求められるだろう。

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プロフィール

D4DR株式会社代表取締役社長。コンサルタント。野村総合研究所で多くの企業のネットビジネス参入の支援コンサルティングを実施。マルチメディアグランプリ、オンラインショッピング大賞などの審査員。経済産業省産業構造審議会情報経済分科会委員。青山学院大学大学院エグゼクティブ MBA 非常勤講師。